第8話 ジレンマ

「ナリ、朝だよ」


冬莉の声で目が覚める。

想像するような事は何一つしてない。

なんせ俺は魔法使いだから。

気がついたらキーボードの上に突っ伏して眠っていた。

きっと冬莉がかけてくれたんだろう、タオルケットがあった。


「今何時?」

「もうすぐ12時」

「昼ご飯でも食べに行こうか?」

「いいの?私何か作ろうか?」

「遊びに来たんだからゆっくりしていってよ」


近くに美味しい洋食屋さんがあるんだ。

そう言うと冬莉は着替え始める。

俺は慌てて部屋を出る。

そう言うのに免疫が無いんだ。

しばらくして部屋から「終わったよ」って声が聞こえた。

部屋に入ると化粧まで済ませていた冬莉がいた。


「じゃあ、俺も着替えるから」

「どうぞ」


へ?


「いや、着替えるから部屋から出て欲しいんだけど」


間違った事言ってないよな。


「私に見られるの嫌?」


嫌とかそうじゃないとかそういう問題じゃなくて……。


「私はナリの裸に興味あるから」


真顔で言われても凄く対応に困るんだけど。


「そんなにいい物じゃないよ」

「うん」


何ていう羞恥プレイなんだろう?

冬莉はベッドに腰掛けてこっちを見ている。

男の裸に興味があるのだろうか?

人に見せる事なんてまずないと思っていたから適当なトランクスを穿いていた。

流石にアニメの柄ではないけど。

そんな俺を見て冬莉は言う。


「ねえ、ナリ」

「どうしたの?」

「私ってそんなに魅力ない?」

「……なんでそう思ったの?」

「だって私の裸どころか下着姿すら興味を示さないから」


だから自分に魅力が無いのかと冬莉は受け取ったらしい。


「冬莉、まず考え方がおかしい」

「そうなの?」

「うん、こういっちゃなんだけど冬莉は美人だと思う」

「だったらどうして?」


俺は解説する。

魅力的な女性の裸を見たいと思う男性が大多数だろう。

だけど違う少数派の人間もいる。

彼女でも無い女性の裸を見て後で色々言われるのが億劫に思う男性だっているんだ。


「……それってナリは私の事信用してないってこと?」

「俺はまだ冬莉の彼氏じゃない。冬莉の両親とも認識がある。誤解される行動をとりたくないだけだよ」

「そっか……まだ友達だったね」


冬莉は納得したようだ。

少し寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。

着替え終えると昼食を食べに行く。


「へえ、こんな店知ってたんだ」

「友達と色々食べに行くからね」

「それって男の人?」


悪戯っぽく微笑む冬莉。


「残念ながら女性の友達なんていないよ」


なんならスマホ見る?

宮田さん達のスマホの番号すら載ってないから。


「そうなんだ。じゃあ、私が第一号なんだね」

「そうなるね」

「そんなに残念がらなくてもいいじゃない」


そう言って少し拗ねたふりをする冬莉が可愛かった。

ランチが終ると困った。

このまま家に帰した方がいいのだろうか?


「ショッピングでもしない?」


ここからなら公園通りのショッピングモールが近い。

冬莉の家からだと違うショッピングモールによく行くから見てみたい。

中のお店がちょっと違うらしい。

しかしそれって……いや、今さらか?


「どうしたの?」

「あ、ちょっと考え事をしていただけ」

「何考えていたの?」

「……これってひょっとしてデート?」


本当に今さらな気がした。


「まあ、傍から見ればデートだね」


これが人生で初のデートか……。


「ひょっとしてナリはデートするの初めて?」

「まあ、魔法使いだからね」

「まほうつかい?」


聞き返してくるなりに魔法使いというものを説明した。


「そっか、じゃあ男女の関係では私の方が先輩だね」

「冬莉はよくしてたの?」


この質問は失敗だった。


「酷いよ。私がまるで遊びまわってるみたいじゃない」

「ご、ごめん」

「……ナリは人生で二人目だよ」


冬莉の中ではデートなんだな。


「じゃあ、先輩に色々教えてもらうかな?」


仕事でも先輩みたいなものだけど。


「わかった。じゃあまずショッピングモール行こう」


冬莉の言う通りにショッピングモールに向かう。

そこで色々した。

ウィンドウショッピングをしたり、映画を見たり、アイスクリームをお互いのを食べあったり。

いつしか腕を組んで歩いていた。

夕食を済ませると冬莉を家に送る。


「2日間楽しかった。ありがとう」

「礼を言うのは俺の方だよ」


人生初のデートなんだから。

こんな日が来るなんて夢にも思わなかった。

冬莉の家の前に車を停める。


「じゃ、最後にお礼しとくね」


そう言って冬莉は俺の頬にキスをした。

へ?


「ナリは初めてだもんね。今はこれで我慢しておく」


でもあまり待たせないでね。

そう言って冬莉は車を降りる。

俺は家に帰って考えていた。

ひょっとしなくても冬莉は俺に気がある?

こういう時に早まってミスをするのが子供だと誰かが言ってた。

勘違いという可能性も微レ存だ。

欧米では当たり前の挨拶なんだから。

でもそんなにアメリカナイズされた子だとは思えない。


「冬莉は俺の事好きなの?」


その一言は絶対に言ったらだめな気がする。

じゃあ、どうする?


「冬莉が好きだ」


そう言えばいいのだろうか?

でもそれを言わせる悪戯かもしれない。

なんせ8歳も歳の差があるんだ。

いい様に揶揄われているのかもしれない。

こんなこと友達に聞いても「勝手に特攻して爆発しろ」って言うに決まってる。

特攻兵は前日何を考えていたのだろう?

仮に成功したとしてもだ。

前にも言ったが社内恋愛はリスクが高すぎる。

冬莉はその事を知っているのだろうか。

昨日あまり眠れなかったせいか、シャワーを浴びるとすぐに寝た。

まあ、いいや。

考える時間は十分にある。

30歳とはいえ、まだ人生の半分も生きてない。

ゆっくり考えればいいさ。

しかし事態は急転する。

俺は決断の時を迫られていた。

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