第6話 変化

「先輩コーヒー入れました」

「あ、ありがとう」


俺は戸惑いながら冬莉からコーヒーを受け取る。

その様子を皆見ていた。

当然だろう。


「どうして女性がお茶をいれなきゃいけないんですか?」


そう言っていた冬莉がコーヒーを俺に入れていたんだから。

露骨な変化だ。

誰もが俺達の仲を疑うだろう。

そして大抵の職場では受かっている社内のメッセージソフトで石井さんからメッセージが届く。


「お前ら飲み会の後どこ行ってたんだ?」

「別にどこにも行ってないですよ」

「じゃあ、あの片桐さんの変化はどう説明するんだよ?」


それはむしろ俺が説明して欲しいくらいだ。


「あとで昼飯の時に詳しく話を聞くわ」


それまでにどうにか言い訳を考えなければ……。

その必要は無かった。

今日はちょっと離れた人気ラーメン店に行こうと話をしていた時だった。


「先輩、待ってください」


俺は冬莉に呼び止められた。


「何かあった?」


普通に対応したつもりだった。


「先輩のお弁当準備してきました」


へ?


「一緒に昼ご飯食べませんか?」


石井さん達の視線が突き刺さる。

だけど、ここで冬莉の親切を断るわけにもいかず……。


「わかった。石井さん、俺今日ラーメンはパスで」

「しょうがないっすね。俺も弁当買ってきます」


そして席に座ると冬莉がお茶を注いでくれる。

弁当は至ってシンプルだった。

量がすごかったけど。

石井さんが行った弁当屋さんもボリュームが凄くて蓋が閉まらない程だけど、同じくらいのボリュームがある。


「美味しい?」


ここでまずいと言えるのは基地な料理漫画の主人公くらいだ。


「美味しいよ」

「よかった」


冬莉は喜んでいる。


「でもどうして急に弁当を?」

「いつも外食だと飽きませんか?」


俺は3食ラーメンでも生きていける人種なのだが、それは黙っておいた。

その日もやはり残業だった。

冬莉の部品図のチェックやらやることは沢山ある。

もちろん冬莉の作業は定時で終わるように調整してある。

だけど今日は冬莉が残業していた。


「片桐さん、今日はもう大丈夫だよ。そうだよな?宮成」


社長が言うので「はい」と答えた。

しかし冬莉は「時間は定時でつけてますので」と言って帰らなかった。

社長は20時くらいになると帰る。

他の皆も大体同じくらいに帰る。

残っているのは俺と大島さんと冬莉くらいだった。

それでも21時を回る頃には「そろそろ帰ろうか?」と大島さんが言う。

この中で事務所のセキュリティをセットできるのは大島さんだけなので俺達も帰る。

すると冬莉が不思議な事を言い出した。


「送ってください」


へ?


「片桐さ……冬莉は自分の車で来たんじゃないの?」

「宮成さんの家に送ってください」

「どうして?」

「夕飯一緒に食べませんか?」


どうしてそうなるの?


「だって、いつも冷食とか外食とかお弁当でしょ?偏った食事はよくないですよ」


まあ、面倒な時は袋ラーメンで済ませるしな。


「お話もしたいし」


まあいいか。

冬莉を助手席に乗せると途中のスーパーに寄って家に帰る。

俺の家は事務所から車で5分圏内のところにある。

痩せるから自転車で通勤しろと言われるくらいだ。

雨が降ったら面倒だからやらないけど。

家に着くと早速調理に取り掛かる冬莉。

俺は何をしたらいいのか分からないのでとりあえずテーブルの上を片付ける。

手の込んでるような料理を簡単に作っていく冬莉。


「冬莉料理得意なの?」

「簡単な物ばかりだから」


冬莉の料理が出来上がると俺達は食事にする。

ちなみに俺は夕食の時は酒は飲まない。

理由は特にない。

まあ、今日は冬莉をまた事務所の駐車場に送らないといけないくらいか。


「結構広い部屋に住んでるんですね」


まあ、無駄に3DKに住んでるからな。

一番広い部屋はフェレットの遊び場になってるけど。

フェレットは俺のたった一匹の家族だ。


「で、話ってなに?」


片づけをしながら冬莉に聞いてみた。


「週末の事。何か予定を立ててるんですか?」


特に何も考えてなかった。

と、いうか忘れてた。


「特にまだ……当日考えたらいいかなって」

「私の希望聞いてもらってもいいですか?」


まあ、冬莉にアイデアがあるなら、それに便乗するのが得策だろう。


「ドライブに行きたいです、豊後高田なんていいかもしれません」


意外と地味だな。

映画やカラオケ、遊園地や水族館を予想していた。

大人の女性ってそういうものなのだろうか?


「別にいいけど」

「よかった。宮成さんの車大きいしゆったりできるから。……それと」


まだ何かあるのか?」


「宮成さんの家に泊っていってもいいですか?」

「ここ俺一人暮らしなんだけど」


しいて言うならフェレットがいるくらいだ。


「それが何か?」


あんなホテルに泊まったのに今さら気にしないと冬莉は言った。


「分かった。じゃあ、俺からも一つお願いしていいかな」

「なんでしょう?」

「その……二人きりの時くらいかしこまった口調辞めない?」


冬莉の言葉を借りるなら「先輩と後輩」の関係以上なら。


「わかった。じゃあ先輩って呼び方も変えた方がいいよね。何がいいかな?」


冬莉は考え込んでいる。


「……ナリでいいかな?」

「ああ、冬莉の好きな呼び方でいいよ」

「うん」


その後少し話をして冬莉を駐車場まで送る。


「ナリ、お願いがあるんだけど」

「どうしたの?」

「せめて一日二回はメッセージ欲しい」


おはようとおやすみなさいくらいメッセージくれてもいいじゃないかと冬莉は言った。


「それは良いんだけど……」

「あ、でもナリいつも朝遅いよね。私が起こしてあげる」

「ありがとう」

「それじゃおやすみなさい」


そう言って冬莉は家に帰っていた。

家に帰ると少しゲームをする。

すると冬莉からメッセージが届いた。


「おやすみなさい、あまり夜更かししたらだめだよ」

「わかった、お休み」


メッセージを返信すると俺も寝るかとゲームをログアウトする。

そしてベッドに入って眠りにつく。

朝になるとスマホの音で目が覚める。


「おはよう。ナリ、起きてる?」


俺の一人暮らしが徐々に変化を見せていた。

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