第5話 友達

「なんでやらなかったんだよ!」


友人の高橋吾一が予想通りの反応を示した。


「いくらなんでも、それはもったいないだろ」


江崎江佑も同じ考えのようだ。

そんな度胸があったら魔法使いなんてやってねーよ。

ちなみに友人2人も魔法使いの仲間。

俺は家に帰って休んでいたら高橋に呼び出されていた。

理由は暇だからカラオケ行こうぜってだけ。

いつもなら、テンション高いんだけどさすがに半徹夜明けの状態でカラオケは辛い。

で、くたばっていたら「何やってた?」と聞かれて話したら上の感想だった。

高橋とは大学時代からの付き合いでかれこれ10年くらいになる。

江崎は高橋のアシスタントをやっていて知り合った。

高橋はR18な同人誌を描いて売って、生計を立てている。

もちろん、江崎にもアシスタント料を払っていた。

どうして商業誌にいかないのかというくらい絵が上手い。

理由は簡単。

ネタがゲームやアニメを題材にしたR18物だから。

だから高橋の家に言ったらネカフェより厳選された漫画がこれでもかというくらいある。

本棚の棚板が耐え切れずに重みで曲がり、ロフト階には床まで漫画が敷かれていた。

暇になると高橋の家にいって徹夜でゲームをしたり漫画読んだり、アニメを見ている。

俺達の唯一の娯楽はカラオケ。

それもオタク趣味全開で歌っている。

俺は最近の曲が分からずに古い歌ばかり選んでいた。

ちなみに2人とも魔法使いだけど厳密には違う。

2人とも風俗で経験は済ませていた。

2人の関心は片桐さんに向く。


「どんな子なんだ?」

「わかんね」


あまり愛想が無いのかと思ったら、突然ラブホに誘うような子だ。

俺には全く分からない。

そもそも女性という生き物を理解してないのだから。


「お前に気があるんじゃね?」


江崎が言う。

その可能性が微粒子レベルで存在するかもしれないが、迂闊に声をかけるわけにもいかない。

何せ「彼氏いるの?」程度でセクハラ扱いするような子だ。

どこか遊びに行こうと誘う事が非常に難しい。

というかどこに遊びに行けばいいのか分からない。

片桐さんを退屈させる自信はあるけど楽しませる自信はない。


「今度俺達にも紹介してくれよ」

「今の会社を辞めたくなったら考えるよ」


2人に片桐さんを紹介する口実がない。

仮にあったとして合わせたりしたらどうなるかは考えなくてもわかる。

破滅だ。

俺のありとあらゆる事をバラされて終わりだろう。


「写真くらい撮ってもいいんじゃないか?」


江崎がそう言う。

それ盗撮って言うんだぜ?

それとも何か?

仕事中に「写真撮ってもいいかな?」って笑顔で聞くのか?

イケメンですらそんな事言わないぞ。

むしろイケメンなら絶対言わないだろうな。


「で、巨乳なのか?」


高橋が聞いてきた。

見てしまったから素直に答える。


「そこまでない」

「そっか」


それだけで高橋の興味はそがれたようだ。

この2人の趣味は極端に違う。

高橋は巨乳好きでスパッツが好きらしい。

一方江崎はつるペタが趣味のいわゆるロリコン。

高橋に言わせたら「ペドフィリア」らしいけど。

高橋と3人で深夜のファミレスで話をしていた時に「電車で幼稚園児の女の子を痴漢したい衝動に駆られた事がある」と真顔で相談された時は困った。


「止めとけ、捕まるぞ」


他に回答があるなら教えて欲しいくらいだ。

つるペタが趣味というくらいだ。

新卒というだけで江崎はあまり興味が無いらしい。

「毛がある女に興味がない」というくらいだ。

もちろん禿が好きなわけじゃない。

違う部分の毛だ。

しかしなぜかネットを通じて知り合った女性を紹介するとすぐ惚れる困った性格。

多分片桐さんに会わせたりしたら一目惚れするんだろうな。

カラオケは夜までやって店を出ると夕食を食べる。

お好み焼きを焼きながらさっきの会話が続く。


「連絡先知ってるなら、メッセージで伝えたらいいじゃないか?」

「何をだ?」

「付き合って下さいって一言言えば終わるだろ」


完全に他人事だ。

同じ職場の女性社員だぞ。

ダメだった場合のリスクを考えた事あるのか?

以前聞いたことがある。


「社内恋愛するなら相応の覚悟を持てよ」


相応の覚悟とは何か?

もちろん同僚にバレる事もある。

それ以上の覚悟。

例えば別れた時に気まずくなること。

それは当事者の2人だけじゃない。

周りの人間も自然と気を使ってしまう。

ましてや小規模の事務所だ。

リスクが高すぎる。

恋愛初心者が簡単に手出ししていい物じゃない。


「別にそこまで真剣に考えなくてもいいじゃん。とりあえずやらせてもらえばいいんじゃないか?」


ラブホに誘うくらいだからそのくらい出来るだろ。

2人の頭の中にはそれしかないらしい。

俺に辞職願を書かせるつもりか?


「でも、メッセージくらいは送った方がいいんじゃないか?」

「なんて送ればいいんだよ?」

「今日何してた?とか適当に送ればいいじゃねーか」


そこから進展だってあるかもしれないだろ?

高橋の恋愛知識はエロゲー程度のレベルだ。

あまりにも二人が急かすのでとりあえず何か送ることにした。

気づかなかった。

片桐さんの方からメッセージが送られていた。


「今日はありがとうございました。またお願いします」


ありがとう?

何か俺やったっけ?

2人に聞いてみる。


「うーん、やっぱ暇つぶしの遊びだったんじゃね?」


江崎がそう言った。

その可能性はあるな。

とりあえず、返信した。


「こっちこそ本当にごめん。また明日」


返事は返ってこなかった。

俺がミスったんだろうか?


「まあ、気にするな。次があるさ」


高橋がそう言う。

2人の中では俺は失恋したことになってるらしい。

晩飯を食うと二人を家に送って俺も家に帰る。

家には誰もいない。

いつも通りシャワーを浴びてPCをつける。

適当にニュースサイトを見ると、ゲームを始める。

するとスマホが鳴った。


「どうして謝るんですか?」


謝るような事じゃないという事か?


「親には怒られなかった?」

「朝帰りして怒られる歳じゃないです」


親にとって娘はいつまでたっても娘だと聞いたことがあるんだけど。

まあ、いいか。


「それならよかった」

「それだけ?」


へ?


「俺まだ何かやったっけ?」

「何もしてくれないから問題なんです」


意味が分からない。

俺はどうすればいい?

ゼロは教えてくれるのだろうか?


「また、よろしくって言ったのに何もしてくれないんですか?」


次もよろしくって事だろうか?

こういう時の対処法を調べる為のインターネットじゃないのか?

しかし検索する項目が分からない。

デートの誘い方でいいのだろうか?

俺はまだ片桐さんの恋人ではないぞ。

頼りにならないけどこういう時に他に頼るあてがない。

高橋に相談してみた。


「とりあえず今度食事にでもとか誘っておけばいいんじゃね?」


なるほどな……。


「じゃあ、今度夕食でもどうですか?」

「……いつなら空いてますか?」


行くこと自体はOKらしい。


「明日の帰りにでも……」

「休日じゃだめなんですか?」


2人でゆっくり過ごしたいという。

俺はまた難しい問題に直面していた。

ここは素直に乗っておくべきなんだろうか?

あまりにもとんとん拍子に話が進み過ぎて逆に怖い。

その気にさせて、後でポイという可能性がわずかでもある。


「仕事帰りじゃダメなの?」

「また夜遅くなっちゃいますよ?」


しかも次の日も仕事だから泊りは無理だ。

片桐さんの中ではお泊り確定なのだろうか?


「んじゃあ、来週の土曜日でも」

「はい、ちゃんとお店考えて下さいね」


俺の頭の中には麺類か牛丼屋かファミレスくらいしかないぞ。

石井さんにでも聞いておこうか?

でも「誰と行くんだ?」って突っ込まれたら困るな。

適当にネットで探すか。


「わかった」


それじゃ、お休みって送ろうとした時にスマホが鳴る。

電話だった。

相手はもちろん片桐さん。

俺は電話に出る。


「突然ごめんなさい。今何かしてますか?」

「いや、ゲームしてただけ。片桐さんこそどうしたの?」

「2人の時は冬莉でいいって言いました」

「いや、会社の同僚だしそれは馴れ馴れしいんじゃないかと」

「ただの同僚に連絡先教えたり、あんなところに行きません」

「じゃあ、俺達の関係って何?」


ハッキリさせておいた方がいい気がしたから聞いてみた。


「なんて答えたら宮成さんは納得してくれますか?」


ああ、そう返してくるとは思わなかったよ。

返事に苦しんでいると冬莉のほうから模範解答を提示してくれた。


「友達……と、言えば納得してくれますか?」


ああ、そういうオチね。

真面目に悩んだ自分が馬鹿馬鹿しく思えた。


「それならそういうことで、……よろしくお願いします」

「はい、……私諦め悪いから。覚悟してくださいね」


どういう意味だろ?


「じゃあ、また明日」

「あ、ああ。……ってちょっと待って!」

「どうしました?」

「どうして急に電話を?」


聞いておきたかった。


「そうですね、無性に声が聞きたくなった……かな」


ただの友達でそんな事があるのか?


「本当に片桐さん初めてなんですね。初めてなら片桐さんが気づいてくれるまで待ちますから」


「それじゃ、おやすみ」と言って冬莉は電話を切った。

初めて?

どういう意味だろう?

こっちから次はどうしたらいい?と思ったら答えを示してくれる。

でも肝心な事ははぐらかされてる気がする。

俺は何を気づいてないのだろう?

そんな事を考えながら眠りについた。

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