第7話
<<7-0>>
ねぇ?何で私を捨てたの。
なら、なんで私を育てたりしたの・・・。
水滴が無数の針になって全身に突き刺さる。
転んで打った体は熱を放って痛みを訴え、
大きく脈打つ心臓がはち切れんばかりの悲しみを吐き出そうとしている。
何もかもに疲れ切った私はその場にしゃがみ込んで顔を伏せた。
もう何もかも終わり。私もいずれ、"処分される"んだ。
ちゃんと言うことを聞いていれば、愛してくれるって約束したのに。
「ねぇ、何で泣いてるの?こっちへいらっしゃい。」
「え?誰?」
顔を上げると、前方を小さな光の玉が漂っていた。
「こっち!こっちよ~」
光はそう告げると、大きく旋回してその場を立ち去った。
「待って!」
疲労でよろめく足に鞭を打ち、声のする方へ必死に走る。
「ねぇ、待ってったら!」
追跡も虚しく、光は遥か彼方へ飛び去ってしまい…。
立ち止まった彼女の足元が突然音を立てて崩れ去った。
落ちて、堕ちて、、墜ちて・・・徐々に意識が混濁していく…。
「貴方は一体・・・誰・・・・・・。」
<<7-1>>
「朝、か・・・。」
この夢を見るのは何回目だろう。
身に覚えのない出来事が、脳裏に焼き付いている。
これじゃ、まるで私の記憶そのものであるかのようだ。
時計は10時を回っていた。
休日だからと言って、少々寝過ぎてしまったようだ。
少し勿体ない・・・けど、まぁいいの。
今日はいっぱい相手して貰うって約束したんだから。
<<7-2>>
「えぇ、はい。被検体はこちらで保護しております。・・・申し訳御座いません。”見つけ次第直ち”にと手配しておりましたが邪魔が入りまして・・・。はい・・・いいや、それは困ります!それだけはご勘弁を!あっ!・・・・・・・・・くそっ!」
理不尽に電話が切られ、思わず声が漏れ出してしまう。
その声は病棟の静かな廊下中に響き渡った。
アイツの邪魔さえなければ、今頃全て上手くいっていたのに。
それをなんだ、これではまるで俺が裏切り者みたいじゃないか。
高い金をくれてやるというから、こんな割に合わず、反りも合わない、監視役なんて引き受けてやったというのに。
「どうしたの、森谷君。朝っぱらから大きな声を出して。」
そう、コイツはいつもタイミングが悪い。
「院長・・・。お早う御座います。今日は研究室ではなかったのですか?」
「ん?あぁ。ゼミの予定だったけど、学生が全員バックレたから遊びに来た。」
この男、恥ずかしいことを言ってる自覚が無いんだろうか。
ましてや、僕も楽出来るし問題無いよねー…などと開き直っている。
相変わらず心臓の強い奴だ。
「それより、感心しないよ?僕と違って、君はこの病院の顔なんだからさ~。あんまり険しい顔していると、皆が心配しちゃうよ。」
「はぁ。ちょっと次の理事会で用意していた資料に不備があったようでしてね。それをご覧になった会長が酷くご立腹だとか。」
「ふーん。それはお気の毒様。ほどほどに頑張ってね。」
「有難う御座います。」
「うん。でも、そんな建前はいいよ、森谷君。」
「どういうことです?」
「いいや?別に。やりたいことがあるなら、君の考え通りに進めれば良いよって。万が一の時は、僕が判子を押さなきゃいいんだから。」
拳を握り締めて睨みつける森谷を背に、兼元は軽やかな足取りでその場を去った。
<<7-3>>
--間もなく消灯時間です。--
--営業時間外は院内を施錠しますので、患者以外の方はご退館ください。--
「おっと、長居してしまったな。じゃあ俺、先生のとこ寄って帰るな。」
「え~、帰っちゃうの?じゃあ、私も行く。」
「いいよ。また明日来るから。」
「本当?」
「うん・・・。」
「じゃあ、見送りするね。」
「いいっての。ったく、いつもは暗いとこ苦手って言ってる癖に何で急にまぁ。」
「言うな、馬鹿!行くから。」
「やれやれ。」
こちらの制止に耳を貸さないコイツへの説得を諦めた俺は、彼女に引き摺るれるようにして外へ連れ出されるのであった。
「あぁ、君か。どうぞ、お入り。」
度々訪問してきたこともあり、俺の顔は守衛にすっかり覚えられていた。
お陰で、授業の無い夜でも学生証無しで施設への出入りが簡単に出来るって訳だ。
なかなか来ないエレベーターを待って欠伸をしながら、俺は最近の事を思い返していた。
アイツの言語能力の上達は凄まじい。
中学生レベル以上に到達したと言っても過言ではないだろう。
しかし・・・。
彼女のことは分からないものだらけだ。
謎の記憶喪失については勿論だが。
今の今まで、彼女の身元に関わる情報は何一つ出てこない。
個人情報が欠落しているからとは言っても、だったら指紋だったり血液だったり・・・
今の時代、判断材料はいくらだってあるだろうに。
意図的に隠蔽されてる?
いや、でもそんなことって・・・。
ブザーが8階への到着をお知らせする。
まぁ、経過を見て調べていけばいいだろう。
一先ずこの議題を保留にし、兼元の研究室へ向かった。
だが、研究室のドアをノックするも返事がない。
「先生?」
鍵がかかっている訳でもなく、ドアノブを回すと扉は簡単に開いた。
「先生ー?」
何かを漁っているかのような擦れ音が、部屋の奥から聞こえてきている。
「ん?あー君か。済まない、ちょっと作業してて気付かなかった。」
そう言うと、兼元は奥の長机の隙間から這い出てきた。
「何してんです?」
「あぁ、ちょっと昔の資料とかデータが必要になったんで探してたところさ。」
ちょっと持っててと、兼元は埃を被ったファイルを僕に差し出してきた。
「これ、20年以上前のものじゃないですか、ずいぶん古いですね。」
「そうだな、僕もその頃はまだ学生だったよ。」
「へぇー。」
「ここに収められているのは禁忌の学術、謂わば探求の成れの果てさ。僕の恩師が掲げた研究テーマは、医学会の最先端ってことで有名だったんだ。でも、データが出るにつれて、実用化における倫理的問題を指摘されてね。研究は凍結され、記録は徹底的に廃棄された。そんな、輝かしかった彼の努力。これは唯一の存在証明なのさ。」
だからどうしても守りたかったのだ、と兼元は言う。
「そんな重要なもの、何で僕に教えてくれたんですか?」
「だってそりゃぁ、君が見たところで理解出来る内容じゃないって分かってるからね。」
こいつっ。
「でも、何でそれを今出したんですか?」
「ちょっと雲行きが怪しくなってきてね。もしかしたら明日が潮時かもしれない。君が来なくても、こちらから挨拶しようと思っていたんだけどね。」
「何を言って・・・。うわ!」
突然大きな振動が起こり、全身がよろめいた。
何が起こったというのだ。
「地震・・・じゃないよな?実験の失敗?」
「いや、それにしては規模が大き過ぎる。例え起こっても、このフロアなら部屋が少し焦げるくらいで済むだろうからな。・・・窓の方をご覧。」
煙が上がっている方へ眼を向けると、病院棟の5階の外壁が大きく抉れて内部がむき出しになっており、屋上にあった植物園のハウスはボロボロになっていた。
悍ましい光景だ。
暫く観察していると、閃光が走り・・・先程よりも強烈な爆発音が鳴り響いた。
「一体何が起こって・・・あっ!アイツ!」
何で…何やってんだよ!
「啓君!よせ、行くな!!」
爆煙と炎に塗れて荒れ果てた屋上庭園の片隅に、立ち尽くす人影が見えた。
あぁ、見違えるものか。
アイツに何かが起こっている。
兼元の制止など耳に入らず、僕は病棟へ向けて全力で駆け出していた。
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人は過去に引き摺られる。
経験で塗り潰したからと言って
本質はそんな簡単には変わらない。
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