第8話<<Side S-1>>
ここに綴る出来事は、事故が起こる1時間程前に起こったことだ。
この事を知ったのはかなり後でのことなのだが、前もって記録しておこうと思う。
<<8-1>>
消灯時間を迎えた病院に取り残され、彼女はぼんやりと星を見ていた。
屋上庭園。この病院しか知らない彼女にとって、唯一の憩いの場。
記憶を失くし、人から避けられ、何も無かった私が初めて連れ出して貰えた場所。
私はここで色彩を、形を、香りを・・・そしてそこから柔らかな感触と、感情の柔らかさを学んだ。
ここは私の
ちょうど私がやってきた9月から10月頃には、花壇全体にコスモスとパンジーが所狭しと敷き詰められていて、その存在感に圧倒されたものだ。
現在、衣替えを終えた庭園はツバキ・ボケ・コウテイダリア等に囲まれていて、秋の派手さが嘘の様に落ち着きを放っている。
眠れない夜は病室を抜け出して、ベンチに寝転がりながら星を数えるのが楽しい。
警備員さんに見つかるまでという制限時間付きではあるけれど。
ここに来てからの2か月間を、彼女は改めて思い返していた。
<<8-2>>
嘗て、彼はこの場所を不謹慎だと言った。
その理由は、植物には根があるからだという。
それの何が悪いのかと私はさらに問うた。
だって、じゃなきゃきっと居なくなってしまうから。
「韻を踏むとね、根付くは寝付くを連想することになるんだよ。」
「づ?つ?」
「つまり、根っこと寝っこ。」
「??」
年寄りアピールはいいから、と兼元の脇を突くと、彼はこう捕捉する。
「根付くは植物が地面に張り付くこと。寝付くは人が病気で寝たきりになること。意味は全く違うけど、口にすると似ているよな。皆、争いは避けたいし、寝たきりなんて退屈だろう?」
「うん、私も早く元気になりたい。」
「そうすると、ここはまさに地獄だね。お花畑が見えるだなんて・・・おっと、笑えない冗談だなこれ。」
「じゃあ、死んじゃうことは奇麗ってことなの?」
「・・・・・・・・・。」
その時の目が、何だかとても悲しそうだったから・・・。
「なんか・・・ごめんね。」
<<8-3>>
・・・・・・
彼らが初めてやってきた時のことを思い出す。
「穴が開いているなら、何かで埋めてしまえば良い。羨ましいなぁ。この老いぼれと違って、君はこれから何にでも変われるんだから。」
勿論、啓君もね。と、ほくそ笑みながら吊り上がった兼元の細い目。
迷惑そうな反応をする、啓の苦い顔。
私は自分の事が分からない。
だが、これは私だけの・・・掛け替えのない確かな思い出だ。
目を閉じ、噛み締めるように思い出を何度も反復する。
ここから、新しい私を始めよう。
いっぱい考えたら疲れちゃったし、今日はもう寝ようかな。
ベンチから立ち上がり、大きく深呼吸をする。
日々が発見の連続、毎日が楽しみで満ちている。
さぁ、病室に戻ろう。
スキップして病棟への入口へ向かう。
だが・・・。
「随分とご機嫌なのね、サリア。」
そこには、自分とよく似た少女が立ち塞がっていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~
失ったモノを取り戻すのは、容易ではない。
何かでそれを補うことは出来ると信じている。
そのきっかけを掴むために、人は歩んでいく。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~
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