第6話

<<6-1>>

「啓君、最近何かあったの?」

「え?」

朝の店頭販売を終え、黙々と配達用の弁当箱を詰めている中、突然女将さんに声を掛けられた。

「だって、最近表情が柔らかくなった気がするし、何だか活き活きしているように見えるんだもの。」

「そう…ですか?」

うんうん、と笑顔を振りまいてくる女将さん。まるで自分の事のように嬉しそうだ。

ほっぺたをつまみ、軽く頬を叩いてみるも、自分ではさっぱり分からない。

流石三児の母、恐るべき観察力である。

「で、何何?もしかしてお昼の事が関係あるのかしら?」

「あー、えー。そうなんでしょうか?」

「まぁいいわ。そういえば、通ってるのは知ってるけど、詳しくは聞いたことなかったわよね。ついでだし、おばさんに教えて頂戴。」

思い出すこと。それは楽しげな事から妙な事まで…。

まぁ、隠す程の事でも無いだろうし順を追っていけば良いだろう…。



<<6-2>>

土砂崩れの入院から2ヶ月が経過した。

怪異少女の騒動は鎮圧ねじ伏され、兼元独断によるカウンセリングが勃発した。

「数日間見てて分かったけど、反応が無い訳じゃないし、食べなくても平気な訳じゃない。人は機械じゃないから壊れたら終いだが、そもそも彼女はまだ始まってすらいない。」

「ん?」

「つまり、彼女はしないんじゃなくてしてないだけなんだ。どうするべきか知らない…分からないから動きようが無かったってことだよ。だから治すんじゃなくて教えるのが正解。それを皆、非科学的なこと言って騒いでさ、医療従事者のくせに馬鹿だよねー。」

「でも、医療機器が尽く異常値を出したり、破損したっていうのは?説明つくんですか?」

「そんなのたまたまじゃない?」

「はぁ………。は?」

「その時の担当、新人だったらしいよ。どうせ、操作間違えたり、落としたりしたのを適当な理由つけて誤魔化したんだよ。…うん、そうに違いない。悪いやつだよ全く。」

「えー…。」

医者がオカルトを信じるのは貶されるのに、研究者が想像でモノを言うのは許されるものなのか…。ふーん………。

「まぁ、地道に対応するしかないでしょ。僕としては、その方が玩…やり甲斐が出来て面白いし。」

「あっ!いま人のこと玩具って言った!!」

ノックをして彼女の部屋に入り、兼元に持たされていた段ボールをベッドのサイドテーブルに置いた。

ベッドに腰を下ろして蓋を開けてみると、中には統一感の無い様々な玩具が敷き詰められていた。

口の中で弾けるキャンディー、湯煎して使う粘土、光るゴムボールに…触るとビリっとくるアレ。……で?

「何でそんなものチョイスしたの?」

「ねー。」

女将さん、当然の反応である。脈略が無い。

「最初はアロマやるんだって言ってたんですよ。女子って言ったらお化粧、飾り付け。カウンセリングとは心を解すこと。大事なのはリラックスさ。ならば五感を刺激するのが手っ取り早い。つまりは香料、香りからってね…なんて言っておきながらですよ。」

「いいじゃない。なんでそうしなかったのよー。」

「煙出しちゃ不味いよね…なんて言い出したんですよね。報知器反応しちゃうからって。」

「・・・どんだけ焚くつもりだったの。」

さぁ?何にせよ、治療と称してどうせ最終的には僕で遊ぶつもりだったに決まっている。

「おいこら!!!口じゃなくて、手を動かしやがれ!」

「何よ!従業員と交流深めて何が悪いっていうの?どうせお客少なくて余裕あるんだからいいじゃない!」

「馬鹿野郎、弁当は粗取りが命だろうが!遅れたら承知しねえかんな。」

突然現れたと思ったら、オヤッサンはそれだけ言って奥へと引っ込んでいった。

「けっ、どうせ冷えちまえば分かりゃしないよ。焼餅焼いてるのかしら。」

話は一旦そこで途絶え、配達まで黙々と梱包作業に励むのだった。


そして、今日も配達の時間がやってきた。

「はい、ここに書いてある通りにお願いね。・・・・・・でも、兼元さんも何でその娘に拘るのかしら?聞いた感じ、情けだけで動いているようには思えないんだけどね。」

「何でなんでしょうね?」

「そういう貴方も、でしょ。」

「む。」

「それで?彼女のどこがいいのよ?そういえばその娘の名前は?」

「・・・。」

「え~~、知らないの?」

「・・・。」

「はぁ。関わるならまずは名前を呼んであげなさい。それが他人に対する最低限の敬意よ。さぁ、行ってくる!」

背中を思いっきり叩かれ、女将さんから逃げるようにスクーターに跨った。

「じゃあ!行ってきます。」

3人分の弁当箱を携えて。



<<6-3>>

「・・・・・・・やぁ。」

「あ、啓、おかえり!」

屋上庭園。やはり彼女はそこにいた。

暇を見つけてはそこまで足を運び、ボンヤリと草花を眺めて時間を浪費する。

何もない病院生活における唯一の癒しだ。

「この場合はいらっしゃい、だろう。僕はここに住んじゃいない。」

「あれぇ?間違えた?」

彼女はポカンと口を開け、首をかしげている。

大人びた彼女の容姿とは裏腹に、反応にはあざとさが一切無い。

その様子は、まさに大きくなった子供という印象だ。

初めは何も言葉を発さなかった彼女であるが、2か月で驚く程の進歩を見せた。

僕達の言葉をどんどん真似して使いこなし、表情も少しずつ柔らかくなってきた。

物覚えが良過ぎて、寧ろ不気味なくらいである。

本当は "知っていたのではないか" とすら思えるくらいに。

「飯まだだろ?食べようぜ。」

レジャーシートを広げ、自分と彼女の弁当を並べる。

兼元への配達は後回しだ。

「うん、食べよ食べよ!ねぇ、今日のめにゅーは何?」

「見て驚くなよ?・・・じゃーん。」

「わぁ。」

四角いプルプル、奇麗~。この容器の形、面白~い。・・・と、彼女は目を輝かせながら弁当の中身をつついている。

こんな日常がずっと続けばいい。

快方に向かっている彼女には悪いが、そう思っている自分がいる。

永らく忘れていた家族との時間、友人との戯れ。

それはきっと当たり前で、でも換えの無いもの。

失くしたものを思い出させてくれる彼女との時間が、心の拠り所になっていた。


・・・・・・・・・しかし、この育児プレイだけはどうにかならないものだろうか。


「はい、啓。あーん。」

「お?うぷっ・・・。」

呆けていると、彼女が突然、僕の口に卵焼きを突っ込んできた。

「あははっ啓、お口汚なーい。取ったげるね」

彼女の柔らかい指が僕の唇をなぞる。

言動に反し、彼女は美形だ。

その顔そんな眼差しで見つめられたら、目のやりどころに困るではないか。

「お顔真っ赤~。何で―?」

「やかましいよ!散らかしちゃってさ。もーう。」

ニャハハと悪戯な笑みを浮かべる彼女。

前言撤回。この様子、父親役は僕ではなく、あの藪であるに違いない (ˉ ˘ ˉ)


あぁ、こんな何の変哲もない日常がいつまでも続けば良かったのに・・・。


      

     

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

人は変化を求め、変革を拒む。

そして、無意識に何かを拠り所にしている。

無垢でいられるのなら、どれだけ楽だろう。

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