第5話

<<5-1>>

「・・・関係者以外立ち入り禁止、ですって。」

扉に張られた注意書きを確認すると、男はニマッと笑みを浮かべた。

これは、それが何だっていうんだい?と言わんばかりである。

噂の少女のいる階は静寂で満たされていた。

昼間にも関わらず廊下の照明は消されており、受付や他の病室には誰一人いなかった。

そして何より、その薄暗さは兼元の不気味な笑みをより一層際立たせていた。

「我こそは院長、我が行動は当院の決定そのものである!つまり、君よさっさと入り給え!」

兼元はふざけ口調でそう言うと背中を押し、扉を開けろと促してくる。

「それ、職権乱用ですよ。」

やれやれ。

お前の独断だと言うのなら、お前がやれっていうのだ。



<<5-2>>

僕の反応構わず、兼元は扉をノックすると、返事を待たずに部屋へ入っていった。

「あぁ・・・ちょっと!」

「やぁ、元気?」

兼元の声が室内を木霊する。

少女は返事をせず、衣擦れの音だけが病室の静けさを修飾する。

少女は振り向いてこちらを認識すると、身体を捩じってベッドへ倒れこんだ。

どうやら、ベッドに四肢が繋がれていており、上手く動けないらしい。


「現状にやさぐれてる様子も無いし、こんなもん必要ないよ。外してあげよう。」

少女に近寄り、無言で拘束具を外してやる。

間近に見える奇麗な肌に、美しさを感じている自分がいた。

「あ・・・。」

ジッと見つめる少女と目が合い、僕はすぐ様目線をそらした。

自分が前に見た時は、どうしようもない程に壊れていた。

本当に、このようなあり得ない光景を目にしようものなら、恐怖で我を忘れるんじゃないかって思っていた。

そう、自分から無事を願っておいて、少女の大事を望んでいた自分がいたのだ。

何れにせよ、気の迷いには違いない。全く、自分の事がますます嫌いになりそうだ。


「んー。率直に聞くね?話せないって聞いてるんだけど、本当かい?」

「んー?」

少女は息を漏らし、首を傾げた。

「僕らは君とお話しに来たんだ。ほら、彼の事、分かるかい?」

「いやいや・・・。」

あの時は意識が飛んでたし分かる訳ないでしょう~・・・と兼元を一瞥すると、少女とまた目が合った。

とっさに視線を逸らすも、彼女はこちらに熱い視線を向け続けており、なんだか恥ずかしい・・・。

チラッと視線を戻すと、兼元はこちらを指さして、ほくそ笑んでいた。

あぁ・・・!このっ (ˉ ˘ ˉ)

僕の無言の抗議を気にも留めず、兼元は僕の胸に向かって指でサインを送った。


あぁ、そういうこと。

この娘が見ているのは僕ではなく、この籠一杯のお菓子の方だったみたいです。

山積みになったピカピカの包み、奇麗よねこれ。

「会話能力は無いけど、興味は示すし反応はする。希薄なだけで感情は死んじゃいない、と。何より、病室暮らしにも関わらず健全な少年がうっかり一目惚れする程の容貌を保っているときた。まぁ最も、君の女の趣味なんて知らないけどね?」

言葉が通じないことは初めから承知の上だったようだ。

一定の反応を見るためには、声を言葉として認識する必要は無い。

つまり、僕のことを引き合いに出したのは、面白そうだからということ。


「人を変態みたいに言わないでください。」

「まぁ、君のことは置いといてだ。隣にいこうか。僕を挟むようにして座ろう。」

これまた返事を待つことなく、兼元は彼女のベッドに腰かけた。

「ほら、君も早く。君がいないと作戦が成り立たないじゃないか。」

いやいやいやいや・・・・・・。

だから別に僕要らないよね?

「これ、何だか分かる?手に取ってご覧?」

変わらず首をかしげる少女。

兼元は籠の中に手を突っ込むと、2本の包みを取り出し、1本を彼女に握られた。

「まずね、これを開けるんだ。こうやって・・・そう、そうだ。」

兼元は自分の袋を彼女の目の前に掲げると、破って見せた。

次はやってみろと言わんばかりに再び少女の目線へちらつかせると、覚束ない手つきで真似をし始める。

だが、開封と共に中身は無残に砕け散った。

少女は目を丸くして、汚れた衣服と兼元を交互に見ている。

まるで、想定外の事態にびっくりした赤子のように。

「ははは、まぁ上手いじゃないか。だけどな、食えばもっと美味いぞ~。」

これではまるで動物園の餌付けみたいだなと思った。


思ったのだが・・・

兼元は僕に向かってにこやかに微笑み・・・


次の瞬間、僕は悶絶した。



<<5-3>>

ガハァ!

ザクっとした感覚が喉の奥を襲い、僕は訳の分からぬままベッドへ転げた。

「アハハハハハッ」

最悪さいこうだよ、このオッサン。剥いたお菓子を自分で食わず他人の口に叩き込んできやがった。

「どう?あきら君。」

「とっても痛い!!!」

「あーごめんごめん、んで、美味しかった?」

「ほっぺがとても甘いですね!!」

「そっかそっか、じゃあこれならどうかな?」

兼元はそう言うと彼女の腕を掴んで、お菓子を持つ手を僕の方へ向けた。

ぇ?何で?

そこは一緒に食べて、美味しいの気持ちに言葉の壁なんてありませんとか良いこと言う場面なんじゃないの?ねぇ?

兼元の目は、ご褒美だよね?と無言の圧をかけてくる。

少女の方を一瞥すると、さっきので緊張が和らいだのか、顔が僅かに笑っているように見えた。

「あ~もう、ほら、こい!」

大きく口を開けて待ち構える。

その後、度重なる試行により僕の口も顔もドロドロになったのは言うまでもない。




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直感や見聞が全て正しいとは限らない。

常に観察を怠らず、

その場に適した行動を探るのが重要である。

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