第4話

<<4-0>>

気が付くと、辺りはすっかり夜になっていた。

いつの間にか眠ってしまったらしい。

帰らなくっちゃ。

早く帰らないと、お母さんに怒られる!

慌てて立ち上がり、来た道を戻ろうと辺りを見渡す。

真っ暗だ。

方向が分からないけれど、そんなに奥に来た覚えはないし、歩いてればその内街に出るだろう。

こっち行ってみよう!

しかし、進めども進めども街も明かりも見えてこない。

明かりどころか辺りはどんどん暗さを増していく。

空気は澄み、

風は冷たく、

虫の音が増え、

土の香りが濃く、

足元には沈むような感触。

何とも表現しがたい圧迫感を私の第六感が告げている。


こわい…。


人の手の届いてない環境が、こんなにも冷たくて孤独だなんて知らなかった。

とても清らかで沢山の生を感じるのに…。

これは、彼女が人里からどんどん離れていっていることを告げている。

もう帰れないのかな…。

ここ何処…。

私、こんなとこ知らないよ…。


少女の勇敢な歩みは次第に速度を落とす。

ついに立ち止まると、その場にしゃがみこんで泣きじゃくった。


誰か助けて…わたしに気付いて…気付いてよ…。


ぇ…?

泣き疲れた頃、瞼の奥が赤く照らされた。

なんだか温かいな。

顔を上げ目を開けると、強い閃光が目を貫いた。

眩しい…!

眩んでふらつく頭を振って、視界を洗浄する。


・・・何だかとても綺麗です。

ゆらゆらと浮遊するそれは少女の周りを一回転すると林の更に奥へと、消えていった。

ねぇ、待って。

さっきまでは、いつ転ぶかも襲われるかも分からない不安にかられていた彼女の足取り。

ふわふわと飛び回る光を追いかけて、あっちへくるり、こっちへひらり…土の絨毯の上を踊り燥ぎ走り回る。

恐怖はいつの間にか吹き飛んでいた。


追いかけて 追いかけて、追いかけて…

木の根に足を引っ掛けて、盛大に転げ飛んだ。

砂を払って起き上がると、球を見失ってしまったらしい。

興奮していた頭は急速にに冷却された。

また考えもなしに行動してしまった。

私の悪い癖だ…もう帰れないかも知れない。


トボトボと歩いていると、足元が明るくなってきていることに気が付いた。

いつの間にか開けた場所まで辿り着いていたのだ。


街に出られたんだ!

見上げると頭上には煌めく満天の星。

さっきまでは真っ暗で分からなかったけど、こんなにも沢山の美しい物達に囲まれて、自分は祝福されていたんだな…と。

その時はまだ、そう信じて疑いようなんて無かった。


お家まで急ごう…。

少女は目的を思い出し、山の麓へ向けて走り出した。


あれ?でも私、

"何処に帰ればいい"んだっけ?



<<4-1>>

はっ………!?

最初に目にしたのは辺り一面の白色でした。

天井、壁、服、布団、日光、カーテン…そして私の肌。


夢か…。

何処だろうここ。知らないところだ。

いつの間に眠ってしまっていたみたい。

そういえば、さっきまで何してたんだっけ。

まぁいいや。取り敢えず外に出てみましょうか。

あれ…

足が縺れて…ひっくり返ってしまいました。

ドタッ!と大きな音を立てて。

アハハハハハ…

何だかおかしくて、暫く床で笑い転げていました。


暫くすると、扉を叩く音がした。

誰かが物音に気が付いて、駆け付けたようだ。

「どうかしましたか??」

「えーと、もしもーし?」


仰向けのまま見上げた先にはこちらを覗き込む看護師が一人。

何かこちらを気にしている様子だったので、私はただ眺めて待ってみることにしました。

だが一向に看護師は話かけてくる様子が無く…。

ついさっきまで寝たきりだった患者がやったとは思えない部屋の散らかり様に驚き、

「すぐに先生呼んできまーす!」

と言い、扉をピシャリと閉めて走り去っていった。


<<4-2>>

「どうしたんですか…。」

慌てて戻ってきた看護師と一緒に、若い男性が連れてこられた。

看護師が早口で事情を説明して去っていくと、その先生とやらにボソボソと色々な質問をされた。

「私の声が聞こえますか?言ってることがわかります?」

私に言ってるのか?と思い、目を丸くして男の方を見る。

医師はうんと頷くとこう続ける。

「指振りますから目で追いかけてみてください…はい、大丈夫ですね。」

「ベッドから落ちてたんですって?痛いところは?」

首を傾げる

「そう…、ならいいんだ。」

「じゃあ、ちゃんと体が動かせるかやってみましょう。真似して動かしてみて…どこか痛むところは無いですか?」

ほら、と男は目線を送る。

一先ず男の真似をして、手を上げ足を曲げブラブラと動かしてみる。

うん、さっきまでは固くてぎこちなかったけど、大分動かしやすくなってる。

「ふぅ…怪我は大丈夫そうなんですね…。」

本来は喜ばしいことの筈なのに、この医師の態度はどこか不服そうだった。

「それでは、入院いただくに当たり、ちょっと大切なことなのでお聞きしますね…。

一週間前、何をしていたか覚えていますか?」

「?」

「身分を証明出来るものは?」

「?」

「…未成年かな?ご両親は?お家の住所や電話番号は分からない?お名前は?」

「………………」

「こういう時は、いいえとか分かりませんって答えればいいからね?」

はて…何のことやら?

質問の尽くに私は首を横に振って訴えた。

何を矢継ぎ早に聞いてくるのか。

でも悪気はない。だって本当に知らないし、そもそも言葉が分からなかったのだから。


医師としても、これでは冗談ではない。

このままじゃ、治療どころか入院手続きにすら取り掛かれないではないか。

困るなぁこれ。もしやからかわれてる?

「えぇと貴方、自分の状況分かってます?」

えぇっと…。

少女はしばらく悩んだ後、いい…え? と答えた。

「はぁ…。」

無駄な確認だったようだ。

どうやらこの娘は素でこうらしいと医師は判断し、

「もう結構でーす。今日のところは無理をせずに休んでください。明日の朝また診断に伺いますから。ではお大事に。」

そう言い残し、医師は自分の持ち場へそそくさに逃げ帰った。



<<4-3>>

「本当に?」

「あぁ。意識もはっきりしていて、外見上は健康そのものだそうだ。前言った通り、外側には特に裂傷等見られず、痛みを訴える様子もない。」

「そいつは良かった…。」

助かったんだ…。ほっと胸をなでおろす。

あの事故から今日で13日目。

ボロボロになった彼女を見つけ、応急処置も禄にせず、必死になって彼女を病院に運んだ。無事に送り届けた後も、昏睡状態だと聞いていたので心配していたのだ。

そんな安心も裏腹に、兼元の言葉はこう続いた。

「だが、問題は他にある。意思疎通がまともに出来ないんだそうだ。何を聞いてもにこやかにしてるだけで、問答が成り立たないんだってさ。」

それってつまり・・・。

「記憶喪失ってこと?」

「一時的なって?その判断は早計だぞ。話を聞く限り、頭強く打ってるみたいだし、後遺症が残っての失語症かもしれないじゃんか。」

創作じゃあるまいし、と兼元は悪態をつく。

何にせよ、そんな深刻な状態でも少女は陽気にしてるのだという。

うーん。そんな状態で、診断方法がコミュニケーションしかないとは難儀なものだ。

「ところで、退院は明日だったね?もう体は動くんだろう?」

「はい、そうですけど?」

…兼元の方を見ると、この人相変わらずの悪い微笑みだ。

こういう時の兼元は、大抵碌なことを考えていないのだろうな。

「じゃあ、ちょっと付き合ってくれたまえ。」

兼元はそう言うと、背広からフレキシブル端末を取り出して俺に手渡した。

画面には何かの記事が表示されている。

「これは?」

「とある生活特集の医学コラムだよ。」

「タイトルは・・・『業界コラム「難病治療と最先端医療技術」より引用。悪魔憑き?本当にあった超常現象』」

「来月の特集のためにうちへ取材に来た輩が、職員の噂話を基に書いたんだとさ。」


その記事にはこう記されている。


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彼女が運び込まれてきてから一週間。

噂は院中に広がっていた。

その大半が悪い噂である。

意識を取り戻したものの、彼女はまともに言葉を発することが無かった。

意思疎通が一切取れないとなっては、彼女の素性を知る術もなく。

だからと言って放り出そうものなら、世間の目が許す筈もない。

そんな彼女をスタッフは、”記憶喪失”や”頭を打って可笑しくなった”等と言い、気味悪がったという。

更に奇妙なことに、”彼女は配給食に口を付けたことが無かったのだ”という。

それを聞いた時は、自分に置かれた状況のせいで食欲が湧かなかったのだろうと考えていた。

過度な心理的負担は、生存欲求や身体能力を著しく低下させてしまうことがある。

だから、普通に起こりえることだろうと思ったからだ。

だが、彼女の場合、問題が他にもあった。

このままじゃ衰弱してしまうと思った担当医は、栄養剤の投与を指示した。

そして、看護師が彼女の腕に針を通そうとした時・・・”針先が突然爆ぜた”のだ。

この時はまだ、ただの狂言だと思っていた。

看護師の余りにしつこい訴えに医師も痺れを切らし、担当者の変更が決まった。

だが、そのようなことで解決する程、単純な問題では無かった。

翌朝の診察の時、なんと、また同様のことが起こったのだ。

状況には動揺せざるを得なかったが、気を取り直して機器による診断を先に済ませることにした。

なんと今度は計測機器が異常値を示し、挙句、故障したのである。

仕方が無いので、旧世代的なやり方ではあるが触診に頼ることとした。

”触り心地は間違いなく人肌のもので、逆に安心してしまったものだ”と担当者は語ったという。

”有り得ないことだ!”とこの事は物議をかもし、直近のスタッフ会議のネタになったという。

しかしながら、オカルト好きの女性スタッフ数名が超能力者だの悪魔だのと非科学的な意見を口走ったことをきっかけに収拾がつかなくなり、議論は一旦打ち切り。

一先ず、代表者は「例の患者を移送すべきではないか。」と翌日の役員会議に上程した。

そして後日、「少女の他医療機関への引き渡し」が決定したのだという。

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「もう・・・いいです。」

こみ上げる怒りを押し殺して、端末を兼元に返した。

「な?悪趣味だろう?」

「・・・。」

どうして、こんな無責任なことが出来るんだろう。


移送が決まったことを期に、気味悪がったスタッフ達は彼女をベッドへ拘束。

部屋は閉め切られ、誰も近付かないようになったのだという。


そう、俺達のような物好きを除いて。



            

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人間は適応能力に優れた存在である。

だが、知らぬことを異常と見做し、

徹底的に排除したがるのもまた人間である。

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