第3話

<<3-0>>

かつて、同じような光景を目にした。


唯一の支えだった母を失った時、その後悔に殉じなければならないと思い詰めた。

そんな強迫観念を背に、貴重な時間を勉学だけに注ぎ込んだ。

だが、虚しくもその道に進むことは叶わなかった。

自分は何も成すことが出来ないのだと絶望し、だから諦めるしかないのだと何度も心に言い聞かせて。


でも、もし”また同じようなこと”が起こってしまったら・・・?


ようやく気が付いた。

だって、答えはこんなにも単純だった。

無力だと分かっているくせに、こんなにも軽く身体は動く。

術を失ったのなら。

やり方が自分に適さないのなら。

その代わりに出来そうな事をするだけだ。

だから・・・



<<3-1>>

だから、自分じゃ助けられないのなら今度こそ”ように”する。

掘り出した少女を抱え込むと、青年は地面を蹴った。

崩れた坂を駆け、瓦礫を乗り越え、目的地はすっかり形を変えた丘の上。

青年の身体と神経は常に悲鳴を上げている。

ここで立ち止まらねば次に倒れるのはお前だぞと、全身が脳へ訴えかけている。

そんな事は分かっている。

でも、ただそれだけのことだ。

聞こえる、今にも消え入りそうな弱々しい息づかい。

二度と、見殺しになんてしない。

青年はただ、必死に走り続けた。


自分の考え《生き方》が纏まった頃、病棟は目と鼻の先だった。

「すみません!急患です!!」

蹌踉めきながら自動ドアに飛び込み、青年は叫んだ。

何事かと老人達の痛い視線を一線に浴びながら。

「あ、そうか。受付に行かなくちゃ…。」

あれ・・・?

だがそこで、青年の景色は暗転した。


その後、待合室で騒ぎになったことは言うまでもない。



<<3-2>>

「ぇえ?」

目を開けると、見覚えのない真っ白な風景に包まれていた。

コツコツッと音のする方に振り向くと、何者が壁にもたれかかっている。

薄暗くて良く見えないが男性のようだ。

目が合ったようで、男はこちらに微笑みかけたと思うと、窓のカーテンを全開にした。

「うっ」

飛び込んでくる光に目を細めた。

光に照らされ、男の輪郭が浮かび上がる。

「やあ、元気?お怪我坊やの味方、お医者さんだよ。」

兼元だった。

「ここは・・・病院?」

少しずつ覚醒を始めた頭で、状況の整理を試みる。

あれ?ってかこの人、何でここにいるんだ?

人がぐったり寝ていた病室に勝手に入り、しかも看病役が年配の男だなんて、シチュエーション的にちょっと納得がいかない。

軋みを上げる身体をゆっくり起こし、頭上のプレートを確認する。

日付は9月21日、一日が経過していた。

そして担当医は・・・うん、やっぱりこの人じゃない!

そういや医院長になってから、医師の仕事してないって言ってたっけな。

「気が付いた?急に叫び声が聞こえたと思ったら突然倒れたんだって。無理が祟った?緊張の糸が解けた?・・・まぁいいや、んで?何があった。」

兼元の言葉を受け、ようやく起きた頭で昨日の出来事を一つずつ説明していく。

がけ崩れに巻き込まれて、そして・・・

「!?あっ、そういえば!」

「あぁ、君が連れてきた彼女ね、話に反して凄く元気だよ。傷一つ無いし、寝息まで立ててぐっすり寝てる。事故で気絶したというより、単に疲れただけって感じだなアレ。それに対して君は全身打撲に切傷多数の全治3週間。全く、どちらが急患か分からないね。」

兼元は心配するどころか、

あれだけ止めたのに忠告を聞かないからバチが当たっただの、

何で虫の息の奴が無傷の相手を助けてるのか全くもって意味が分からないだの、

ここぞとばかりに言葉攻めをしてきた。

その顔に悪戯な笑みを浮かべて。

お前それでも医者か!と出かけた文句を飲み込んで、その一言二言を聞き流す。

まぁ、周りが見えていなかったことは一理ある。

少々意地になり過ぎていたかもしれない。

・・・ん?ちょっと待って。

「傷一つ無いってそんな訳無いでしょ。俺が助けた時には体中泥塗れだったしし、全身傷だらけだったんですから。」

そんな訳ない。

だって、確かに彼女はボロボロで、放っておけば手遅れになるのが素人でも分かるくらいに弱っていたのだから。

もし兼元が言う通りなら、気味が悪い話である。

「うん、妙な話だなって思いながら聞いてたけど、その時は気が動転していたようだし、何かを見間違えたんじゃない?とにかく彼女に関しては今のところ安心していい。目が覚めたらまた教えてあげるよ。まずはゆっくり休んで。その内、面会も許されるだろうから。」

なにせ君は命の恩人様だからね、とこの男は空かさず悪態をついてくる。

こちとら表情筋を動かすだけでも激痛を感じる身なのだ。

医者の端くれだというなら、こういう時くらいは患者が安静に出来るように考慮して欲しいものである。

「あーそうそう。医療費は僕の方で立て替えておいたから。その内返してね~。」

「・・・そりゃどうも。ってかそもそも、何でここに居るんですか?」

「え~今更~?」

酷いこと言うな~と口を尖らせると、手を振り兼元は去っていった。

そろそろ研究員達の中間報告会が終わる頃だから調度いいんだよね、と。

そっかぁ。

それなら俺のことはもういいです先生、学生のために仕事してあげてください。

それにしても、ちゃんとお金は取るのね・・・。



<<3-3>>

全く、掻き回すだけ掻き回して。

そう思う一方で、そんな年の差友人に内心感謝している自分がいた。

今回の天災のことや今後のことを考えると、気になることが沢山ある。

でも、だからこそ早く治すことに専念しよう。

それにしても腹が減ったな、何か食べたい・・・。

とはいえ、身悶える程に全身ボロボロ。

おまけに歩けないとなれば、どうしようもない。

なので、とりあえず看護師さんを呼ぶことにした。

勝手の分からぬ初めての入院生活。

恐る恐る、ナースコールに手をかけるのであった。




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適材適所という言葉がある。

目的を叶える手段は一つだけとは限らない。

小幅なれど、少年の歩みは再開した。

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