第2話
<<2-1>>
女将さんの
「こんにちわー。兼元院長、弁当のお届けと回収に参りました。」
「ご苦労様。そんな畏まらなくていいのに。さぁて、今日のメニューは何かな?」
はい、これ昨日のやつね…と丁寧に包まれた空箱を受け取ると、兼元はニヤけながら新しい箱を開け始めた。
「お〜今日もこれまた…。相変わらず色取り取りだね。そんでもって、おかずが前日と全く被っていないとは。この引き出しの広さ、もはや芸術だよ。」
栄養学は専門ではないけど、医者として勉強になるね等と言いながら、兼元は嬉しそうに箸を進めている。
「・・・ほら、ここに座って君も食べなさい。」
<<2-2>>
これは初対面翌日のこと…。
「やぁ、来たね。弁当、これから毎日お願いしたいって思ってるんだ。…で、だが。その代わりに昼の話相手になってくれないか。」
弁当の回収に研究室へ訪問して早々、この人は何を言い出すのかと思った。
”話す練習をする”という建前で始めようとしたこの取引だったが、こちらから仕掛けるまでもなく向こうから切り出してきたので面食らったものだ。
「は?話し相手?」
「年をとると、話せる仲間がどんどん減っていくもんでね。話題ばかり増えてもしょうがない。だからさ、ネタが腐らない内に話を聞いて欲しいのさ。」
優秀な人間特有の孤独というやつだろう。
周囲と足並みを揃えるというのは、自ら臨んで望まぬ視点で物を見るということ。
そして渦巻く野心に翻弄されて、その孤独に疲弊していく。
進捗が無いまま度重ね行われる会議。
財政的に粗ぐわぬのなら患者の命なんぞ二の次にする運営事情。
社会的地位に執着した、医師同士の序列付け。
命を救うという医師本来の存在意義にそぐわぬ無駄事に忙殺され、兼元はうんざりしていた。
君が良ければだけど…という兼元の言葉。
この人の言葉はいつだって唐突だった。
僕に一体何の価値があるというのか。
怪しい事この上なかったが、そう言う兼元の物言いがどこか弱々しく、寂しそうなものだからついつい了承してしまったのである。
<<2-3>>
あれから一ヶ月が経過していた。
向かい合って座り、ぎこちない会話をしながら食事をする。
こうして20分程を共に過ごした後、それぞれの日常に帰っていく…そんな習慣になっていた。
誘い誘われといて不器用な二人。
なぜ弁当屋で働こうと思ったのか、もう大学に行く気はないのか…まるで親子みたいなぎこちない会話をする。
いつしかこの時間が、僕にとって心の拠り所となっていた。
この日は嵐に見舞われていた。
雷鳴と大粒の雨が大地を覆い尽くし、逆らうものを飲み込まんとしていた。
「うわぁビショビショ…。だから今日はいいって言ったのに…。」
「いいえ、一応仕事ですから。大丈夫ですよ」
んー…っと不服そうにする兼元からいつもの空箱を受け取る。
「っていうけどさー。周り水浸しで川になってるぜ?ここは高所なんだから、滑りでもしたら危ないよ。」
「それはお互い様じゃないですか。」
そう、この大学病院は高所にある。
丘を切り開いて建てられたこの病院は、景観と夜景が綺麗ということで有名だ。
ただ同時に、地盤の不安定さと自然災害に対する耐候性が度々問題視されている。
補強計画は立案されてはいるものの、実施の目処がいつまでも立たないらしい。
「え?この状態で戻るの?危ないよ。雨宿りしてけばいいのに…。そう、じゃあくれぐれも気を付けてね。」
「うわ、やっぱ凄いな!」
吹き飛ばされないように身体を支えながら、駆け足で駐車場に向かった。
暴風雨は更に勢いを増し、油断すれば今にも吹き飛ばされそうな惨状だ。
ぬかるんだ地面を踏みしめながら、何とか駐車場まで辿り着く。
しかし、スクーターに辿り着いたその時だった。
鋭い閃光と鈍い轟音が辺りを包み込み・・・・・・少年の意識は白く塗り潰された。
<<2-5>>
「うぅ…あぁ!」
全身を痛覚に支配され、少年の意識は強制的に呼び戻された。
強く打ち付けたようだが、幸い骨は折れていないようだ。
体を覆う瓦礫を弱々しく払い落とし、体に鞭打って立ち上がる。
「なんだよ…これ。」
辺りは土砂に塗れていた。
大きく抉られたアスファルトの天井に、食い破られた土の壁。
これは少年が落雷による崩落に巻き込まれ、丘の麓まで落下したことを示していた。
スクーターは何処に行ったのか・・・。
道路がこれでは、暫くは店に帰れないだろう。
連絡をしようとしたが、落下の衝撃で故障したのか端末の電源が入らない。
はぁ…電話を借りないといけないか。
この状態で上まで戻るのは苦行だが、引き返すしかないだろう。
霞む視界の中、瓦礫を踏み崩しながら進む。
1歩…2歩………11歩…12歩…!?
「うわっ」
岩山に変貌した地面に足を奪われ、思わず膝をついた。
「痛ぇ…なんなんだ本当…」
少年は足元を鋭く睨みつけ、怒りを露わにした。
周囲は滅茶苦茶に壊され、地面へ乱雑に散らばっている。
不自然に盛り上がった瓦礫の山。
足元が全く安定しない。
それに全身が痛みを訴えており、歩く度に焼けるような刺激が襲い掛かってくる。
故に、突然伝わってきたゴムボールに弾かれたような感覚に対応が出来なかった。
転んで崩した瓦礫の隙間には、乾いた砂の塊が埋まっているらしい。
踏んだ時に砕けてしまったんだろう。
・・・いや、それは変だ。
乾いた?
外は未だ土砂降りであり、地面も壁も水を吸ってすっかり茶褐色に染まっている。
それでは足にあった感覚に説明がつかない。
それによく見れば、何となく艶やかに見える。
これってまさか・・・。
「おいおい、冗談だろう?」
少年の怒りは瞬時に焦りへと変換された。
度重なる異常事態にもう頭はパンク寸前。
考えが纏まるよりも先に、瓦礫へ手が伸びていた。
傷だらけになるのも構わず、ひたすら目の前のガラクタを退かし続ける。
頭の中にぼんやりと浮かんでくる悪い予感を否定したくて、只々必死で掘り進めた。
「………………はぁ・・・はぁ・・・・・・。」
上部の瓦礫を退かし終えて溜まった土砂を払い落とすと、その正体が顔を出した。
「あぁ・・・そんな。」
それは、ボロ切れの様にとても痛痛しい有様だった。
しかし、瓦礫の称すにはあまりにも滑らかであり艶やかで・・・。
「・・・・・・・・・。」
その事実に、少年は呆然と立ち尽くすしかなかった。
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そう、これが僕と彼女の出会いだったんだ。
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