5-6:天空を仰ぎ見て
「ぐっ……」
振り落とされた剣を鋼の義手で受け止めた
「あっはは、いーぃ判断。さっきよりは楽しめそうで嬉しいねぇ」
跳ね除けられた剣の持ち主、ペドロは、愉快げに笑ってやや遠方に、崖の先に着地した。軋む鋼の腕を摩り、垓が息を吐く。
「……見事に関節狙いやがってよ、切り落とされるかと思ったぜ」
言いながら、垓の目はついと動いて、こちらに駆ける二人――否、三人に向かう。その中で一番前に出ていた銀髪の男が、王族の赤色とは異なる、赤褐色の瞳を吊り上げた。
「ペドロ! アリシェルは――」
「問題ないよぉ。下でマー君がナイスキャッチ、だからさぁ」
銀髪、ライナルトの切羽詰まった問いに笑って、ペドロは崖下にひらりと手を振る。アリシェルを未だ抱えたままだったマクスウェルと目が合って、何とも微妙そうに顔を顰められたことにペドロはまた笑った。
そんなやり取りを脇目に、垓は肩を落として周囲へと目を向ける。自分を囲むように現れた騎士団の制服。そしてその中で、オズワルドに縄で巻かれて連行されてきた男の姿に溜息をついた。
溜息をつかれて、縄を巻かれたまま男、ラムラスが笑う。
「いやーごめんね垓、捕まっちゃったー」
「見りゃ分かる」
ラムラスの言葉に端的に返して、脱力したように垓は腕を下ろした。
――とはいえ、歴戦のライナルト達には、その姿が決して隙を見せているのではないのだと分かる。ペドロが、唇を舌で一度舐った。
「おじさん多勢に無勢って好きじゃないんだけどなぁ。サシでやりたかったなぁー、班長〜」
「目的は垓の捕縛だ。最適な陣形であたる」
「だよねぇ〜。はぁい」
ライナルトの端的な返答は最初から予想していたのだろう。ペドロはそんな間延びた返答で、へらりと笑って――その姿勢を、僅かに屈める。
雪煙が立つ。
金属音が、霧雪の中に響き渡った。ペドロの踏み込みは一瞬にして垓との距離を詰め、その身に剣を差し向ける。対して垓もまた刃を鋼の腕、その甲で受け止めて、振り払うと同時にペドロの手首を掴んで引き寄せた。もう片方の手で抜かれた垓の拳銃がペドロの額に突き付けられて、ゴリ、と骨を鳴らす。――そこまで、一秒に満たない。
突きつけられたペドロが、笑う。ぞわり、垓の経験と勘と本能が、その背筋を凍らせた。
――撃針が打たれるより先に、ペドロは銃を突きつけられた額をそのまま、頭突きの要領で押し飛ばす。思わぬ反撃を受けた拳銃は手から離れて宙を舞い、垓は舌打ちと共にペドロを振り払って距離をとる。
距離をとった、その先に、ライナルトの剣が迫っていた。
「――ッはっ……」
咄嗟の判断で身を躱して、転がるようにその場所から離れた垓が、頭を抱えながら起き上がる。ぽたり、と赤色が白い大地に点を作った。額が、軽く切れたらしい。流れる血を鬱陶しそうに拭って、垓は息を吐く。
「……騎士団が飼っていい狂犬じゃねぇだろ、そいつ」
そうぼやいて、垓は対峙するペドロを睨んだ。睨まれて肩を竦めたペドロの隣に一歩足を踏み出したライナルトが、「否定はしない」とだけ返す。
「そこは否定してよ班長〜カワイー部下じゃないの」
「可愛さを主張するならもう少し戦闘意欲を抑えてほしいものだな」
軽口には軽口で返して、ライナルトは改めて垓を見据えた。
「投降しろ、
垓は言葉を返さない。俯いたまま、臨戦態勢を解く気配もない。言葉は無意味かと、ライナルトは再び剣を構えた。
――森が揺れたのは、そのすぐ後だった。
「――ッ!? 何だ!?」
突然大地が揺れて、崩れかけた身のバランスを何とか持ちこたえさせライナルトは顔を上げる。そして、見えた。
森の向こう、白と黒の柱が立っている。
――否、それは柱が突然生えたのではなく――それぞれの色の光が上空を貫くように下から放たれたのだろう。そして、その一方の光――白の光の中にいる人影を、ライナルト達が見まごうはずも無かった。
「……ソラ、様……!?」
眩い光の中、それでも見失わない鮮烈な赤い髪が、その中心に浮かんでいる。浮かんでいる、のだ。氷木の群れの向こうにあってなおライナルト達にも見えるほどの高度に、確かに。
彼等が仰ぐべき団長は、光に包まれ空に浮くという異常事態にあってなお――それこそが異常事態であるが――驚いた様子を見せず、前を見据えている。
ソラと対峙するのは黒の柱。その中に、黒の光に溶け込むような黒い髪と、反して光に混ざることなくその存在感を放つ青灰の瞳を持った、成人はしているであろう男が居る。彼もまた、真っ直ぐにソラを見据えていた。
ソラの握る白の剣が、男の握る黒の双剣が、動く。
――次いで、柱がぶつかりあった。中のソラと、男が、その武器同士を番わせ、ぶつけ合い、また離れて噛み合わせて。白と黒の光は、まるで龍と狼の戯れのように何度も絡み合う。
その余波が、ライナルト達にまで届いた。強風の如き圧に、氷木は傾き、ライナルト達の髪が、服が靡く。足を踏み込んでいれば吹き飛ばされることは無いが――それどころの話ではなかった。
「――ライナ! これは……!」
「分かっている!」
ラムラスを半ば引き摺って駆け寄ったオズワルドに短く返し、ライナルトは睨むように垓に視線を投げた。
垓はといえば、ぼんやりと、凪いた目でその白と黒のぶつかり合いを眺めている。
「これは、どういう事だ……! あの男が狼月のボスなのか!?」
ライナルトの声に、垓がゆるりと目を向けた。
「……そーだな。月と太陽が共鳴してんだ。ったく、だから俺は反対してたのによ……
溜息をついて、垓はわしわしと己の髪を掻き混ぜる。オールバックに撫で付けたセットが乱れるが、あまり気に止めてはいないようだった。
「共鳴って何だって話か? そうだよなぁ」
ライナルトが二の句を次ぐ前に、垓はゆっくりと立ち上がって顔を向けた。
「簡単だよ。伝承は知ってんだろ? 元はお前らの国の伝承だからな。
機械精霊達は再び一つになることを望んでる。どちらかがどちらかの
その光を目にしたのは、ライナルト達だけではない。
「ソラ様……!?」
ルークレイドと紅花がぶつかり合う最中、少し離れた氷木に凭れて息を整えていたリズーが、その目を疑うような光景に声を張る。ルークレイドもまた、目を見開き、次いでぐっと歯を食いしばって、剣と鉄扇を噛み合わせていた紅花を振り払った。
「――停戦しろ! あの時のソラ様は正気ではなかった、そちらとてそうではないのか!? 彼等が機械精霊と同調してああなっているなら、放置しておくわけにはいかない……!」
ルークレイドの怒号に、紅花は目を細める。だが鉄扇を下ろすでもなく、再度ルークレイドに振り被った。それを剣で防ぎ、金属音が鳴り響く。
「契約者が不安定なのは機械精霊が不安定だからだ」
武器を噛み合わせ、近くなった距離で、紅花はそう呟くように、言った。
「だから、
そう、静かに告げた紅花の目に躊躇いは無かった。静かで、凪いて、迷い無く。ルークレイドが、顔を顰め、唸る。
「……青灰の瞳は、
僅かに、紅花の目がぴくりと動く。――拳銃がちゃきりと鳴く音がして、ルークレイドは咄嗟に剣を振り払った。
発砲音が響く。――ルークレイドの頬に掠めた銃弾が、鮮血を弾かせる。
「余所者が、
拳銃を向けて、紅花は静かに――その瞳に、確かな憤怒を宿して、言う。
「あの子は
もう何も、奪わせやしない」
――交渉は不可能だ。
そう悟って、ルークレイドは顔を顰め、剣を構えた。
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