4-5:子狼、再戦
「……騎士団を排除したいって言うよりは、計っている感じがするって言ったけどね」
ユーフェンが、モニターに目を向けながら呟いた。表示が見やすいよう少し薄暗くなっている通信室で、青白い光に照らされるその横顔を一瞥し、ルイーゼもまたモニターを見る。
「カリム君は、例外かなあ。そんな余裕はなさそうだったから」
「……まさかそっちからお出ましとはなぁ」
マクスウェルが
「どこぞに隠してるアジトで、震えて篭ってて良かったんだぜ?」
「……そしてその間に、寄って集って垓兄上を捕縛するか?」
リズーの軽口に、唸るラルスの顎を撫で己に寄り添わせながら、カリムが冷たく見下ろして吐き捨てる。
「森に騎士団が散らばって待機していることは想像がついた。個人ずつなら恐るるに足らない。各個撃破する」
「甘く見られたもんだな、ガキ二人で大人二人のしてやるってか」
挑発するように笑ったリズーに、初めてカリムが笑顔を返す。口角の片側だけを釣り上げて、嘲るように、だが。
「一度負けた大人がよく吠える」
「ぁ゛あ゛!? 負けてねぇが!?」
「貴様が挑発に乗ってどうする馬鹿犬」
カリムの巧みなカウンターに綺麗に乗せられたリズーを呆れ混じりに諌めてから、マクスウェルは背中に背負った大斧を構えつつ、改めて坂の上に立つ子供二人を見上げた。
「(カリム、の方は、体付きはまだ未成熟だろう。体力、力比べに持ち込めばこちらに分がある)」
それは本人も分かっているはずだ。細身で小柄、報告からしてリズーほどの体のバネも無い。身体的に天性の恵みを持たない人間は、それを補うために技巧を高めようとする。中には身体的にも恵まれていながら技巧まであるタカミのような化け物も居るが――ペドロについては身体的にはそこそこでありながら技巧と何よりも
問題は、その隣のラルスだ。
「(私は聖技祭のように詳しく体付きを分析できる目は持ち合わせていないんだがな)」
マクスウェルはこの二人と直に対面するのは初めてだが、成程、念写画像で見た通りだと改めて眺める。上半身は気温に則した普通の格好だが、耳まで隠すように被ったフード、そして下半身のフォルムを完全に隠すようなサルエルパンツが、妙に気にかかる。特に、下半身――ユーフェンが獣のような動きと判断したもの。義肢だとすれば、何かの仕込みがあるだろう。それも含めて、この少年の戦闘力が未だ測れない。
「なぁ、カリム、カリム。カッコゲキハ、だろ?」
ラルスがカリムに擦り寄って、その耳元で唸る。
「食うか?」
――その言葉の意味を、マクスウェルは掴み損ねた。敵を仕留める比喩にしては、少年の振る舞いは幼過ぎる。
「お腹を壊すから、駄目だ」
そう、幾分か優しく答えるカリムの言葉が冗談かどうかも掴みかねる。二人の少年は寄り添い、口を寄せ合って、その耳に囁き合う。カリムが、「でも」と加えて口を開く。
「力加減は、しなくていい」
――その言葉に、ラルスが獰猛に笑った。
見た目は十五歳、まだまだ幼さの残る顔立ちだ。だが鋭く伸びた牙を覗かせるそのえがおに、リズーとマクスウェルの背にぞわりとした何かが走る。
カリムの隣から、ラルスの姿が消えていた。
森が揺れる。
「がっ……!!」
マクスウェルの傍に一陣の風が吹いた。そう、一瞬誤認する。誤認だと即座に悟ったのは、リズーの姿が消え、衝撃音の中から、彼の短い呻きが僅かにマクスウェルの耳に届いたからだ。
氷木をいくつも薙ぎ倒して吹き飛ばされ、押し込まれたリズーの体は、彼自身が咄嗟に背中に補助霊技器による障壁を張っていなければ脊髄まで折れていただろう。何本目かの氷木に障壁ごと打ち付けられたリズーの前にはラルスの手袋に包まれた手が鉤爪と噛み合っている。
「まずはオマエ、カリムを傷付けた、オマエだ!!」
ぐっと、まだ、ラルスの体に力が篭もる。パシン、と、リズーの背後で氷木が鳴った。
「ッリズー!!」
――バキバキバキッ!!
マクスウェルの声も虚しく、ラルスが腕を押し払うと同時に、氷木と障壁が同時に壊れてリズーの体が投げ出される。それが如何程の力かは、ラルスの足元の氷が割れて盛り上がっていることから一目瞭然だった。
「――!」
ハッと、マクスウェルは振り向きざまに大斧を構える。同時に、ダンッと銃弾が斧に弾き飛ばされて傍の氷を抉った。撃ったであろうカリムの姿は――前方には、無い。
カァンッと、次に鳴り響いたのは金属同士が噛み合う音だった。
「……斧ばかりではないのか、小癪な」
「そちらこそ、銃ばかりではないだろう」
マクスウェルの懐目掛けて振り被られたカリムのナイフは、マクスウェルが片手で腰から抜いたショートソードで防がれる。押し合いでは分が悪いと判断したか、カリムは即座にナイフを振り払って後方に飛んだ。距離が開き、ふ、と、マクスウェルは浅く息を吐き出す。それは白く濁り、空へ消える。
「凄まじい力だな。あのラルスとかいう少年、手袋が霊技器なのか? それとも足に仕込んで踏み込みを強めているのか」
ラルスの力による惨状は、既にありありと示されていた。氷木は何本も粉々に砕かれ、大地は大きくヒビ割れている。ラルスの姿は無い。吹き飛ばしたリズーに追い打ちをかけに行ったのだろう。
「答える必要があるか? あの男はもうラルスが始末しただろう。貴様もすぐに後を追う」
「……はは」
笑ったマクスウェルに、カリムの端正な顔が顰められる。ショートソードを腰に差し、マクスウェルは斧を片手でひとつ、回した。ひゅうん、と風を切る音が鳴る。
「我々を、そう見くびらないでもらおうか」
ドオッと、轟音が響いた。割れた氷が吹き飛ばされ、散らばって、森が揺れる。響いたのは――ギャンッ、という、ラルスの悲鳴。マクスウェルの後方に吹き飛んだその影に、彼を挟んだ向かいで、カリムが目を見開き顔を強ばらせた。
「――クソほど馬鹿力だがよぉ、あ゛ぁ、軽いな! 災骸よりも全然軽ィ!」
リズーがそう、空中で貼った障壁を蹴ってマクスウェルの背後に降りる。ぷっと彼が吐き出した血の塊が白い氷を汚した。顔も服も汚れが目立つ。だが、力強く立っている。
「テメェよりも怪力でテメェよりもデカくて重てぇもん、こちとらいつもぶちのめしてんだよ」
マクスウェルに背中を預け、その背中を預けられ、リズーはそう吐き捨てた。
「あまり調子に乗るな馬鹿犬。ボロボロのくせに。第一貴様はいつも向こう見ずなんだ」
「うっせー豚野郎、戦果あがりゃ結果オーライなんだよ」
そんなマクスウェルとリズーの軽口の応酬に、カリムは何も言わなかった。ただ、ぽつりと、「ラルス」と呟く。
バキンッと、氷が割れる音がした。吹き飛ばされて氷に埋もれたラルスが這い出したのだろう。それ自体にリズーもマクスウェルもあまり驚かなかった。あれほどの身体能力なら、大ダメージにはならないだろう、と予想はついていたからだ。
――だが、這い出てきたラルスの姿を見て、二人は目を見開いた。
「……ラルス。大丈夫だ」
カリムがそう、――彼の霊技器である、腰の剣を抜きながら、静かに語り掛ける。
「見られてしまっても、殺せば良いんだから」
氷で切れたか、衝撃でちぎれたか。ラルスのフードは外れ、サルエルパンツは所々が破れている。カリムの言葉に答えるように、彼は獣の唸りを上げた。
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