第4話:氷森の狼
4-1:氷の森へ
親愛なるソレイラージュ兄上。
お手紙をありがとうございます。眠らない街と名高いベキュラスに想いを馳せ、未知なる世界にまた一つ学びを得ました。兄様の勤勉なる振舞いに身が引き締まる思いです。
僕の方でも、この間城下町に出た折に旅商人の方とお話しする機会に恵まれました。商人の国レスティアでは旅の極意や商売の仕組みを重視して学ぶそうで、彼等の持つ経験や知恵は皇国に勝るものがあると感嘆致します。
皇国は兄様や太陽の機械精霊様の恩恵に頼り、外交に関して弱い部分があるように思います。良き王となる為にも、諸外国からも学ばなければと強く感じました。
皇都は変わりなく、平和な日々を送っています。この間、少し大きな災骸が発生したのですが、弔花隊長があっさりと捕縛してしまいました。正直に申し上げると恐ろしいお方ではありますが、その強さはやはり感服致します。僕も強くなれると良いのですが。稽古をつけてもらおうかとレンドに提案したのですが、危険だと強く禁じられてしまいました。ちょっぴり不満なのはレンドには秘密です。
リスベールから、兄様は
先日、ラァ姉様が太陽と月の機械精霊様の出会いを予言致しました。兄様の身に大きな出来事が起きる気がして、このカトラルドは兄様の身を案じずにはいられません。その変革が、兄様にとって良いものであれば良いのですが。
どうかお体にお気を付けて、元気な姿で皇都にお戻りになることを心待ちにしております。
――そこまで読んで、ソラは手紙に桃色の花弁が一枚、押し花にされて挟まれていることに気がついた。添えられた言葉を見れば、どうやらレスティア商人から買った東の大陸、パージニア大陸を原産とする花らしい。
パージニア大陸は、古くはヴィスリジア皇国と地続きになっていた土地だ。だが千年よりも昔の時代、地殻変動によりパージニア大陸はヴィスリジア大陸――当時はリゾルディア大陸だが――と海で分かたれ、そこでヴィスリジア皇国とは異なる国が発展した。その国は刻国の侵略を受けていくうちにヴィスリジア皇国の公用語とは異なる言語が発達し、閉鎖的な気風が作りあげられたが、服がはだけぬ様に留める帯など文化として近しい部分もいくつか存在していたそうだ。
そうだ、というのは――パージニア大陸は千年前、海に沈み滅びた土地であるが故だ。僅かに目覚めた『洪水』によって最初に壊された、と、伝承では伝えられているが定かではない。パージニア大陸に居た人間がどうなったのか、残らず死に絶えたか僅かでも生き残っているのか――それも最早確認する術はないが、パージニア大陸からかつて伝えられていた植物や文化は、極希少ながら今も流通している。
この花もその一つだろう。カトラルドは良い経験をしたらしいと、ソラは少し微笑んで、手紙を丁寧に封筒の中に戻した。
それから、窓を見やる。ウェリアス村の端、ウェルフィエン森林地帯から離れた船着場の影にソル・ヴィリアを隠し、騎士団一行は弔花が保有する建物を借りて身を整えることとなった。窓から見える景色は暗く、霧のように小さな雪で視界が遮られている。その遠くに、僅かに白銀の森林が見えていた。
「ソラ様、会議の時間です」
「ああ」
ノック音と共に、呼びに来たルークレイドがそう声をかけてくる。それに応えて、ソラは手紙を荷物の中にしまう。折れてしまわないように気を付けながら。
ウェリアス村に到着して、一日目の夜である。
ウェルフィエン森林地帯はヴィスリジア大陸西方、北の方向に続く巨大な森林だ。水の機械精霊の影響を強く受けていることから、気温が特に低く、濃い霧に包まれているように見えるほどの霧雪が年中降り続くことが特徴だ。森林、とは言うが、この地の生態系は通常の森林とは大きく異なっている。この森に生える木々は緑を芽吹かせる一般的な樹木ではなく、葉を持たず、白色の幹や枝に氷を張り巡らせた
「そのウェリアス村の村人が一人、南国に旅行に行った際人攫いに捕まって奴隷にされてしまったらしい」
最終確認を兼ねて、会議室にてユーフェンを交え皇国騎士団の中枢メンバー――全班長、団長、副団長が一堂に介する。村に到着してすぐの日中に集めた情報を含め、纏められた資料を捲り、ソラは息を吐いた。奴隷制を認可している南国の方はそういう意味では治安が悪い。身寄りのない者や連絡手段を絶たれた者がそのような事件に巻き込まれたとしても、飛行艇事故などによる行方不明と区別するのは至難の業だ。そして、そういったものに巻き込まれた人間が無事帰還することができることは滅多にない。
「だが、――狼月の奴隷商襲撃によって、解放され、無事村に帰還した。そうだなルークレイド」
「は。……自分の身に起こった非日常として、村で半ば武勇伝として吹聴して回っているようです。ベキュラスにも噂話が届くほど」
息を吐いて、ソラは眉間を抑える。国民が一人救出されたというのは喜ばしいことではあるが、狼月の評判がまた上がるというのは手放しに喜べることではない。加えて――
「……加えて。その者が、黒髪に青銀のメッシュを入れた男に資源を受け渡しているとの情報も入っている。これまでの情報と兼ねて考れば、この男というのはおそらく狼月の
資源、と一口に言ったが、恐らく物資だけでなく情報も流されていると考えられる。「ええ」とライナルトが唸った。
「あの森は人が住むには寒いが、氷木によって食料に困らない上に、視界が悪く身を隠すには確かに優れている。森の地下にはウェリアス村で祀られるものよりも巨大な分核があり、水の機械精霊の恩寵も強い。十年前のリゾルディア戦争でも重要地点として早々に占領命令が出た土地です。――狼月に掠め取られているのならば、見過ごせはしないでしょう」
「さらに、近くには旧ゾルファス民族国虚無区があります」
そう付け加えたのは操縦班長・チャドだ。彼の言葉通り、ウェリアス村から森林地帯を挟んで南西の方から大陸の西端にかけて、巨大な虚無区が広がっている。
かつてウェルフィエン森林地帯は、リゾルディア戦争で滅びた三つの民族小国の一つ・ゾルファス民族国とヴィスリジア皇国を遮る国境として機能していた。リスベールの采配によってウェルフィエン森林地帯は早々にヴィスリジア皇国側に占領され、それによって土地自体に極力ダメージを与えずゾルファス民族国を圧倒できたと言われている。
かつての戦争では、皇国軍も皇国騎士団も同じ部隊として編成された。会議室に揃う者達は、ソラを除いて戦争に携わった者ばかりだ。ソラ以上に、森林地帯の重要性は理解しているのだろう。
加えて、『狼月』と『虚無区』だ。やけに関わってくるこの二つの関連性を、皇国騎士団として明かさねばならない。息を吐いて、ソラは改めて円卓を見渡した。
「――ウェルフィエン森林地帯を闇雲にうろつくのは現実的ではない。現状、ウェリアス村の村人に接触するであろう垓が狼月に至る糸口だ。情報によれば二日後、件の村人は再び垓に接触し物資の提供を行うという話だ。そこを狙いたい」
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