3-8:次の行き先

 朝日がベキュラスを照らし、飛行艇ソル・ヴィリアもまた活動を開始する。夜の情報収集に出ていた者達が戻り報告を終えて仮眠を摂る中、入れ替わりで表の情報収集の担当達が準備を整える。その中で、ソラもまた――今日は情報収集に出るのではなく少し離れた町での新たな捕縛災骸の浄化にあたるため――騎士団長としての制服と装備を身につけて、クローゼットの前で息を吐く。コンコンと、ドアのノックが響いた。

「入れ」

「失礼します」

 生真面目に返答をして、ドアを開けたのはマクスウェルだ。彼は片手に折り畳まれた新聞を持ち、やはり生真面目な一礼をする。

「本日の朝刊です、団長」

 ああ、と受け取り、開いて軽く目を通す。特にベキュラス付近の国内情勢、飛行艇が飛ぶ空域の天候情報――注意すべき異常がないかそうやって見ていると、ふと、飛行艇の行方不明情報に目が行った。

 マキネスで最も広く用いられている移動手段は風の機械精霊の恩寵を受けて飛ぶ飛行艇だ。千年前には大型の直方体を繋ぎ合わせたような乗り物が大地を走っていたらしいが、山を削り森を切り倒すそれは、現在では人間の大罪である【大災厄】を招いた傲慢たる破壊と野蛮の象徴として罪の遺物となっている。そのため大地を走らせるなら馬だが、馬よりも時間を短縮し、荷物を多く運び、海や山も自在に越える移動手段として、今日こんにち飛行艇は皇国騎士団のような公的機関から民間まで広く用いられている。

 一方で、当然良いことばかりではない。天候の急変による飛行艇の墜落事故――これは受けることの出来る風の機械精霊の恩寵に限りがある小さな安物の飛行艇に特に多い――や、商船を特に狙う空賊の襲撃で行方知れずとなる飛行艇は、マキネス全体で見れば毎日のように報告される。山や海、果てには虚無区に墜落した飛行艇を見つけ出すのは至難の技だ。見つけ出したとしてほぼ確実に災骸の温床になっているとなれば、捜索部隊を組むのも難しい。そうして、新聞では飛行艇の行方不明情報が常に掲載される状態になっている。

 だからその日の朝刊にその情報が乗っていることは何ら奇妙なことではない、が。

「……今日は、多いな」

 ぽつり、呟く。行方不明として数えられている飛行艇の数は九つ――普段の約二倍だ。マクスウェルもその欄を見たのだろう、「はい」と神妙に顔を顰めた。

「行方不明の飛行艇における最後の目撃情報が、比較的皇国に近い位置であることも気にかかります。妙な噂もありますし、注意しておくべきかと」

「怪物とやらのことか」

 問えば、マクスウェルは顔を苦くして「はい」と応えた。

 サジェンタ村とリスリー村の謎の壊滅。表向きには賊によるものとされているそれが、人間の形をしていながら動物の体の一部を備えた、によるものだと裏でこっそりと囁かれているという。信憑性のない、ただの噂だ。

「どう思う、マクスウェル」

「……私は、有り得ない、と。そのような怪物が居るはずがない――馬鹿馬鹿しい、誰かが面白おかしく作り上げた嘘に過ぎないに決まっている、と、そう」

 そこまで言って、マクスウェルは迷うように目を動かし、唾を飲み込んで、やがてソラに目を合わせた。

 ――マクスウェルは、真摯な人間だ。彼に限らず、騎士団の面々は殆どがそのように在ってくれている。きっと、ルークレイドに同じことを尋ねても、同じように答えただろう。

 皇国騎士団は災骸と対峙し、虚無区を調査し――全く、理解の及ばない現象に、それでも民を守るため対抗し戦う存在だ。皇国騎士団は広くものを見る目を備えていなければならない。

「分かった。有難う」

「出過ぎた発言を失礼いたしました」

「下がっていい。ついでに、この手紙の手続きを頼む」

 マクスウェルに封をした便箋を渡して、ソラは「リスベールに届けてくれ」と付け加える。マクスウェルは丁寧に受け取り、敬礼をして踵を返した。カトラルドへの手紙は、上手くリスベールに届けばきっとカトラルドへと通してくれるだろう。彼の背中を見送って、ソラは新聞を閉じて机に置いた。


 ――人間の形をしていながら動物の体の一部を備えた、怪物。似たような存在は、昨日ペドロが笑ったように、確かに千年前の伝承に語られている。

 千年前。神の加護を得ていた時代には、機械精霊が居らずとも風は吹き炎は灯り水は溢れ出て、マキネスは平穏に巡っていたという。今や常に冷風が吹きすさぶヴィスリジア皇国にもその時代には一年のうちの一時期には暖かな日差しが注ぎ、花さえ咲いたそうだ。今は機械精霊の恩寵なしには風も炎も水もなく、植物は寒さに適応したものだけが生き残り、花などは炎の機械精霊の加護を受けた温室でしか育たない。

 黒蛇から人には過ぎた叡智を得たマキネスの人間は、その叡智を暴走させ様々な罪を犯した。山や森を切り開き大地を抉って走る金属の箱もその一つ。だが何よりも罪深かったのは、人間は、愚かにも己の手でを産み出して、それを使役することで神を引きずり降ろそうとしたのだそうだ。

 その新たな種族、というのが、人間の形に動物の体の一部を備えた、【武畜ぶちく】と呼ばれる、人間と意思疎通が可能な知能と人間をはるかに超える戦闘能力を持った存在である。その上で『品種改良』として――強い個体を残し弱い個体を淘汰するため、兄弟姉妹間で殺し合うように本能にプログラムしていたそうだ。如何に強い存在であろうとも、人間に等しい知能があれば幼い段階でマインドコントロールを施すことも容易い。

 そうやって創り出された、人間が使役することのできる、神を堕とし我が物とするための最強兵器。だが結局は武畜を用いた代理戦争が勃発し、戦の火は増え続け、やがてその騒乱が纏めて【大災厄】と呼ばれるほどにマキネスは荒れ果てた。その結末を含め人間の愚かさは神の怒りの琴線に触れ、神はマキネスごと全てを崩壊させるために『洪水』を引き起こし――おそらく終船おわりぶねの信仰対象であろう洪水様とはここからだろう――太陽王が神を鎮めるまでに、武畜は一人残らず死に絶えたといわれている。それが、ヴィスリジア皇国に伝わる童謡にもなっている千年前の伝承だ。

 武畜とは、千年前に滅びたとされる種族、である。しかも伝承にて語られるだけの、存在していたかも怪しい――御伽噺のような存在であることに間違いはない。だがもしも、そんな存在と対峙することになったとしたら。

「(私は、太陽王のように国を救えるか)」

 ――自信は無いな、と、一人、騎士団長にあるまじき自嘲を零した。



「皆、これまで苦労だった」

 ベキュラスに滞在し、五日目の夜。情報の集まる土地でありヴィスリジア皇国領でも中心部に位置するベキュラスを拠点としつつ、馬を走らせて周辺の都市へと足を運んだり、小型飛行艇で遠くへ災骸討伐に出向いたり情報の精査を行ったりしながら、皇国騎士団は情報を集めてきた。そして、情報収集の期限として定めていた最終日。ソル・ヴィリアの会議室にて、ソラは騎士団員全員が揃った円卓へと口を開く。

「これまでに得られた情報を鑑みて、次の航路を決定した」

 言って、配った資料を一枚、翻す。そこに写されているのはヴィスリジア皇国の地図であり、そのうち、ベキュラスから西へ離れた場所に丸印がつけられていた。

「――ここから、西方に一週間ほど飛行艇を飛ばした先にある、ウェルフィエン森林地帯。その付近で、狼月ラァンュエらしき目撃情報がいくつか得られた。


ここを狼月が拠点としている可能性があると見て、我々は明日ベキュラスを発ち――ウェルフィエン森林地帯にほど近いウェリアス村へ向かい、村を拠点として森林地帯の調査を行うこととする」

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