2-8:円卓会議

「無様だな、馬鹿犬」

「うるせえ豚野郎……」

 飛行艇に戻った後、リズーはすぐに医療室に運ばれることとなった。こんな中でも悪態をつき合うマクスウェルとリズーに、呆れたようにオズワルドが息を吐く。

「はいはい、喧嘩は回復してからにしてくださいね。ラインバッハさん、お湯と道具の用意をお願いします」

 へいよ、と返し、ラインバッハは先んじて医療室へと向かい、その後をリズーを寝かせた移動式ベッドを押しながらオズワルドが追う。それら一連の流れを見送って、ソラは改めて――己の後ろに従ったマクスウェルと共に、会議室に足を踏み入れた。

「先程遭遇した狼月ラァンュエの構成員と思しき二人の、顔写真の念写が完了しました」

「ああ」

 グロリーから二枚の紙を受け取り、ソラは円卓の席に着く。ソラとリズーの記憶から念写した先程の写真は、やや不鮮明ではあるが、青みがかった緑の髪の少年と、フードを被った赤紫の髪の少年の顔を確かに映していた。最初に口を開いたのはソラの隣に座るルークレイドである。

「報告を。まず、近隣住民への対応は完了しました。皇都への報告も通信にて恙なく。数時間内に皇国軍の飛行艇が諸々の対応のためこちらへ向かう予定とのことで、騎士団はこのまま航路を進むようにとの御命令です」

「私からも。飛行艇からの観測で、例の狼月以外の異常は確認されませんでした」

 報告を引き継いだチャドがそう告げ、自然と視線はソラに集まる。視線を受け、ソラは手元の紙を机に並べ、指で弾いた。

「既に伝えているが、改めて。――狼月の構成員と思しき二人組と遭遇、交戦した。歳は先生――聖技祭の見立てによれば十五歳。片方、青緑の髪の方はカリムと呼ばれているのを確認。また、狼月に機械精霊が保有されていること、そのボスが契約者であることは確かなようだった。虚無区付近に現れた理由は不明だ」

 それは非常に大きな出来事である。少しの間、会議室に重い沈黙が流れた。アリシェルが、眉を寄せて「やはり狼月が虚無区化に関わっているのでしょうか」と言葉を落とす。

「そう決めつけるのは早計だね」

 会議室の扉が開く音と共に、それに答えたのはユーフェンだった。あの後、ルイーゼと共に虚無区のデータ採取の続きを行っていたのが終わったらしい。ルイーゼ、そして護衛として同行していたライナルトと共に会議室に足を踏み入れ、ユーフェンは空けられていたソラの片隣に座る。ルイーゼとライナルトがそれぞれ指定の席に座ると同時に、彼はまた口を開いた。

「でも何かしらの目的と情報を持っているのは確かだと思う。狼月を追うことに関して異論はないよ。毒とかも結構普通に使うみたいだし、みんなそれぞれ気を付けないといけないけどね」

 ユーフェンの言葉に頷いて、ソラは改めて円卓を見回す。

「航路はこのまま、ベキュラスに向かう。狼月を追う、その指針に変わりはない。カリムは毒を塗ったナイフや拳銃、恐らく剣も扱う。赤紫の髪の少年については不明だが、リズーの鉤爪と、手袋だけの素手で組み合っていた――何かを仕込んでいる可能性もある。向こうにある程度こちらのことが知られているのに対し、こちらは向こうについて知ることが少ない。常に想定外を覚悟していてほしい」

 次いで、ソラは隣に座るユーフェンに視線を向けた。ユーフェンがそれに気が付いて微笑みを返す。

「先生、赤紫の髪の少年の下半身に違和感を感じたんだな?」

「そうだね」

 頷いて、ユーフェンは配られた自分の分の資料を裏返し、その白紙部分に胸ポケットから取り出したペンで図示していく。そこに描かれたのは簡易的な、人間と犬の足の骨格と筋肉解剖図だった。

「普通人間は足全体を地面に付けて立っているけど、犬は言わばつま先立ちが通常状態だ。外から見た時に太腿のように見える部分は人間で言うふくらはぎ、くの字に曲がった部分は踵になる。だからまあ一見人間とは関節が逆向きについているように見えるわけだけど――赤紫の髪の少年の下半身の動かし方は、犬のそれに近かった。それが僕の感じた違和感だよ」

「獣のような足の形状をしていると? 義肢だとすると、その意図が気になるな。何かの仕込みの可能性がある」

「加えて。多分狼月には聖技官が居るね」

 低く唸ったライナルトの言葉に、軽く付け加えられたユーフェンの一言が会議室に新たな緊張を走らせる。最初に口を開いたのは、聖技官ルイーゼだった。

「何故そうと?」

「カリム君が備えていた剣、遠目でしか見れなかったけど、あれは霊技器だ」

 ――裏社会にも霊技器の流通が漏れ出ることは、無い訳では無い。とはいえ、その数はごく少数だ。精霊種こそマキネス中に流通し、表社会だろうと裏社会だろうと広められているが、精霊種から霊技器を作成することの出来る聖技官は、公的機関からの特殊な教育を受けた者でなければ成り得ない。それほど、聖技官の技術というものは高度なのである。即ち裏社会に属する人間が聖技官としての技術を得ることは非常に難しく――ほぼ不可能だと言っていい。必然的に、裏社会に流通する霊技器とは、災骸討伐や封じ込めに失敗した国の公的組織――皇国でいえば騎士団や弔花にあたる――の、『遺品』となったそれが戦場から掠め取られたものばかりだ。当然、状態が良いものは少ない。傷が入った霊技器を修復する術も、聖技官でない者は持たないが故だ。

 けれど、とユーフェンは口を開く。

「カリム君が持っていた剣状の霊技器――振るうところは見れなかったが、遠目で見ても、カリム君の体躯に最適化した作りをしていた。彼の身長は目測で大体百五十センチ半ば、そんな子に最適な霊技器が、大の大人達のにあるとは考えづらい」

「しかしそれは――つまり、聖技官の技術が、裏社会に漏れているということになります」

「そうだねぇ。多分聖技官教育に一番携わっているのは僕だから、僕の責任問題になっちゃうかも」

 あははと朗らかに笑うユーフェンに、「笑い事ではありません」とルイーゼが唸った。

 ルイーゼが特に反応することは聖技官としての誇りを考えれば当然だろう――と、ソラはその様子を眺め、思う。聖技官となる為の勉学や修行は非常に厳しいと言う。ルイーゼは特に、更なる高みを求めて激しい競争を潜り抜け――霊技器作成の創始者、聖技祭であるユーフェンからの直接指導を勝ち取った努力家だ。愛する兄のため、兄と生きる国を守るため、その精励はルークレイドから聞いただけのソラにも想像に易い。

 その技術が裏社会に流れ、或いは悪用されているとあれば、居てもたってもいられないのは当然だろう。

「でも、事実だ」

 熱が上がりかけたルイーゼの次の句は、存外に冷ややかなユーフェンの声で遮られた。その口元には相変わらず微笑みがある。

「僕が直接指導した君達や、ある程度管轄してる皇国内にはそういうことがないように目を光らせてはいたけれど――他国については、最初の数人の聖技官に技術指導をした後は関与できない。現実として、漏口は無いとは言いきれず、可能性として高いならば無視するべきではない。そうだねソラ様」

「……ああ」

 言葉を受け止めて、ソラは円卓を見渡す。顔を顰める者、真剣に資料を見る者、その目に愉しげな光を宿す――これは一人だが――者。多種多様な反応を示す者達の前で、彼等を総括すべきソラは、一度、深く息を吐く。

「機械精霊についても、虚無区についても、霊技器についても。狼月を追い、解明すべき事項は多い。ベキュラスまではここから数日かかる。道中、災骸討伐も行うかもしれないが――各自、身を休め、万全を期してほしい」

「「御意、我等が太陽の輝きの導を以て」」

 椅子に座ったままの、簡易的ながら統率された礼を見届け、ソラは解散を告げた。

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