2-4:後に残るは
「お越し頂きありがとうございました、ソレイラージュ殿下」
朝日が登り、怪我をした村人や弔花隊員の手当て、瓦礫が転がるパスル村の片付けに人々が動く中、手当てを受け、瓦礫のひとつに座っていたソラに中年の男が一人歩み寄る。黒い制服、パスル村を管轄する弔花の指揮官だろう。その男のことは、ソラも一度見た事があった。確か、元は『表』の皇国軍に所属していたはずだ。
男は不自然なまでににこやかに、ソラに続けた。
「殿下の素晴らしいご活躍のおかげで、村人に死者は出ておりません。家畜は残念ですが、人命には代えられぬでしょう」
「――弔花隊員の死傷者は?」
ソラの問いに、男は変わらぬ笑顔のまま、答えた。
「ご安心ください。弔花からの死者も、【首輪付き】ばかりです。丸ごと食われましたから、儀式の必要もありません」
心から、問題無いと思っているような、声だった。その笑顔に快くは思えず、ソラは顔を背けて立ち上がる。
「殉職者をリストに。後ほど皇都に送り、葬儀を執り行う」
「……え? しかし……」
「命懸けで村を守った英雄達の名前だ。……早くしろ」
初めて男の顔が曇る。その声を無視して、ソラは立ち上がって歩を踏み出した。
弔花は忌み嫌われた部隊だ。加えて、災骸と第一線で戦い、常に死の危険が付きまとう。そんな弔花に、自ら志願するような物好きは少ない。故に弔花隊員の多くは、先程の男のように軍で問題を起こし左遷された者か、【首輪付き】と呼ばれる――犯罪者で構成されている。犯罪を犯した者への刑として、弔花に所属させ、災骸に対する盾とさせるのだ。そういった者達は俗称の通り逃走防止の首輪をつけられているため見た目にもよくわかる。大体、【首輪付き】の扱いは悪い。犯罪者という立場から、住人からも、弔花でも軽視される。特に、早く功績を挙げて元の軍に戻りたいような者には使い勝手の良い盾だろう。
胸にのしかかる黒く重たい感情を押し出すように、ソラは深く息を吐いた。
「お疲れ、ソラ様」
その声にソラは顔を上げる。見れば、丁度大型災骸を倒した場所に、ルークレイドとユーフェンが立っていた。
「先生、ルーク。何かあったか」
ひらひらと手を振るユーフェンの元に小走りで駆け寄る。そんなソラに、相変わらずユーフェンは穏やかに「そうだね」と微笑んだ。
「あると言えばあるし、ないと言えばないかな。いやぁ、僕はなかなか皇都から出られないから外は新鮮なんだけど、どうせならパスル村のもっとのどかな光景を見たかったね」
「聖技祭。本題を」
「おっと。そういうとこちょっと
睨むルークレイドとその前でぱちくりと目を瞬かせ眺めるソラに、ユーフェンは肩を竦めて再び視線を戦いの爪痕が色濃く残る荒地に向ける。
「何か変なものがあったわけではないんだ。ただ、少し今回の襲撃、妙だなと思ってね。ソラ様は思わなかった?」
その問いに、ソラもまた自分達が災骸と戦ったその痕に目を向ける。
「……災骸の数が、多かった」
「そう、それだ」
今回の災骸の数は二十体。幸いにもすぐに騎士団が駆けつけられたものの、もう少し遅れていれば弔花の盾も崩れ、村の全滅は免れなかっただろう。ユーフェンが口を開く。
「そもそも、災骸が群れを成すことはあまりない。基本的に単独行動だ。災骸にどれだけの知性があるかは分からないけれど、彼等は災骸として変性したらすぐに獲物――生命体を喰らいに行く。食われた生き物は丸ごと吸収されるか――遺体の欠片から災骸化したとしてもタイムラグがあって、その時には他の災骸は別の場所に移動している。群れようという意思は低いように思う。
だから集団行動をするとすれば、同じ場所で同じタイミングで災骸化したってことになるけど、そんなことは自然界ではあまりない。皇都では時々集団化するけど、そういうのは大体別の場所で別のタイミングで災骸になったものが門という同じ場所に集まったっていう――結果論的なものが多い。皇都には生き物が集まるからかな、災骸も引き寄せられやすくて、まあ門の所に十体くらい集まってしまうくらいはそこそこにある話だ。
でも……パスル村という、そんなに災骸が集まるような要素がある訳でもない小さな村に、二十体というのは、多いね。それも、弔花の話によれば村の中で家畜なんかが災骸化して増えた結果ではなくて、初めから、二十体ほど、押し寄せてきたらしい」
言葉の末は、少し声を低めて、ユーフェンは言った。じっとその顔を見上げるソラに視線を戻して、ユーフェンは再び柔らかく微笑んでみせる。
「――とはいえ、自然界で野生動物の大量死というのもまあ、無いことは無い。その類かもしれないから、一概には言えないんだけどね。少し神経質になってしまったかもしれない」
「……珍しいな、先生が」
「僕もたまには真面目モードになるさ」
冗談めかしてみせてから、ユーフェンは「そうそう」と付け加える。
「真面目ついでにもうひとつ、【分核】を確認したいんだけど、良いかな?」
機械精霊が恩寵を与える時、人は機械精霊の本核を賜る。それがソラのように人間の心臓に宿ることは稀で、太陽の機械精霊をはじめ少数の機械精霊によってしか起こらない。本核とは機械精霊そのものであり、大体の機械精霊は本核を土地に与える。そのように本核を与えられた土地は精霊地と呼ばれ、神殿にて本核を守り、町としても発展している場所が多い。
一方で分核とはそのように本核から『送信』された機械精霊の恩寵を『受信』するために、マキネスの至る所に存在する。町や村があるところには必ずあると言っていい。いや、正確には分核がある場所に町や村が作られたと言うべきだろう。
「そして、本核や分核は普通の武器や自然災害なんかでも壊れることが無い」
そう言って、ユーフェンは村人に手渡されたパスル村の分核を一つ、撫でる。災骸が暴れた故だろう、分核が納められていた祠は粉々に砕けてしまっており、傷の浅い住人たちが簡易的ながら今できる最上級の祠を作っている。分核は、一見して水晶のような球体だが、よく見れば色とりどりの欠片が集まってできていた。周辺の惨状とは反対に、傷一つなく美しいものだ。
「どうやら災骸にも壊せないようだね」
「壊されたら困る。機械精霊の恩寵を受け取るための大切なものだ」
「うんうん、全くだ。実際、分核や本核が壊れたなんて報告聞いたことがないし、そうあるべきなんだと僕も思う。核は壊れない、それがマキネスの絶対だ」
そう微笑んで分核を丁寧に仮設の祠に戻したユーフェンは、つと、ソラを見る。唐突にその薄い碧眼と目が合って、ソラはびくりと小さく肩を揺らした。恐れではない。ただ、存外に、ユーフェンの瞳が昏かったのだ。
「分核は村や町に必ず一つはある。――勿論、虚無区と化した場所にもね。そこにあったはずの分核は、どうなってしまったのだろう」
もう微笑みは浮かんでいなかった。ユーフェンは村人によって大切に祠に納められ、磨かれている分核を遠く見ていた。
「機械精霊の核が壊せるのかの耐久試験なんて誰もやったことがないし、やれるわけがない。だけど、だから、『そう』なった時にどうなるのか誰も知らない。虚無区の分核はどうなっている? まだ中にあるんだろうか? それとも――もしも本核のある精霊地が虚無区となってしまったら、……それを調べるために同行させてもらったのだけれどね。ごめんね、とりとめのない話をして」
「……いや、
また微笑みを戻したユーフェンの視線を受け止めて、ソラは飛行艇の方へと目を向ける。アグリが手を振って呼びかけていた。パスル村周辺にもう災骸の気配はない。次の目的地を決定し、進まなければならないだろう。
指示を出すべく、ソラは再び歩き始めた。
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