2-3:日の出

 甲高く、ガラスが割れた様な破裂音が響く。

《A……A、aaaa――》

 地響き。災骸の数が疎らになった――建物前方、入口扉側にて、巨体の影が蠢いた。建物周辺を守っていた弔花隊員を後方に下がらせ、彼らを守るように立つソラがそれを見上げる。建物を小型の災骸に襲わせ、本体は少し遠くに居た――最も大きく成長した災骸。大きさは、目測でおよそ八メートル。それは、ソラが飛行艇から飛び降りた時、として、数名の飛行艇員による遠隔障壁によって閉じ込め、隔離していた。それが破られ、巨体が這い出る。

 災骸の形状は多種多様だ。四足歩行、二足歩行、飛ぶことの出来ない鳥型――恐らくは元となった死体を元に形作っている。獣なら獣型を、人なら人型を。しかし、不思議な事に、生命を喰らい巨大化した災骸ほど――二足歩行の巨人のようになるのだ。


 ――生温い息を吐き出して、黒い体に穴が空いたように光る白い瞳が、ソラとその傍のルークレイドを見下ろした。その形は、二足歩行。黒い甲殻に覆われた姿は人には似ても似つかないが、シルエットだけは人間のそれだった。


 災骸の動きを長時間封じる程の障壁は、人数が必要な上に、一度壊されると再び起動するのに時間がかかる。建物の中にいる民と弔花を守りながら群がる小型の災骸と同時に戦う危険性と天秤にかけて、隔離障壁という手段は選択された。そして、それを最も有効化するための成果とは、最大の脅威を抑えている間に他の小型災骸を全滅させること、である。

 ――その成果が果たされることは少ない。今回のように、小型の――体高五メートルほどの――災骸が、四、五体残ってしまうことは想定の範囲内だ。

 だからソラが考えた時間は、一瞬だった。建物周辺の災骸討伐を終えたであろうライナルト達四人が駆け寄ってくるのを、視界の端に認める。

「小型の災骸を大型災骸から遠ざけ、動きを止めよ! 陣営を取らせるな、! 大型災骸の動きは――私が引き付ける!」

『御意!』

 ソラが精霊器――太陽の如き輝きを放つ剣を真上に掲げる。大型災骸の白い目は、真っ直ぐにそれを見た。

 災骸は、精霊器の輝きに惹き付けられる。それが、己への脅威への警戒か、また別の理由かは分からない。

「――行こう、リュオネス」

 剣はぐにゃりと曲がり、その光はソラの足元へと。それに――弾かれ、ソラは大地を駆けた。

 太陽の機械精霊リュオネスの力を受け、その身は一瞬にして大型災骸の背後に回る。大型災骸の首がぐるりと背後に回り、ソラを追う。建物や弔花隊員は、もう目に映っていないらしい。黒い巨体のその腕が、振り上げられる。

《……A、i……Oooooo――!》

《Oooooo――》

《Aaa――!!》

 迫り来る黒い腕。そして精霊器に吊られ、同調するように吼える小型災骸の牙。ソラは再び、光の剣を真上に掲げた。刀身が――ぎゅるると伸びる。細い龍の形をとり、一瞬にして大型災骸の腕に巻き付いていく。災骸の肩まで二周した龍は、最後にそこに噛み付かんと牙を剥く。ソラの足が大地を蹴った。ソラの頭上に迫っていた小型災骸の牙は空振りし、その首はライナルトに落とされる。

「――ッは」

 光の龍が巻きついた軌道を追うように――龍が剣へと戻る動きに引っ張られ、ソラの身は災骸の腕を渦巻いた。龍の頭部が至っていた災骸の肩部、一瞬にしてその上空に至ったソラは、遠心力を含めた勢いのまま――剣の切っ先と成った、龍の牙を振り被る。

 ――生命を喰らい、吸収し、強化された災骸は大きく硬くなる。一度切り付けた程度では切断しきれない。

《O、o――》

 黒い液体が噴き出す。それは、ソラが災骸の肩部を切り付けた傷から。大型化した災骸の硬さに、じんとソラの腕に痺れが走る。硬い。その一刀だけでは、災骸の肩は落ちない。

 だから念を入れて、二度。光の龍の軌道は、そのまま、刃である。

《O――Aaaa――ッ!!》

 遅れて、黒い血が。

 災骸の腕を渦巻くように、傷が開く。血を噴き出して、二周――龍の軌道通りに――抉られた肩が、落ちた。

「――ッ、」

 ソラの視界の端、黒い影が、宙に浮いたままの己に迫っていた。瞬間、衝撃。

「ソラ様!!」

 リズーの声が響く。大型災骸がもう片方の腕でソラの小さな身体を薙ぎ払ったのだ。それに気を取られたリズーに、先程まで戦っていた頭部を失った――リズーが落とした――小型災骸が、腕を叩きつけようとしていた。

「隙見せちゃ駄目だってぇ」

 その腕は、リズーを潰す前にごとりと落ちる。ハッと振り向いたリズーは、大量の液体をその顔に浴びた。思わず目を瞑り、頭を振る。飛び散る液体の色は黒だ。

 なんとか目を開けば、頭部に加えて片腕を失い、胴体が両断されて倒れた小型災骸の上に――まだ建物前方には戻って来ていなかったはずのペドロが居る。

「小型、最後の一匹。おじさんが奪っちゃった、なんてね」

 おやつを横取りしたかのような笑顔に、リズーは舌打ちして、ソラの身を探した。そしてルークレイドが抱えているその赤毛を見付けて息を吐く。大きな傷はない。恐らく飛行艇からの障壁と、ソラ自身の精霊器による防御が間に合い、落ちたその身をルークレイドが受け止めたのだろう。

「ソラ様!」

「私は無事だ! 戦況は!」

「小型の災骸は全頭無力化! あとは大型災骸だけで――、ッ!」

 リズーは周囲を見渡し、ハッと目を見開く。

 大型災骸が、一頭の、小型災骸の身体を持ち上げていた。精霊器による消滅を未だ迎えていないそれは、手足と頭を失ってなお藻掻く。その身に――大型災骸が噛み付いた。

 ばきり。ぐちゃり。そんな音を立てて、呆然とする騎士団の前で、大型災骸が小型災骸の身を喰らう。失ったはずの大型災骸の肩から下が、ぐちょぐちょと厭な音を立てて、再生していく。

 ――ああ、だから、大型災骸に小型災骸の身を近付けるべきでは無い。誰かが、失態を呻いた。他より成長した災骸は、生命体のみならず、己より小型の災骸さえ喰らい糧にする。己を強化する。己を癒す。それは、騎士団が既に経験上知っている事実である。唯一ペドロが愉快そうに口笛を鳴らした。

「……気を引き締めろ! これ以上大型に喰らわすな!」

 空気を、ライナルトの声が引き戻す。ハッとペドロを除く戦闘班が目を見開き、それぞれ目を見合わせて頷いた。

 飛び跳ねたのは、アリシェルだ。靴型の霊技器は驚異的な跳躍を可能にし、一飛びで大型災骸の口元の高さへと至る。そのまま空中で、身を翻し、踵落としの要領で彼女は大型災骸が小型を掴む指を断つ。その程度の細さであれば、霊技器での一刀両断が可能だ。食われかけの小型災骸は、大型災骸の指と共に落ちる。重力に従って大地に戻ろうとしたアリシェルの身に、影がかかった。

 彼女を捕らえようと迫った大型災骸の再生した腕は、飛行艇からの障壁に阻まれる。障壁にて腕が止まったのは一瞬、簡単に障壁は打ち破られるが、アリシェルが地上に至るための時間には十分だった。彼女は着地した瞬間、大型災骸から距離を取るため後方へと飛び跳ねる。

「――小型の無力化ご苦労! 総員、これより大型災骸に注力せよ!」

 ソラの声が響いた。その手には再び光り輝く龍が巻く。

「ルークレイド!」

「はっ」

 余計な言葉は、最早必要ない。ソラが光の龍を大地に叩き付け、龍はソラの身を高く打ち上げる。指揮を受け継いだルークレイドが、声高に叫んだ。

「コードCを適用する! Lライナルトと-RルークレイドでR右腕をPペドロはL左腕をMマクスウェルと-Aアリシェルと-LsリズーでF足を堕とせ! 速やかに執行せよ!」

 その声を聞き取って、騎士団は迷いなく動く。空中に飛び跳ねたソラを、大型災骸が打ち払わんと右腕を振り被り――それは、障壁を踏み台に駆け上がったライナルトが庇うように霊技器で受け止める。受け止める、とは言えど、その力を真正面から全て食らうのではない――下に、流す。流されて、霊技器を滑り、災骸の腕は大地を殴りつける。その傍に、ルークレイドが構えていた。

「――グランツ!」

「応!」

 ルークレイドは飛び、ライナルトは降り――災骸の腕の真ん中、それを、両側から霊技器が切り付けられる。一度では浅い、ならば二度、三度。

《A――Aaaaaa――!》

 己の右腕に纒わり付く白の制服達、それを払わんとしたか、大型災骸が左の腕を振り被る。

 その腕は、しかし、打ち下ろす前に肩からずり落ちる。肩には抉るように――十度ほど、切り付けたであろう刀傷。

「チーム戦はスリルが足んないけど、命令だからしゃーないねぇ」

 災骸の左肩、ペドロが笑って、再度、霊技器を肩に振り下ろした。最早皮一枚で繋がっていた左腕が落ちる。同時に、右腕もまた、真ん中で落ちた。大型災骸は――倒れない。拳を流され身を傾け、両腕を切り落とされてなお、その足で大地を踏み付ける。首が回る。その白い瞳は、遠くに倒れる小型災骸を見付けた。口を開く。体を起こし、両足で立って――

 その足が、がくんと崩れ落ちた。災骸の背後から飛び退く影がある。アリシェルとリズーが、両足それぞれに、渾身の力で霊技器を叩き込んだのだ。膝裏に切れ込みが入って、だが、まだ大型災骸は倒れない。

「――倒れぬならば、落とすまで」

 一閃。

 マクスウェルの大斧が、災骸の膝を、前から切り付けた。その振り被りは大きく、隙の大きなそれを邪魔されることなく遂行した一太刀は――災骸の両足を、切り落とすに至った。

《O――Aaaa――》

 足が落ち、災骸は直立のまま、落ちる。顔を上げたその目に、災骸は――太陽を、見ただろう。白い瞳が光に眩んだか、細められた。空が白んでいる。朝日が、山の向こうに登っていた。

 大型災骸の頭上にて、ソラは光の剣を振り被っている。太陽の光を浴びて、その剣は輝いて。

「――抵抗は無い。一呑みで喰らえ、リュオネス」

 光の剣は――光の龍は、巨大に膨れ上がる。八メートルの大きさを持つ災骸を、覆い込むことも容易い程に。


 音は無い。大型災骸を飲み込んだ龍は剣に戻り、地上に降り立ったソラの手中で黙している。

 朝日の眩しさに、ソラは目を細めた。

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