1-10:騎士の出立

 騎士団員にその通知が来たのは朝である。そしてその日の夕方、連絡の通り、彼等は城の広間に集っていた。

「皆、急で済まない。集まってくれたことに感謝する」

 並んだ――本来の所属数より少ない――騎士団員の前に、ソラが立つ。その傍にはルークレイドと、小脇に書類を抱えた宰相リスベール、少し離れてユーフェンが控えている。さらに後方、騎士団員から見て正面向こうに見える扉の付近で、弔花隊長であるタカミが腕を背中側に組んで立っていた。

「先の連絡の通り、次の遠征は道行きが見えず、どれほどの過酷さになるか分からない。恐らく長くなるだろう。さらに飛行艇に積める物資には限りがある。よって今回、自分の身や家族に不安がある者、希望者には遠征メンバーから外れてもらった。

今此処に居るのは私と共に遠征に向かうメンバーだ。今朝国王陛下に下された勅命に従い、明朝に、我々は皇都を発つこととする」

 そう、ソラが言い終えると、リスベールが一歩前に出る。褐色肌のほとんどを覆い体の線を出さない衣服の裾がひらめき、リスベールは長手袋をつけた手を己の胸に当てて、一礼した。若く見えるが宰相として最も国王に信頼され、十年前の戦争では軍師として皇国を勝利に導いたと謳われる男である。その動きの一つ一つ、無駄はなく、洗練されていた。

「今回の遠征については、僕から説明しましょう」

 そう前置きして、リスベールは顔を上げる。耳まで覆うターバンが巻かれた銀の髪が揺れた。

「まず……一年前にラヴィニア砂王国で起こった災骸化事件について。皆さんご存知かと思いますが、一応齟齬がないように改めてご説明しますね」

 コホン、と咳払いがひとつ、広間に響く。

「ラヴィニア砂王国は、ヴィスリジア大陸より南方、遠く離れたサンドリア大陸の国でした。五十年前に隣国【刻国クゥーグゥオ】を征服、吸収し、その民を――南方の国には珍しくはないですが、奴隷としていた奴隷大国でもあります。

そんなラヴィニア砂王国が一夜にして滅んだのが、一年前の災骸化事件、通称【月蝕事件】です」

 騎士団員達の空気が張りつめる。

 月蝕事件――それが起こった時、マキネス全体がざわめいた。災骸は千年前から続く驚異であったものの、十年前、精霊種が発明され、その種が皇国からマキネス中に広められてから、災骸が管理された人の土地で発生することは激減した。それが――しかもラヴィニア砂王国という人口的にも五本指で数えられる大国が、一夜にして滅んだのだから。

 リスベールは続ける。

「生き残りが確認されたのは、近くを通っていたレスティアの行商人に保護された老婆一人。彼女は、突然国民の一部が悶え苦しみ、息絶えた直後に災骸化して他の国民を襲い出したと、行商人に縋ったそうです。

しかし――救援に向かった他国の軍が到着した時、砂王国内は荒れ果て、もぬけの殻でした。国民も、災骸も何処にも居らず」

「……確か、ラヴィニア砂王国には機械精霊がありましたね」

 そう問うたのは、ヴィスリジア皇国騎士団医療班長、オズワルド・クルーズである。長い茶髪を背中の辺りから三つ編みにした彼は、丸眼鏡の奥の青目をやや顰めた。

「ええ。ラヴィニア砂王国には月の機械精霊がありました。現在、それは契約者ともに行方知れずです」

 リスベールは頷いて、手元の書類を一枚捲る。ぱらりと乾いた音がした。

「それが今回の遠征に関わってくるのですが――皆様、一年前から台頭しだした、【狼月ラァンュエ】というマフィアをご存知ですか?」

「……刻国の言葉、ですね」

 ライナルトが顔を顰める。その名を知る者も知らぬ者も居るのだろう、それぞれ顔を見合わせていた騎士団員達はその言葉で揃ってリスベールに視線を向けた。

「そう。このマフィアは一年前、月蝕事件の数ヶ月後に現れ、あっという間に裏社会を握る存在となりました。既にいくつかの国では元々管理が行き届かず治安が悪かった辺境などで実質的な支配を行っているとの事で……さらに、彼等は機械精霊を保有し、各地で不審な動きをしている、との噂があるのです」

 ぱらり、捲り上げた紙を戻して、リスベールは書類を小脇に抱え直した。一歩下がり、再びソラの後ろに控えたリスベールを確認して、ソラは顔を上げて騎士団員を見る。

「国王陛下はこの狼月が、虚無区化や突然の災骸化に関与している疑いがあるとしている。狼月にあるのが月の機械精霊なのかどうか、月蝕事件との関わりは不明だが――どちらにせよ、神聖なる機械精霊がならず者の手にある事は許されない、とのお達しだ。


よって――通常の災骸討伐に加え、この狼月の調査、及び制圧が、我々皇国騎士団に与えられた勅命である!」


 カンッ、と高らかに靴音が響いた。ソラが一歩前に踏み出して、吼える。

「戦闘班長、ライナルト・グランツ!」

 名を呼ばれ、ライナルトは機敏な動きで。

「戦闘班、リズー・ワーナー、マクスウェル・ノーブル、アリシェル・アーリック、ペドロ・アンドラ!」

 若い男二人女一人がさっと。少し遅れて、ペドロは欠伸混じりに。

「整備班長グロリー・ジーン、整備班ランドルフ・タナー、アグリ・ブラウン!」

 グロリー、アグリ、そしてランドルフと呼ばれた若い男がそれぞれに。

「操縦班長チャド・ジーン、操縦班ジラフ・コナー、ブリジット・ブロッサム!」

 壮年の男――チャドと、ジラフ、そして少女と女性の中間程の歳の女が、並んで一斉に。

「医療班長オズワルド・クルーズ、医療班ラインバッハ・クラウン、聖技官ルイーゼ・クラウン!」

 オズワルドと女性は丁寧に、髭面の男はやや遅れ気味に、それでもしっかりと。

 ――彼等は、ソラの声に応えて敬礼をした。


 そして、ルークレイドを隣に控え、ソラは前を見据える。


「以上! 総員――私に続き、太陽の敵を喰らい尽くせ!」

『御意、我等が太陽の輝きのしるべを以て!』


 ビリ、と、空気が震える。それはきっと、この人数が吼えた、誓いの文言の声量だけではない。霊技器を持つことを許され、災骸に自ら立ち向かうことを許された、指折りの精鋭共の気迫。ソラより遥かに経験を積み、鍛錬を積み、戦場を駆けた猛者達が持つ圧。

 それを真っ直ぐに見据え、ソラは確と立っていた。



「……良し、直れ」

 その一言で、皆敬礼の腕を下げる。それを確認し、ソラは自らの後方、リスベールの向こうに控えていたユーフェンに目を向けた。彼は視線が合うと、微笑み、歩み寄ってソラに並ぶ。

「今回の遠征は機械精霊が絡む可能性が高い。よって、聖技祭であるユーフェン・セルスタールが同行する」

「機械精霊について多分この国で一番触れているのは僕だからね。期間限定だけど、よろしくね」

 ソラの説明を引き継いで、ユーフェンが笑った。それを聞いて――聖技祭とはあくまで勲章名であって聖技官内に階級差は存在しないために――聖技官としては同じ地位にあるルイーゼが首を傾げた。

「セルスタール聖技祭が皇都を離れて良いのですか? その……弔花隊長の霊技器、とか」

 ――弔花隊長、もといタカミの扱う刀の形状をした霊技器がユーフェンの特注であることは周知のことである。なにせ、彼の身体能力は余りに人間離れしていて、普通の霊技器ではそれに追い付けず壊れてしまう、らしい。

 離れた場所から見ていたタカミが溜息をつく。それに気付いているのかいないのか、ユーフェンが朗らかに笑った。

「まあ予備とかは用意しておいたし、点検もしたし。遠征の間くらいはもつから大丈夫だよ。確かにキティの体を暫く堪能出来ないのは残念だけど」

「まるで普段はよく触れているとでも言うような発言は辞めてもらえますか? 虫唾が走る」

 タカミの舌打ちが響いて、無関係のアグリがびくりと震えて隣のペドロにしがみついた。だがアグリには目も向けず、タカミは普段の薄笑いを浮かべることも無く不機嫌を剥き出しにしてユーフェンを見ている。糸目は、開いていれば射殺さんばかりに睨んでいたことだろう。

「それから、その呼び名も辞めて頂きたいですね聖技祭殿。貴方の子猫キティになった覚えはありませんので」

 ――タカミの霊技器がユーフェンの特注であることと共に、タカミがユーフェンを蛇蝎の如く嫌っていることもまた、周知である。皇国最強の男の機嫌は、部屋の温度を十度ほど下げた。勿論体感で、だが。

「……とりあえず、弔花隊長として聞き届けるべきものは聞き届けました。私はこれで失礼させていただきます。

騎士団の皆様に置かれましては、その淫売、風紀を乱されぬよう首輪でもつけておかれることをお勧めしますよ」

 外套を翻し、タカミは扉を開いて部屋から出ていく。淫売と罵られたユーフェンは、怒ることも嘆くこともなく、眉を下げて肩を竦めたのみである。

 あからさまにほっとしたように息を吐いたアグリの頭を撫でて、ペドロが「すごい殺気だったねぇ」とやけに楽しげに笑った。

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