繋がりと不可視の魔剣
緑の色濃い山の奥、頂上に近い場所に建つ僕らの家。その家の一室で、今日も師匠は剣を研いでいる。
剣を研いでいる時の師匠は、驚くほど集中している。一応用事のある時に呼ぶためのベルが置いてあるのだが、それを使わなければ本当に何をしても集中を切らさないのだ。
試しに指で触れてみたこともあるし、ベルより遥かに大きな声で叫んで見た事もある。それでも師匠はそれが起こったことにさえ気がついていない。
少し怖くて、とても凄いと思う。剣に対してというのが少しだけ嫌だけど、師匠のように物事に集中できている人は、一体どのような景色が見えているのだろう。
そんなことを思いながら、洗い物を畳んでいる昼下がり。家の静寂を破ったのは、玄関からの大きな声だった。
「こんにちはー!」
突然飛んできたその声に、僕は思わず運ぼうとしていた服を落としてしまう。
ああ、またたたみ直しだ。いやそうじゃない、僕はベルを大事に持ち抱えながら、おそらく向こうに人がいるであろうドアを開ける。
「あれ、あれれ? んー……ああ、あなたが研ぎ師さんが言ってた少年君ですね」
目の前に立っていたのは、森の景色に溶け込むような緑色の衣服に身を包む、人懐っこい笑みを浮かべた女性だった。
……少年君と言われたが、僕と彼女の間にそんなに年齢差があるようには見えない……というか、僕の方が歳上でもおかしくない。
師匠と比べると長くない、耳を隠すくらいの黒い髪。それと僕より小さい身長がそう思わせてるだけかもしれないけれど。
「あなたは、師匠のお知り合いですか?」
「うんっ、そうだよー。私のおばあちゃんの頃から、私たちはここの研ぎ師にお世話になってるんだって」
長い付き合いだよねー。そうニコニコと笑いながら話す彼女の言葉を聞きながら、僕はちらりと彼女の衣服の方を見る。
腰の辺りに、少し隠すような感じで一本の剣が吊られていた。ほぼ間違いなく、魔剣だろう。師匠のそのまた師匠の代から、きっとこの魔剣を研いできたんだと思う。
魔剣のことは嫌いだけど、そうやって受け継がれてきたものというのは嫌いじゃない、どちらかと言うと好きだと思う。
だから、僕は少し複雑な顔を浮かべながら彼女に聞いた。
「師匠、呼んできますか?」
「ん、研ぎ師さんは多分作業中でしょ? 少しくらいなら待つよー、普段話さない人と話すチャンスだしっ」
そういうと、彼女はぴょんっと顔を寄せてきた。近づく距離に、思わず少しどきっとしてしまう。
私の名前はカーネリアだよ、そう彼女が自己紹介をしたので、僕も自分の名前を話す。少し言葉に詰まる僕と違って、彼女の話は滑らかだ。まるでこちらの言葉を彼女に引き出されているような錯覚に陥りながらも、僕は自分から見た師匠の印象などを彼女に伝えていく。
「少し私から聞きすぎたかな? アマリ君も何か聞きたいことがあればどうぞっ」
一通り聞きたいことを聞き終えたのか、彼女は今度は僕の方から質問するように促してきた。
しかし、あんまり質問したいことがない。どんな生活をしているのか、なんて聞いて何か嫌な部分に触れてしまうのも怖いし。そもそも魔剣なんて物を持っている時点でまともな生き方をしているとは思えない。
そう、魔剣だ。あらためて彼女の腰にある剣を見つめる。鞘に仕舞われた、装飾などは見られない短剣と予想できる物。
あんまりにも見てしまっていたのか、カーネリアさんは少し不思議そうに腰の剣に手を置いた。そしてはっとしたような声で、そういえば鞘に入れてるんだった、なんて言葉を呟く。
「……やっぱり、魔剣なんですか?」
「うんっ。そういえば、アマリ君は魔剣が嫌いなんだっけ」
その言葉が気になって質問をすると、彼女は思い出すようにそんな言葉で返す。
彼女の思い出したとおり、僕は魔剣が嫌いだ。誰かを傷つける物、持ち主をそうさせる物。師匠にも話したことはない過去の経験で僕は魔剣がそういう物だと言うことを知っている。
「うーん、じゃあそうだっ! 私がこれがどういう剣なのか教えれば、少しはそういうこう……恐れがなくなるかもっ」
なにをばかな。そんなふうに思ったけれど、彼女はどうやら本気でそうするつもりらしい。まだいくつかしか言葉を交わしてないけれど、それでもなんとなく、彼女がしたいならまあ良いかという気持ちもわいている。
「これはカリアテュスの断罪の魔剣っていってねー、見ることができないっていう特性を持っているんだっ」
笑顔でそう話す彼女の言葉で、僕は少し納得を覚えた。多分、鞘と柄は魔剣と関係が無いんだろう、だから鞘があるせいで僕からも剣のことがわかって、それで一瞬びっくりした、と。よくみれば柄の方も見えにくいように吊ってある気がする。
「まあ見ての通り……いや見るのは無理だった! 手を触ってみればわかるけど、今は剣を抜いていないから。だから、その、あんまり身構えなくても良いよ?」
……別に、カーネリアさんの持つ魔剣だけが怖いからってわけじゃなくて、魔剣という物そのものに良い印象がないのだけれど、彼女がこうして僕を安心させようとしてくれるのには、少しだけうれしい気持ちになった。
「アマリー、アマリー?」
そんな気持ちを抱えていると、家の方から師匠の呼ぶ声が聞こえてきた。どうやらお喋りの時間はここで終わりみたいだ、僕は小さくカーネリアさんに頭を下げたあと、師匠にお客さんが来てますよと言って後を任せることにした。
◇
「よかったの? 別にアマリと話してても問題ないけれど」
「結構体力を使ってるように見えたのでー。やっぱり、魔剣になにか良くない思い出があるんでしょうね」
アマリを家の外に置いたまま、部屋に向かう途中の道で研ぎ師とカーネリアは話をしていました。
「でも、なんというかこう……良い子だと思いますよー」
「……アマリとあんまり年齢変わらないよね?」
「それはそれということでっ。あっ、あとこれ」
話の流れを打ち切って、カーネリアがずいっと腕を研ぎ師に向けます。
一瞬びくっとした様子で、彼女はその動きの意味を理解すると、手で皿を作ってカーネリアに近づけます。
「抜く動きがないと、私からは見えないからね? そのカリアテュスの断罪の魔剣」
「ですよねぇ……ううん」
彼女の手の上に何かをのせる動作をすると、カーネリアはその場で考え込むように顎に手を当てます。
「……アマリと話しているとき、何かあった?」
そんなカーネリアに対して、研ぎ師は何か確信を持った様子の声で聞きました。
「むぅ、全部わかってて聞いてますよねそれ!」
「まあ、あくまで推測だけどね。それで、なにがあったの?」
むすっと顔を膨らませるカーネリアに対して、彼女は余裕を持った表情で受け流しながら質問を続けます。
勝つのは無理だと諦めて、カーネリアは一つため息をつきました。そして、少しまじめな声で話しかけます。
「視線を見ていた限りですけど、アマリさん……あの人、この魔剣が見えてましたね」
最初は鞘だけ見てるのかと思いましたけど。そう語るカーネリアに、流石よく見てるねと一言。まあ、暗殺者ですし、嫌でも敏感になりますよー。と、軽い口調で物騒なことを言いながら、少女は話を続けます。
「鞘、見にくい位置につけてましたし……柄ですかね、見てたのは。多分刀身も見えると思います」
過去のなにかしらも、そういうことが出来るのが理由じゃないですかねー。そう話を終えた少女に、彼女はそうだねと一言だけ返しました。
しばらくの静寂。作業の部屋について、研ぎ師が部屋に入ろうとしたところで少女はもう一度声をかけます。
「多分、このまま放っておくと何か面倒が起こると思います……いいんですか?」
その言葉に、微笑みと共に研ぎ師は返しました。
「そういう面倒を背負ってあげるのが師匠だよっ。私の師匠も、そうしてくれたから」
そう言い切った研ぎ師に、カーネリアもつられて笑いました。
そして、笑顔のまま言うのです。
「もしなにかあれば、私たちを頼ってくださいよ! お婆ちゃんもお母さんも、この剣だってあなたにお世話になってますし、それに――」
「それに?」
「私だって、あなたのことが好きですからねっ」
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