魔剣研ぎ師と呪いの少年

響華

使い手と毒作りの魔剣

 僕が、師匠に拾われてから、もう数ヶ月が経つ。

 山に捨てられていた僕を見つけた師匠は、詳しい事情などは聞かないまま、僕に食べ物を出してくれた。


 その後、僕が帰りたくないことを伝えると、師匠はじゃあここにいる? と聞いてきて、そうして今の状態が続いている。


「アマリ、朝ご飯が出来たから、一緒に食べよ?」


 師匠からの呼び掛けに、僕は今行くねと答えて体を起こす。

 ポニーテールでまとめた白い髪と、炎のように赤い両目、腰にはいつも剣を一本吊っている。背の高い僕の師匠は、多分街に行くと人目を集めると思う。僕はすっかり慣れてしまったけれども。


「ねえ師匠、今日はなにかやらなきゃいけないこと、ある?」

「そうだなぁ……あっ、昨日結構雨が降ったから、川の様子を見てきてくれないかな?」


 彼女の事を師匠と僕は呼ぶけれど、それは師匠にそう呼ぶようにと言われたからで、別に僕は師匠に何かを教わっている――つまり、弟子という訳では無い。

 師匠は、研ぎ師だ。それも、本人曰く魔剣すら扱える研ぎ師だと言う、正直嘘っぽいけど、師匠は真面目にそう言っている。


 師匠の事は好きだけど、剣の事は嫌いなので、僕は師匠が普通の剣を研ぐところを見た事がない。

 こうやって、師匠と二人でご飯を食べたり、農作業をしたりして平和に暮らせれば、きっとそれが一番いいのだと思う。


 さて、今日はそんな平和とは少し違った一日で。ご飯を食べて出かける用意をしていると、玄関のドアからコンコンとノックの音が飛んできた。

 お客さんなんて珍しい。そう思いながら師匠の後ろを付いていくと、ドアの先に茶色いフードを被った男の人が立っていた。そして、目の前の師匠を確認すると、突然何かを突きつける。


 ――鎌だ、草刈りに使うものよりは一回り大きな、毒々しいデザインの鎌。

 足が竦む、一瞬頭が真っ白になる。師匠が危ないと言うことを遅れて理解して、


「ヴァルスレイスの種の魔剣、要件は研ぎの依頼ですか?」


 師匠は、予想できないくらい普通の声で、目の前の男の人にそう告げる。その反応に驚いたのは僕だけじゃなかったようで、フードの男は少し目を見開くと、


「その通りだ、噂で聞いた程度だったが……名前を当てるとは、どうやら本物らしい」


 少し掠れた声で、感心したようにそう言った。


 受けてくれるか? そう聞いた男に、もちろんと自信満々な様子で師匠は返す。

 そうしてお客さんを家に案内する中で、師匠は座り込んでいる僕の方を見ると、


「アマリ、取ってきて欲しいものがあるんだけど、頼める?」



 ◇



 師匠がとってきてと言った物は、山の中でなら簡単に見つけられる、毒に効く薬草の一種だった。ゆっくりで大丈夫と言われたので、斜面に気をつけながら慎重にその草を集めていく。


 多分、気持ちを整理させる意味合いもあったのだと思う。僕の今の顔は、きっと酷い嫌悪感か、それか恐怖で歪んでいるから。


 剣は嫌いだ。

 魔剣は、特に。


 師匠がこのタイミングで集めてこいと言ったのだから、きっとこれらは魔剣を研ぐために使うのだと思う。本当はこんなことしないで、こっそり魔剣を奪ってどこかに捨ててしまいたいのだけれど、それをすれば、きっと師匠は悲しんでしまう。


 結局籠いっぱいに薬草を摘んで、僕は出来る限りの作り笑顔をしながら家に帰宅した。師匠が使う石造りの部屋の前に立つと、僕に気づいた師匠が扉を開けて、籠ごと中の薬草を受け取った。


「……お客さんは?」

「外だよ、何か気になることでもあった?」

「ううん、でも……見てないところで、何か悪いことをしてないか不安だなって」


 僕がそうやって話すと、師匠は少し笑顔で大丈夫だよ、となだめるように言う。続けて、剣も私が持っているんだし、とも。師匠はこういうところで結構計算的だ。


「注意深いのはいい事だけど、お客様を相手にするなら信用することが大事だから、アマリも気をつけること」

「うん……師匠が拾ってくれた時も、警戒してご飯食べなかったり、迷惑かけたもんね」

「……そうだね」


 そうやっていくつか会話を交わして、師匠の邪魔にならないようその場を立ち去ろうとする。普通のものでも、魔剣相手でも、剣を研ぐ時はそうするようにしている。


「……ねぇ、アマリ」


 そんな僕のことを、珍しく師匠が止めた。


「お客様の事を警戒するのは……やっぱり、魔剣の持ち主だから?」

「……うん」


 師匠の声は、少し小さくて悲しそうだ。師匠は魔剣が好きで、僕がこういう態度を撮るのが……少し、寂しいんだと思う。


 それでも、僕は剣が嫌いだ。

 剣は武器で、誰かを傷つけるものだから。僕はそれを知っている、持ち主がどうとかじゃなくて、武器は武器なんだと。


 そして、魔剣はもっと嫌いだ。

 魔剣はただの武器じゃない、誰かを傷つけるものであり――持ち主に、誰かを傷つけたくさせるものだ。


 少し静寂があって、僕はその場から動けずにいた。師匠は僕がどうして魔剣が嫌いかを聞かない、それでも、今日は少しだけ踏み込んできた。


「……アマリが、何を抱えてるか、私からは聞かないけど……魔剣の事で悩んでた人をずっと見てきたから、そうやって何かを狂わされた人がいるのは分かってる」


 そういう人がここに来ることもあるから、そう加えて、師匠は一瞬間を開ける。扉越しで、表情も分からないまま、僕は静かに次の言葉を待った。


「苦手なものは、苦手なままでもいいよ。でも……いつか、あなたが私を信頼して……警戒せずに、話してもいいと思ったら……その時はしっかり受け止めてあげる」


 顔は見れないけれど、きっと師匠は笑っていると思う。

 そんな師匠を、まだ話せるほど信じられていないことに、僕は少しだけ罪悪感を感じながらその場を離れたのだった。



 ◇



 研ぎが終わったみたいで、部屋から出てきた師匠は僕のことを呼び出す。

 お客様は? と聞かれたので、多分まだ外にいると答える。それじゃあ届けに行こうか、と師匠が言うので、僕はせっかくだからと付いていくことにした。



 男は、小さな岩の上に片足を乗せながらどこか遠くを見て立っていた。

 師匠はゆったりとした足取りで男へ近づくと、布に包んだ魔剣を渡す。


「お返しします、あなたの魔剣」

「……助かった、たまには、これにも恩返しをしたかったからな」


 布をとって刃を確認すると、男は満足気に頷く。そして軽く握りしめると、乗っていた岩に押し付けるようにゆっくり振り下ろした。


「また機会があれば、研ぎを依頼しても?」

「構いませんよ。それだけ、あなたがその剣を大切にしているということですから」


 そんな会話を交わして、男は山から降りていく。

 視界から居なくなったのを確認して、僕は師匠に疑問に思ったことを聞く。


「最後、岩に刃を当ててたけど……あれ、なにかヤバいことをしたんじゃ……」

「したというか、やめたというか……」


 そんな質問の答えを持っているようで、師匠は言葉を選ぶように考える素振りを見せる。


「あの魔剣、ヴァルスレイスの種の魔剣はね、切りつけたものを毒に変える魔剣なの。今のは、毒にした岩を元に戻したんだね」


 あっさりとそういった師匠を、僕は見開いた目で見つめる。


「毒って……やっぱりやばいことをしてたんじゃ……!」

「……これはね、私の師匠が言ってたんだけど」


 薬と毒の違いなんて、ほとんど使い方次第なんだよ。

 そう言った師匠の表情は、どこか嬉しそうで。


「あの人はね、右足がとっても痛いみたい。だから、あの魔剣で痛覚を無くす毒を作って、それで凌いでいたみたい」

「そんなこと、なんで分かったの……?」

「魔剣に聞いたから」


 師匠は、嘘っぽいことを本当の事のように言う。だから、それも本当なのかもしれない。


 戸惑ったままの僕に、師匠は優しく微笑みかける。そして、静かに言ったのだった。


「好きになれ、とも言わないけど。誰かを傷つけるものが、誰かを助けることもある。それを――どうか、忘れないでね」

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