音楽室の幽霊部員

梔子

『音楽室の幽霊部員』

・白川 寧々(しらかわ ねね) 女

…中学三年、歌うのが大好き。

廃部寸前の合唱部の部長。他の部員は皆、幽霊部員で放課後はひとりぼっちで音楽室で歌っている。幽霊。


・瀬川 章 (せがわ あきら) 女

…中学二年、寧々の歌声に誘われて音楽室にやってきた。音楽は聴く専門。自分が歌うなんてありえないと思っている。自分の声が嫌い。


章「始まりは、初夏。ゴールデンウィーク明けの金曜日だった。学校に忘れ物を取りに戻った私は、急いで帰ろうと廊下を早歩きしていた。」


寧々(合唱曲を歌っている、翼をくださいなど)


章「音楽室から漏れる透き通った歌声に私は足が止まった。その美しい声に惹かれた私は、少しだけ、と思い音楽室の扉を少し開いた。」


寧々(ボリューム小さめで歌い続けて)


章「歌声は、小柄なかわいらしい女子生徒のらものだった。金色の夕陽が差しているからか、天使のようにも見えた。彼女の姿と歌声に心奪われた私は、思わず彼女に声をかけてしまった。」


章「あの……」

寧々「うわっ!誰なの?」

章「ごめんなさいっ……あんまり綺麗な声だから、気になって。」

寧々「え、あー……照れるなぁ。誰も見てないと思ってたからびっくりしたよ。」

章「……ごめんなさい。」

寧々「そんな謝らなくていいから。あなたは……三年生?」

章「いえ、二年です。」

寧々「ごめんね、大人っぽいから同学年かなって。」

章「大丈夫です、よく間違えられるので。」

寧々「ふふっ。名前は?」

章「瀬川です、瀬川章。」

寧々「章ちゃんかぁ。私は寧々、白川寧々。松ノ宮(まつのみや)高校合唱部部長だよ!」

章「合唱部?」

寧々「あー……知らないか。うちに合唱部あるの。」

章「すみません。」

寧々「しょうがないよ。廃部寸前で幽霊部員だらけの部活だからね。」

章「そうなんですね……」

寧々「そうなのよぉ……あっ、そうだ!もしかして章ちゃん歌うの好きだったりする?」

章「えっ、私は無理です。」

寧々「なんで?」

章「歌えません……」

寧々「誰だって歌えるよ。んー……それとも何か、どうしてもの理由があるの?」

章「自分の声が嫌いで……」

寧々「そう、なの?」

章「自分の声が嫌いだから、歌いたくなくて……あっ、でも、誰かが歌っているのを聴くのは好きなんです。」

寧々「じゃあ、音楽は好きなんだ。」

章「はい。」

寧々「それなら歌えるようになるよ。」

章「え、でも……」

寧々「章ちゃんいい声してるじゃん。もっと堂々と喋ったらもっと素敵な声に聞こえると思うの。」

章「……本当ですか?」

寧々「だから、少しだけ私の仲間になってくれない?私が、合唱部を引退するまで!」

章「……それまでなら、分かりました。」

寧々「本当?いいの!?」

章「もっと白川先輩の歌、聴きたいので。」

寧々「やったぁ!ていうか、白川先輩じゃなくていいよ。えーっと、寧々さんで!」

章「寧々、さん?」

寧々「うふふっ、なんかくすぐったいなぁ……よろしくね、章ちゃん。」

章「よろしくお願いします。」


章「その日は月曜日の放課後の約束をして別れた。家に帰っても頭の中では寧々さんの歌声が鳴り響いていて、また会えると思うと身体が宙に浮いたような気持ちになった。

その反面、苦手意識や劣等感で逃げてしまいたくもなった……私が歌うなんて、しかも寧々さんの隣で歌うなんて信じられない。」


寧々「章ちゃん、お疲れ!本当に来てくれたんだ。」

章「お疲れ様です、約束、ですから。」

寧々「守ってくれて嬉しい。早速、発声から始めよっか。」

章「あ……えっと……」

寧々「ん?どしたの?早くこっちおいでよ。」

章「は、はい……」

寧々「顔色悪いよ?大丈夫?」

章「だい、じょうぶ……です。」

寧々「んー……駄目。少し休んでからにしよ。」

章「でも時間が……」

寧々「元気ないのに歌っても楽しくないし、上手になれないから、ね。」

章「はい、すみません。」

寧々「謝らなくていいから、ほら、こっち座って休んでて。」


章「席に着くと、机に伏せる私の背中に寧々さんはカーディガンをかけてくれた。」


寧々、歌う(お好きな合唱曲で)


章「ひんやりとした心地よい風と、天にも昇っていきそうな寧々さんの歌声。心が落ち着き、緊張がほぐれ、冷や汗も引いていった。」


(歌がぷつりと途切れる)


章「私が起きた時には、辺りは真っ暗になっていた。」


寧々「起きた?」

章「寧々さん……」

寧々「あんまり気持ちよさそうに寝てるから起こせなくて。」

章「も、もう19時なのに」

寧々「ごめんね。本当はもっと一緒にいたかったの。」

章「大丈夫、です……それより早く帰りましょ。」

寧々「そうだね。」


章「二人きりで月明かり指す廊下を歩いて下駄箱まで来ると、寧々さんは急に立ち止まった。」


章「どうしました?」

寧々「職員室にお父さんがいるから、申し訳ないけど先帰っててもらっていい?」

章「え?」

寧々「お父さん、ここの教師なの。待ち合わせしてるの忘れてて……」

章「そうですか……」

寧々「本当にごめん!」

章「大丈夫です。ではまた。」

寧々「うん、おやすみ。またね。」


章「眠ってしまった私が悪いのだけれど、何故寧々さんは起こしてくれなかったのか、よく分からなかった。

寧々さんは一緒にいたかったと言うけれど、それが本当ならば良いのだけれど……


私は、寧々さんの秘密に気づけなかった。」


章「お疲れ様です。あれ……寝てる?」


章「音楽室に入ると寧々さんは席に着いて眠っていた。無防備に眠る姿がかわいらしくて、私は思わず髪に触れてしまった。」


章「えっ……」


章「私は背筋が凍った。寧々さんの髪は氷のように冷たかったのだ。慌てて脈を測ろうと首に触れても冷たく、脈がふれないのだ……しかし、次の瞬間寧々さんは飛び起きた。」


寧々「ふわぁ……よく寝た。ん、章ちゃんおはよう。」

章「お、おは……」

寧々「なんで震えてるの?」

章「え……だ、だ、だ、だって……」

寧々「今日こそ歌うよ。さぁ、準備体操しよっ。」

章「ひ、ひぃっ……」

寧々「章ちゃん?どうして逃げるの?」

章「ごめんさいっ!」


章「私は逃げた。西陽に染まった赤い廊下を走り、人目も気にせず家まで駆け抜けた。それからというものの、私は音楽室に行かなくなった。」


(回想風味で)

寧々『少しだけ私の仲間になってくれない?』


寧々『本当?いいの!?やったぁ!』


寧々『よろしくね、章ちゃん。』



章「音楽室に行かなくなっても、寧々さんの声は頭から消えなかった。寧々さんがもし……もし"そう"だとしたら、と思っても、また顔を合わせられるのなら謝りたいし、歌声を聞きたかった。そうしている間に季節は巡り、校庭の隅には向日葵が咲き始めた。

終業式の日、私は久しぶりに音楽室へと向かった。」


寧々、歌っていて章に気付く。


寧々「章ちゃん!」

章「寧々、さん……?」

寧々「会いたかった!とてもとても会いたかった……」

章「寧々さん……ごめんなさい!」

寧々「なぜ謝るの?」

章「だって私、約束を破って逃げたから。」

寧々「えへへ、しょうがないよ……バレちゃったんだもん。」

章「え?」

寧々「なんでもなーい。あのね、章ちゃん。」

章「何ですか?」

寧々「私、今日が引退の日なんだぁ。」

章「……!」

寧々「もう合唱部として歌えないと思うと、寂しいなぁ……章ちゃんと一緒に歌いたかったしー。」

章「ごめんなさい。」

寧々「いいのよ、冗談。そもそも無理やり私が誘ったんだし。」

章「……もう音楽室では会えないんですか?」

寧々「そうだねぇ、気が向いたら遊びに来るかもね。」

章「その時は、私も絶対ここに来ます。」

寧々「ふふっ、嬉しいなぁ。でもひとつ約束だよ?」

章「へ?」

寧々「次ここで会ったら必ず私と歌うこと!」

章「……はい!」

寧々「いい返事…………そろそろ行かなくちゃ。」

章「どこに、ですか?」

寧々「分かんないけど、お迎えが来てるみたい。」

章「やっぱり……」

寧々「ごめんね。」

章「……私、次に会う時までに歌、練習しておきます!だから……っ……」

寧々「ふふっ、期待してるからね。わが部の次期エースさんっ!」

章「頑張ります。ですから……また会えるのを楽しみにしています。」

寧々「私もだよ。章ちゃん、私の声に気づいてくれてありがとう。それじゃあ、またね。」

章「……………さようなら。」


章「零れた涙を拭うともうそこには寧々さんの姿はなかった。

太陽は頭のてっぺんに来て、蝉の声がどんどん強くなって……なんていうんだっけ。

クレッシェンドか……」

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音楽室の幽霊部員 梔子 @rikka_1221

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