Report89: ニューフェイス

 翌日、朝九時。事務所へ顔を出すと、俺は知らない顔が居る事に気付いた。そいつと目が合い、お互いに会釈する。

 相手は二十代程の男性だ。金髪を逆立てており、使い込んだ箒を逆さにしたような髪形である。目は切れ長で、瞳孔は黒い。

 アロハシャツを着用、ピアスを空けている。身長は俺と同じくらいか。細身で肌は青白く、何だか不健康そうだ。


「ああ、彼はリュークだ。新顔だな――」


 俺の存在に気付いたメガミが、男を紹介した。リュークと呼ばれた男は口角を上げて微笑む。


「――日本出身で、連続婦女暴行事件の容疑者と


 コーヒーの入ったカップをシンクに持って行きながら、メガミは続けた。

 つまり、暴行事件の前科があるって事か。そう説明されると、逆立てた髪型も威圧的に感じられる。同郷の人間であるが、喜ぶにはまだ早そうだ。

 まぁ、ここに居る人間は皆、過ちを犯した事のある人が多いと思うけど。


「初めまして、ラッシュです」

「ヘヒヒ……どうも。本名だと、ヒロだ。よろしく」


 冷酷そうな笑みを浮かべると、リュークは握手を求めてきた。隙間から見えた歯列はギザギザで、吸血鬼を彷彿とさせる。

 俺は苦笑しつつ、差し出された手を握る。

 おいおい、何だか物騒なヤツが入ってきたんじゃないか?

 確かに今、人手は足りていないと思う。だけど、こんなヤバそうなヤツに頼る程なのだろうか。人選というのは軽率に行ってはいけないものだと思うんだけど。


「“九州の切り裂きジャック”、……とも呼ばれていたそうだ」

「ヒヒッ、ジャックでもヒロでも、リュークでも好きに呼んでくれ」


 メガミがそう補足すると、リュークはヘアブラシで髪を梳いた。髪型が気になるようだ。

 九州の切り裂きジャックという名前は日本に居た頃、聞いた事がある。五年くらい前、通行人が刃物で襲われる事件が連続で起きた。真昼の市街地で、被害者は皆すれ違い様に鋭利な物で切り付けられている。ターゲットは無差別で、福岡県警察が全力で捜査に当たっていた……にも関わらず、結局犯人は特定されなかった。

 まるで自らの力を誇示するかのように、犯行は続いた。だが、人相も不明。詳細も不明。「集団幻覚の一種では」と囁かれる程であった。

 暫くして、新たな被害者が出る事もなく鎮静化したものだから、事件は迷宮入りだ。その異様さから、当時ニュースで頻繁に流れていたから覚えている。

 メガミが言うには連続婦女暴行……のようだから、それとは別に事件を起こしているという事で、彼はその犯人なのだろうか。


 だが、さっきメガミは「容疑者とされている」と言った。断定しないって事は、何か裏があるのかもしれない。

 メガミが連れて来た人間だから、信頼するべきなのかもしれないな。


 そんな事を思いつつ、俺はメガミに本日分の仕事の有無を尋ねる。ふと、辺りを見渡すと、ゾフィが居ない事に気付いた。もう出掛けたのだろう。

 カメコウはと言えば、ソファで寛いでいる。今日、彼の仕事はないのかもしれない。


「ラッシュはこれを頼む。駅前でケンカだ」

「場所は?」

「サムヨット駅だ。詳細はケータイに送っておくから、すぐに出てくれ」


 そう告げると、メガミはパソコンのキーボードを素早く入力する。ズボンのポケットに入っている俺の携帯電話が振動したので、恐らく依頼の概要をメールで送ったのだろう。


 通常、口頭で依頼内容の説明を受けてから仕事へと出発する事が多い。だが、今回みたいに至急の案件の場合、現地に先んじて急行する事がある。事件の情報なんかが後からメールで送られて来て、移動中に確認するのだ。凶悪事件や人名救出など、迅速な対応が求められる際はこの場合が多い。

 今回はケンカのようだが……早期解決が望まれているようだ。

 そう判断し、俺はすぐに出発の準備に取り掛かる。

 サムヨット駅はヤワラートのすぐ近くだ。歩きながら駅に向かい、その道中、携帯電話で依頼内容を確認すれば良いだろう。


「ラッシュ」

「はい?」


 そんな折、事務所を出ようとした所でメガミに呼び止められる。振り返り、メガミを見た。


「私に何かあった時はリュークを頼れ」

「……えーと? はい、分かりました」


 そう告げるメガミの視線は、開かれたノートパソコンに残されたままだった。

 メガミもこの後、仕事だろうか。留守中はツンツンヘアーのリュークが対応する、という事だと俺は捉える。

 何時になく真剣な物言いに感じられたが、俺は現場へと臨場するのだった。

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