Report88: リベルタス

 俺とゾフィは仕事終わりに、一杯奢るという条件でタイの居酒屋に来ていた。バンコクのやや東より。サラデーン駅の近くだ。

 日本の料理を扱った居酒屋もあり、刺身が食える店だった。


「で、<リベルタス>っていうのは?」

「……俺が言っちまっていいのかわからねぇんだが」


 そう前置きして、ゾフィは俺の質問に答えてくれた。

 どうやら、<リベルタス>というのはメガミの仇名らしい。それも、随分昔のものなのだとか。

 リセッターズというPMCを開業する前、アメリカで軍隊に居た頃、仲間から名付けられたニックネームらしい。


「“自由”って意味か」

「ああ。強さと美しさ、両方を兼ね備えた女神。自由の女神に因んで、そう呼ばれていたな」


 成程、自由の女神か。そういや、ちゃんとした由来を聞くのは初めてだっけ。

 個人的には、武神とかヴァルキリーって感じがするけど……。


「一緒の部隊に居たけどよ、<リベルタス>って呼ぶのは当時の仲間だけだったぜ?」

「そうなんだ……」


 実はサムチャイが、<リベルタス>という名前を知っていたらしかった。

「らしい」というのは、当時俺は気を失っていて、メガミの背中で寝ていたからだ。だから、後から知った事だ。

 戦闘中、その名前を聞いた途端、メガミは激高したという。普段冷静な彼女からすれば、らしくない。


 それから、カメコウから聞いた事なのだが……数ヶ月前、俺とカメコウがメガミ・フィギュアを制作していた時、カメコウの自宅に謎の仮面の男が出没した。その男と鉢合わせたメガミは戦闘になった。……のだが、どうやらその時、仮面の男も<リベルタス>という言葉を発したらしい。


 当時の名を知る人間との遭遇。それが偶然重なる……この短期間で?

 これは、何かあると見て間違いないだろう。


「……サムチャイの件か。ラッシュ、あまり言いたくねぇけど……返り討ちに遭うだけかもしれねぇぞ」


 供された刺身を箸で掴みつつ、ゾフィはぼやいた。

 彼はそれを口の中に荒っぽく放り込むと、チャーンビールを一口飲む。

 どうやら俺の頭の中はお見通しのようだった。


「この世界には、自分の上位互換がウジャウジャ居るんだ。それを、いつか知ってしまう――」

「それは、確かにそうだけどさ」

「――サバイバルを生き抜くには、勝てない相手には挑まない。これがスマートなやり方さ」


 戦っても勝てないと分かっていて挑むのは、愚者のする事だ。正論すぎて、ぐうの音も出ない。

 だけど……このままで良いのか。

 放っておいたら後で、更なる災禍を招くのではないかと俺は思うのだ。


「飛んで火に入る夏の虫、ってか」

「あん? なんだ、そりゃ」

「日本のだよ。――すみません、お会計を!」


 夜も更けてきた頃、俺達は店をった。道端でゾフィに礼を述べて別れる。俺の住んでいるカオサン通りまでは距離が中々あるので、トゥクトゥクを止め、乗り込む。その帰宅までの一路、俺は考えていた。

 <リベルタス>、メガミの旧姓とでも言おうか。

 昔のメガミを知る人物。それも複数。これは偶然なのか。

 これは大いなる災いがメガミに、延いてはリセッターズに迫っているのではないか。そんな気がしてならなかった。

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