Report79: 虎の口

 ◇◇◇


『ラッシュ、どうした? おい、ラッシュ!!』

『こちらメガミ、何があった!』


 メガミの愛車、ラプターの中でロジーが狼狽していた。通信していたラッシュと、急に連絡が取れなくなったからだ。

 隣のカメコウも、不安そうな表情をしていた。

 指定された取引場所で、メガミは依然戦闘中だった。こちらに遮蔽物は一切なし。対する相手は建物の内部。しかも上階部分。

 メガミが圧倒的に不利であり、いつ死んでもおかしくなかった。肩や腕を穿たれて尚、絶命していないのは彼女の身体能力の高さと、実戦経験の豊富さによるものだろう。


『恐らく敵は複数居る。こちらは動けん! ロジー、頼めるか!?』

『ああ、行くしかないであろう……。任せてくれ』


 ロジーは車のアクセルを踏み込んだ。大学の裏門近くで静止していたのだが、大きな音を立ててラプターが発進する。午前三時。無骨な車体が、エンジン音を響かせて疾走した。

 メガミ達の所まで約三分、パトロールしていた守衛の制止を振り切り、強引に一般道を進んでいく。

 やがて、指定の場所に辿り着くと、ロジーの目はラッシュを捉えた。車のライトに照らされたそれは、ぐったりと地面に倒れている。


「ラッシュ!」


 ドアを開け放って、駆け寄った。頭からかなり出血していたが、息がある事にロジーは安堵した。しかしそこへ、銃弾が放たれた。自動小銃である。車のボディに命中し、弾丸が耳障りな音を立てる。何発かがロジーの体を掠め、シャツが血で滲んだ。


「ロジーさん、危ないよぉ! 早く~!」

「フン……ジジィにやらせる仕事量ではないな……!」


 ロジーは息を切らせて、愚痴を吐いた。ラッシュを抱えたまま、車へと戻る。

 カメコウがドアを開けておいた所に、ラッシュを投げ入れる。そして急いで、自分は運転席へと乗り込んだ。


「後ろから撃ってきてるよぉ!」

「それは俺も分かっている」


 ロジーはバックミラーを一瞥した。

 後方に一人、アサルトライフルを構えた人間が居るのを確認する。それが制服を着た守衛であると気付き、目を丸くした。


『こちらロジー、ラッシュを回収。どうやら……フン、学校側もグルではないか?』

『私だ。やはりそうか……何かおかしいとは思っていたのだが』


 両者、身を屈めながら無線での通話を行う。銃声と破砕音が鳴り響いていた。

 ロジーは波状攻撃を受けており、下手に動けなかった。しかし、ハンドルを握り直すと、ターンして守衛の方へとラプターを向ける。


『現在守衛と戦闘中だ。片付け次第、援護に向かう』

『いや、私はいい。急いでそのまま内部に侵入してくれ』


 ロジーは「了解」と言い残し、通話を終了した。そしてアクセルを目一杯踏み込んだ。みるみる内に加速していき、前方に守衛が迫る。

 そしてそのままボン、という鈍い音を立てて、守衛が空へと舞った。次に地面を転がり、やがて止まった。


「デュフ、これなんてゲーム? グランドセフトオート?」

「馬鹿を言っている場合ではない。このまま突っ込むぞ。ガードしておけ……」

「デュ……え?」


 ロジーは素早くシフトレバーを動かすと、車をバックさせた。

 正面に校舎を捉えたまま、アクセルを踏む。隣では、カメコウが悲鳴を上げ始めていた。


「すまぬ、メガミよ。確か、新車であったな……」


 ハンドルを握り、ロジーは姿勢を低くする。そして覚悟を決めると、車の速度を一気に上げた。

 三十、四十、五十……速度メーターが六十キロを超える。だが、アクセルは緩めない。

 カメコウが絶叫し、扉へと激突する。四方の壁が吹き飛び、意匠のガラスが飛び散った。

 途轍もない音が一体に響き渡り、校舎が揺れ、メガミと経戦していた者もビクリ、と手を止める。その隙を突いてメガミは逃走し、ロジー達へと合流を果たした。

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