Report71: 凶兆

 俺はこの日、バンコクのショッピングモールへと派遣された。以前から、何度も行っている場所だ。

 ちなみにモール内部は空調が効いていて、暖かかった。仕事終わりにメンズファッションでも漁ろうかと思う。

 俺は夕方まで、常駐の警備に当たる予定だ。


「いや~、助かるよ~。今後ともよろしくね!」

「いえいえ、そんな! こちらこそ助かってますよ。仕事も少ないですし」


 正規社員のタイ人警備員と合流し、そんな他愛のない会話をする。眉毛が太く、脂ぎっている中年男性だ。

 まくった袖からは太く、毛深い前腕が覗いており、いざという時は頼りになりそうである。

 ここ最近、警備会社で欠員が出ているらしく、非正規で雇われる事が多くなった。若い兄ちゃんがバックレたのだと言う。


「真面目な子だったんだけど、急に居なくなっちゃったんだよねぇ!」


 そう話す中年の社員は、心なしか残念そうだった。

 バイトのバックレ。ここ、タイでもあるんだな。

 まぁ、急に音信不通になる人は少なくないし。若いうちは殊更、責任感に疎かったりするもんだ。

 やりたい事があったのか。不満があったのか、それとも会社側に問題があったのか。それは分からないけど。

 行き交う人々を眺めながら、そんな事を思った。


 俺が派遣されたのは「目が利くから」らしい。メガミのお墨付きで試験的に派遣された所、偉く気に入られてしまった。

 目下、リセッターズの仕事内容はこうして警備、警邏けいらを担当する事もあれば、訓練指導という名目で教鞭を振るう事もある。まぁ、後者はメガミやゾフィに委任されるのだけど。カメコウなんかはオンラインで仕事をやっているようだ。


 最近知ったのだが、傭兵ってのは国際法で禁止されているらしい。

 なんとなく察してはいたのだが、その事をメガミに言及すると「ノーコメントだ」という答えが返ってきた。

 PMCは紛争地帯、戦地においても、通常は後方支援に徹する事が多い。つまり、直接的な戦闘は行わない。

 が、リセッターズは稀な存在だ。高い戦闘能力を持った人間が居る。それ故、需要は大きい。


 民間軍事会社の一覧には掲載されていない。大々的にその存在を認めるわけには行かないからだ。

 その割には街中で認知されているようだけど……。


 即ち、リセッターズに仕事を依頼する人達というのは裏社会の人間だったり、何かに反してでも解決したい、叶えたい何かがある人達なんだと思う。それはマクロ的に見れば悪い事なのだろうが、誰かを救う事は悪い事ではない筈だ。それに、メガミ達はちゃんと自らの善意に基づいて請け負う仕事を取捨選択している。だから当時、俺はそれ以上追及する事はしなかった。


 今日だって、こんなに平和だし。大きな事件だって、そうそう起こらないからね……。




 この日、大きなトラブルもなく仕事を終えた俺は、冬服を何着か買って、事務所へと戻った。

 そこで待っていたのは、凶状の影だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る