Report66: 鬼胎

 どれくらい時間が経っただろうか。

 起きると、二つの目玉が俺を覗いていた。照明が遮られて薄暗く、ただ静かに、そいつは俺の顔を覗き込んでいた。


「え……?」


 人の顔。男の顔である。ギョッとして起き上がると、それが先程の店主であると知れた。無機質的で、感情の一切を感じさせない。およそ人間らしさというものが全て抜け落ちたかのような顔だった。

 飛び起きて店主を凝視する。すると表情を一変させ、にこやかな笑顔に戻った。


「お風呂が沸きましたので。お知らせに、と」

「あ、はい……」


 そして「鍵、空いてましたよ」、と付け加えて去っていった。

 部屋の扉がゆっくりと閉まる。その折、ドアの隙間からこちらを窺い、闇に呑まれたかのような眸子ぼうしが舐るように俺を見ている。そうして最後、ドアが完全に閉じられた。


「何で……」


 一瞬、殺されるのではないかとさえ感じた。今でも、心臓は破裂するかのように鼓動し、胸の辺りに息苦しさを覚える。

 気味の悪い男だ。だが文化の違いかもしれない。

 それに外部の人間だから、警戒されているのかもしれない。

 異質、恐怖を感じながら、しかし風呂には入りたいと思った。汗まみれで、しかも川に落ちている。道中、何度か転んだ。そんな状態でベッドに寝転んでいたわけで。少し汚してしまったようだ。

 これは悪い事をしたな……。

 俺のマナーに問題があったし、もしかしたら怒っていたのかも。

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