Report65: ガイドにない村
あの後、必死に逃げた。はぐれた皆は大丈夫なのか……そう思った瞬間もあったが、自分の事で精一杯だった。
ワニ、それからトラ……タイには生息していると知っていたが、出くわすなんて想像していなかった。
多分インドシナトラってヤツだ。イメージしていたよりも大きかった……。
足が速くて良かったと思う。
尤も、トラよりは遅いだろうけど。だから、襲われなかったのは運が良かったと言っていい。
しかし、なんて事だ。災難ってこんなに連鎖する?
鬼教官にしばかれ、ワニに襲われ、橋が壊れ……。トラが現れて、逃げた。
そうしたら今度は現在地が分からなくなった。一難去って、また一難。不幸の無限ループだ。
今、自分が何処に居るのか。皆目分からない。川に落ちたせいか、携帯電話のGPSは役に立たない。
電源は付くんだけど……。それだけ森の深い所なのか?
暫く歩くと、灯りが見えた。街路灯かと思ったが、違った。家の灯り……村だ。
こんな所に集落が?
地図には載っていなかった気がする。
家屋が数軒あるだけの、小さな村だった。だが、これは好都合だ。暫く休ませてもらおう。
「こんにちは。すみません、この辺で一晩泊まれるような所ってありますか?」
村民を見かけたので、挨拶も兼ねて尋ねてみた。言葉は通じた。勿論、タイ語であった。
時間も経過している。日も暮れかけている。何より、体が冷えて仕方ない。今は冬季である上、山奥は気温が低い。
一面が緑に覆われた樹海をこれ以上歩くのは危険だと判断し、俺はこの村に一泊する事にしたのだ。
聞けば、どうやら宿泊できるような所が一つだけあるらしい。
話し相手は男性だ。小さな村だが、身なりはちゃんとしていた。
しかし目が虚ろで、喋っても表情筋がピクリとも動かない。不気味な男だと感じた。
だが、命の恩人と言っても過言ではない。俺は礼を述べ、そのまま立ち去った。
教えてくれた所へ向かうと、そこには高床式の住居があった。
他にも住居のようなものは見えるが、日除けを設置しただけの小屋みたいなものであり、民家なのかは不明だった。
煙突からは白煙が上がっている。人が居るのだろう。
周囲は……何やら酸っぱい匂いがした。食べ物だろうか。
中に入り事情を話すと、店主は快く承諾してくれた。気さくそうな男性だ。四、五十代くらいで、頭髪が禿げかかった痩身の男である。
「幾らですか?」
「いや、いいですよ」
お金を払おうと財布を取り出す。しかし、「大した歓迎も出来ないから、お金は要りませんよ」と断られてしまった。
何だか申し訳ないな。でも、それだけ久々の来客って事なんだろう。
ともあれ、宿は確保できた。気が緩んだからか、今となって疲労感が押し寄せてくる。
そういえば、皆はどうしているだろうか。
はぐれてしまったメンバーに電話を掛けようと試みる。
が、圏外で繋がらなかった。
案内された客室へと移動すると、部屋にはベッドと暖炉があった。他は何もない。
本来、宿泊施設ではないのだろう。来客用の簡易的な措置だと思われた。窓は小さく、格子状の柵が設けられている。
「何で柵なんか付いてるんだ? まぁ、でも換気は出来るか」
何だろう。何故か胸騒ぎのようなものを覚える。それから肌に纏わり付くピリピリとした……空気だろうか。
いや、もしかしたら風邪を引いたのかもしれない。
ずぶ濡れになったシャツを脱ぎ、暖を取った。エアコンは設置されていなかったが、暖炉があるので中々暖かい。
「食事は出ないみたいだし……寝ようかな」
夕食は取っていない。眠るにもまだ早い。が……横になると一日の疲れからか、すぐに意識が遠のいていった。
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