Report52: メガミ・フィギュア

 人生とは、予想外の事が起きるものだ。小学生の時、当時通っていた塾から帰ったら自宅に隕石が落下していて大炎上していたり。

 住む場所を失って祖母の家で暮らしていたら、婆ちゃんの天ぷら油の不始末で実家が全焼したり。……これらの大事件は、往々にして起きるものだ。

「夕飯はおいしいものを作ってあげるからねぇ。たぁんとお食べ?」と言い残してそのままお星様になった祖母……あなたの事は決して忘れないだろう。

 ともかく、だ。塾から帰ったら夕飯と祖母がダークマターになっていた。そんな事も、人生では起こり得る。

 誰もが「こんな筈じゃなかった」と思いながら、生きていく。

 だから今回も、人生のその一つに過ぎない。


 カメコウと俺はフィギュアを制作していた。同郷だと言う事もあり、会話は弾んだ。今まであまり話していなかったのが不思議なくらいだ。リセッターズの仕事が早く終わった時は、密かに彼の自宅に集まり、制作に勤しんだ。数少ない希少な休日もフィギュア制作に費やした。

 必要な機材は高額だし、ノウハウは難しい。一進一退を繰り返しながら、遂にそれは完成したのだ。リセッターズのメガミ・フィギュア。大きさにして六分の一スケール。高さは約二十八センチ。


 粉骨砕身とはまさにこの事ではなかろうか。モデルの身長やスリーサイズを計測する事が出来ないから、智慧と慧眼と、洞察力を駆使した。

 ここまで心血を注いだのは、小学四年生の自由研究以来だ。更衣室から全裸で飛び出すと人々はどういった反応を示すのか、という事をテーマに数百回奇行に及んだ。明くる日も明くる日も……俺は更衣室から全裸で飛び出した。

 晴れの日も雨の日も、雷が荒れ狂う日も……俺は飛び出し続けたのだ。

 誤算だったのは、当時は夏休み中で登校している児童が殆ど居なかった事。それから、夏休みも学校に来ている教師に捕まり、危うく事件と俺のアルトバイエルン(伊藤ハム)が白日の下に晒される危険性があった事だろうか。

 だが足の速かった俺は、難なくやり過ごしてみせた。全く、休日も来ているなんてお疲れ様である。

 尤もその後、着替えようとしたら暴風に衣服が攫われてしまい、滝のような雨に打たれながら通学路を全裸で歩くはめになる。結局、物語はお巡りさんに補導されて幕を閉じるのだが……。

 徒然草“高名の木登り”において「過ちは易き所になりて、必ず仕る事に候」という文言がある。当時小学生の俺には難しい話で、その意味を知るのは後の事であった。


 閑話休題だ。そうして出来上がった物を、俺達はネットショップを開設して売り出す事にした。

 最初からそのつもりだったのだ。小遣い稼ぎのつもりで(だがそれはカメコウには話さず)制作を開始した。

 しかし、ここで予想外の事が起きた。著名なフィギュアメーカーから連絡があったのだ。――素晴らしい商品なので、卸して欲しい、と。

 俺達は嬉々として申し出を受け入れた。が、後で思い返してみれば、浅薄な行為だったと言える。


 フィギュアが市場で大々的に流通し始めたのである。それに気付いたのは、リセッターズ全員でたまたまバンコクのショッピングモールを回っていた時の事だ。依頼で周辺の警備を行っていたのだが、オタク向けのショップでメガミ・フィギュアが陳列されているのを見つけてしまった。俺は視界に入った途端吹き出してしまい、「秋の花粉ですかね?」などと体を繕う。


「デュ……デュフ、デュフ」


 慌ててカメコウを振り返る。すると彼は青い顔をしていた。いつにも増して挙動不審である。

 その日、一人でロボットダンスでもしているのではと錯覚するようなぎこちない足取りでカメコウは事務所へと帰還する。およそダンサーとは似ても似つかない体型であるが、無事任務を遂行すると、皆に挨拶を告げて帰宅して行った。

 横で見ていた俺は心配ではあったのだが、単に体重が増えすぎて膝に来ていたのかもしれない。そう思い至り、経過を見る事に決めた。

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