Report27: 胸騒ぎ

 ◇◇◇


「ラッシュ、無事か」

「ん、ああ……。えっと、確か撃たれて……どうなった」

「応急処置はしたぞ。テロリスト共は……一応制圧はした」


 目を覚ました俺は、自分が気を失っていた事に気付いた。

 空港は静けさを取り戻している。だが、銃撃戦の爪痕が惨たらしく残っていた。硝煙の匂いが立ちこめ、なんだか焦げ臭い。

 見れば、ゾフィはあちこち怪我をしていた。


「奴等、一端の軍人だったぜ。最後まで、な……」


 俺の視線に気付いたのか、そう言った。その言葉には何と言うか、悔恨の他に賛嘆の念が感じ取れた。

 ゾフィ以外にメガミ、ロジーも近くに居た。支社長の婦人と息子が居ないが、メンバーの様子からして、護衛任務は成功したのだと悟った。


 聞いた所によると、テロリスト共に親玉が居るのかどうか、またその場合の居場所などは分からなかったらしい。しかし、やはり軍事会社、《ルンギンナーム》が関係していることは間違いないようだ。

 自決したという事から、最初から全員、捨て身の作戦だったのだと思われる。


「忸怩たる思いだが、仕方あるまい……」


 ロジーが言うと、ゾフィも力無げに頷いた。

 だが、どうしてそこまで……。テロリスト達は犬死にではないか。

 《リセッターズ》という強敵が居る事は知らなかったにせよ、自分たちが制圧される可能性を考えていなかったのだろうか。


 もしかすると、注意を引きつけたかったのでは……? だとすると、何か真の狙いが……?

 俺の頭には“囮”や、“カモフラージュ”といった単語が浮かんでいた。しかし、結論は出ない。解せなかった。


「お前ら~、ご苦労だったな!!」


 傷心の俺達の所へ、やたらと声のでかい男がやってきた。

 恰幅の良いチョビヒゲで、だらしない体型をしている。だが、目の奥には鋭さがある。そんな男だった。


「第二公安警察のタックラーだ! ここからは警察が引き継ぐ!」


 どうやらタイ警察の人間らしい。

 首都バンコクに拠を構えるタイ警察庁は、正式にはタイ王国国家警察庁と呼ばれる。そして、国際犯罪やテロ抑止に関しては公安警察本部が執り行う。

 日本では白黒のパトカーが印象的であるが、タイでは白と紫のツートンカラーで、パトカーもしくはトゥクトゥクを用いている……と、本で読んだ覚えがある。


「……行くぞ、あとは警察に任せるぞ」


 腑に落ちないのだろう。メガミは柳眉を逆立てて、そう口にした。


「オイ、ちょっと待てよ――」


 しかし、その様を見ていたゾフィがとうとう不満を爆発させる。


「――よォ、テメェら、今までどこに居やがった! 危ねぇ事は俺達に任せて、高みの見物って訳かよ!!」

「よせッ!! ……行くぞ」


 タックラーの胸ぐらを掴んだゾフィ。それを、メガミが大声で詰責した。大喝を喰らったゾフィは手を離し、後一歩の所で我慢したようだが、今にもブチッといきそうである。怒りが収まらないらしく、顔を歪めたままだ。

 俺がこの二人に出会ってから、一番怖いと思った瞬間だった。


 それにしても、今回、警察とは協力しているんじゃなかったのか……?

 支社長家族の護衛は俺達の仕事だったみたいだけど、協力なんてものはなかった。確かに、俺達が酷い目に遭っている間、警察は助けになんて来やしなかった。もしそれが故意によるものだとしたら、俺だって許せない。

 何せ一発喰らってるんだ。文句を言う権利はある。

 

「……ふん、傭兵風情が思い上がるなよ。貴様らなんぞ、いつでも逮捕できるんだからな……」


 タックラーは襟元を直すと、「死ね!」と毒を吐いていた。

 俺も皮肉の一言でも言ってやろうか、と考えていたら、メガミとゾフィがスタスタと去って行ってしまう。ロジーもだ。

 俺もお暇しようかと思った矢先、そんなタックラーと目が合ってしまう。


「……ん!? お前、その顔……何処かで見たような……?」


 俺をまじまじと見てくるタックラー。俺の顔を知っているのだろうか。


「そ、そうですか? まぁ、典型的な日本人顔ですからね……」

「うーむ。そうかもしれない! 名前は?」

「リセッターズの、ラッシュです」

「成程! 足が速いとか、早撃ちが得意とか、そういう事かね!」

「あー、ええ、まぁ……ハハハ。確かに足は速いですね……」


 言えるわけが無い。ラッシュアワーを狙った痴漢男が由来だ、なんて。

 だが、何とか誤魔化せたようだ。


「よし、行け! 行ってよし!」


 血圧の高そうな警官は手でシッ、シッ、と俺を追い払うと、部下達を叱責しながら何処かへ去っていった。正直、腹が立つ。


 それと……《リセッターズ》に加入するまで、俺はタイへの渡航歴は無かった訳だ。俺の顔を見た事がある? まさか指名手配されている、とかじゃないよな……?


 俺も若くはないけど、オッサンに凝視されるのは気分が悪いし、早く帰って寝たいものだ。直に日没でもある。

 タックラーに会釈し、俺も帰路に着こうと考える。そうして《リセッターズ》の全員が三々五々で帰ろうとした折、旅客の誰かが「おい、あれ!」と叫んだ。


 事態が急速に悪化していく予感がした。

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