Report28: 末路

 ◇◇◇


 タイからアメリカへの直行便は無い。以前はあったそうだが、運休になったと聞く。

 その為、ここタイからアメリカへ行く場合、何処かの空港を中継しなければならないのだ。今回だと、ここスワンナプーム空港を出発して、韓国の仁川(インチョン)国際空港に一度寄航する。そこからロサンゼルスへと移る予定だ。

 現在、支社長家族の乗った飛行機はバンコクを離陸し、もうすぐ快適なフライトとなる予定だった。しかし、そうならなかった。


 乗客の一人が立ち上がった。顔面蒼白のその男は虚空を仰ぎ、念仏を唱えるかのようにボソリボソリと言葉を紡ぎ出す。

 何やら様子がおかしい、と人々が訝しむ中であった。顔中から汗を滴らせ、意を決したような面持ちで口を開いた。


「……この国に……あ、明るい未来を……ッ!」


 そうして震えながら、手に持った小型爆弾のスイッチに手を掛けた。

 突如として巻き起こる爆炎。ズドン、という音。悲鳴が沸き起こり、機内が騒然となった。

 乗客の一人が自爆テロを行なったのだ。


「きゃあああああ!!」

「助けて! 嫌だ……死にたくない!!」


 火の手が上がり、煙も出ていた。が、真に恐ろしいのは爆発により機体に穴が空いた事だった。気圧が急激に変化し、瞬く間に何名かが外に吸い出される。機内はパニックになり、まさに地獄と化した。


「ママ、どうなるの……?」


 母親は真一文字に口を噛み締め、息子を抱き締める。

 降りてきた酸素マスクを装着してはいるが、恐らく助からないだろう。最悪のイメージを頭に浮かべては、考えないように頭の隅に追いやっているようだった。

 自分は何故、死なねばならないのだろうか。

 何故、こんな事になってしまったのか。

 無辜の人草が死に、凶悪犯罪者が生き永らえる。この世界は時として、残酷な結末を強いることがある。


(せめてこの子だけでも……)


 息子が最後に見たのは、祈り続ける母の姿だった。




「コントロール不能! コントロール不能! 管制塔、管制塔!」


 鳴り止まない警報に機長の声が重なっていた。機長はベテランであったが顔を強張らせ、体を震わせ、狂ったかのように叫ぶ。否、もう狂っているのだろう。

 叫んでも事態は解決しないが、死に直面した人間が正常な判断をできる筈もなく、逼迫した事態にひたすら慄いていた。

 対する副機長は冷静で、死を悟り、口をつぐんだまま……。

 時速数百キロで、航空機は海上へと墜落していった。


《リセッターズ》の面々は、スワンナプーム空港四階の窓ガラス越しに、その光景を見ていた。

悪夢を見ているのではないかと、全員が言葉を失った。

 タックラー達、タイ警察も空の異変に気付き、呆然と佇む。


「おい、婦人と息子が乗る飛行機は何時発のモンだ……?」

「…………」


 ゾフィの問い掛けに、メガミは沈黙でもって答えるしかなかった。

 慌てる者、携帯電話で動画を撮る者、反応には差異があったが、支社長の家族を護衛するよう任務を請けた彼らは、同様の反応を示していた。


「クソォッ!!」


 彼らの目には、遠くの空で飛行機が緩やかに落下していくのが見えていた。やがて、その小さな機体は水平線へと消えていった。

 銃痕で穴だらけになった椅子に座り込んで、メガミは頭を抱える。


「メガミィ! あれはどういう事だ!!」

「落ち着け……! ゾフィ!」

「落ち着けだと!? どうして落ち着いてられるッ!? 散々じゃあねーかよッ!!」


 ゾフィは反駁すると、足元の瓦礫を蹴り飛ばした。

 見かねたロジーがゾフィを制止しようとするのだが、彼は手を振り払ってどこかへ行ってしまう。

 最悪である。最悪の事態が起きた。恐らくあの婦人と息子、否、乗客全員……。

 どうする事も出来なかった、己の無力さに打ちひしがれているのだろうか。ラッシュは沈痛な面持ちで視線を床へと落とすのだった。

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