第二章 女神は暴力を振るう

前触れ

Report9: 便利屋

 今更ながら、タイ語を勉強して良かったと思っている。大体の事は話が通じるし、大抵の事には困らない。

 宿泊している場所も、充分な生活ができるものだ。《リセッターズ》の事務所も度々掃除して、居心地の良い環境になりつつある。

 コンビニエンスストアもあり、物価も安い。俺のセカンドライフは、傍から見れば順風満帆に見えるだろう。

 困っているのは仕事内容だろうか。スリの追跡、喧嘩の仲裁。落し物の捜索……エトセトラ。俺が聞いていたのは傭兵の仕事だったと思うのだが、既にバンコク市内で有名になりつつある。……あいつらは便利だ、と。


「便利屋稼業に鞍替えしたのか」


 タイに降り立ってから、数日が経過した。インテリメガネの黒人、ゾフィは物騒な武器を持ち出して仕事をしているようだが、対して俺はそんな仕事ばかりだった。

 だから思わず、そんな言葉が漏れた。


「フフ、つまらないか?」

「いや、ただ、もうちょっと、凄い仕事かと思ってたんです」


 メガミはくすりと笑いながら、足を組んでノートパソコンに目を通している。

 俺とメガミはヤワラートの事務所に居た。俺はというと、テレビを設置していた。安かったので買ったのだ。

 ……この人は仕事をしないのだろうか。はたと、そんな疑問を抱いた。事務所に居る姿をよく見かける気がしたからだ。


「だとしたら、今度のヤマはお前に打って付けかもしれんな」

「と、言いますと?」


 パソコンから視線を外して、メガミが立ち上がった。


「おう、メガミ。来たぜ!」

「よし……聞いてくれ。新しい依頼が来た」


 ゾフィが事務所に入ってきた。仕事を片付けたのだろう。

 それを見やると、俺とゾフィを交えて、メガミが仕事の説明を始める。


「失踪した子供の捜索だ。依頼人は母親で、スパホテルを経営している」

「おいおい、お守りは御免だぜ」


 ゾフィが肩をすくめてみせた。

 メガミは机に手を着いて、時々パソコンを見ながら続けた。


「安心しろ。実は、子供の身柄は既に確保している」

「え? となると、渡すだけって事ですか」

「まぁ、そうなんだが。実はな……」


 メガミ曰く、子供はただの家出だったらしい。ちなみに、カメコウが保護しているとの事。

 その為、渡すだけで報酬は受け取れるのだが、このホテルの社長には黒い噂があるようだ。

 表向きはタイのスパホテルを経営しているが、裏ではクスリの密売を行っていると思われる。インドネシアの麻薬密売組織に覚醒剤を流している容疑が掛かっているそうだ。


「これを機に、洗ってみようって事ですか……。ようやく本格的な仕事になってきましたね」

「そうだ、恐らくクスリが何処かに隠してある。自宅では発見されなかった事から、ホテルに隠匿している可能性が高い。それを探し出す」


 メガミはニヤリ、と悪人のように笑った。

 今度の仕事は、警察の捜査みたいな感じか。だが、面白そうだ。沸々とやる気が漲ってくるのを感じる。


「そいつぁ、確かな情報なのか?」


 ゾフィが眉を寄せた。情報の出所が気になるのかもしれない。


「分からん。徒労に終わる可能性はある。だが、考えてみろ。女社長は何故、警察ではなくウチに依頼してきたんだ?」

「成程な。何かあるかもしれねぇ、って訳か……」


 確かに、メガミの言うとおりだ。子供が行方不明になったのに、何故警察に捜索願を出さないのだろうか。警察に頼めない内情があるのかもしれない。

 メガミの推測に対し、ゾフィは思案を巡らしているようだった。

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