Report8: 新たな名前

 最後に、何か質問はあるか、とメガミが問うた。俺が遠慮がちに挙手すると、メガミが手で催促する。


「あのー、こんな事言うのも何ですが、自分だけ本名で気恥ずかしいというか、チームなんだし、俺にもコードネームみたいなのって、無いですかね?」

「……分かった。では、最後は大森の名前を決める。誰か、良案はあるか」


 率直な意見をぶつけてみた所、顔合わせの最後は名前を決める時間となった。メガミが皆に尋ねる。

 案外、こんな下らない要望が通る辺り、協調性のある奴等なのかもしれない。


「痴漢者トーマス」

「それはダメだ。


 カメコウの案をメガミが却下する。


「デュフ、じゃあ、ラッシュアワーを狙った電車男、否、痴漢男……『ラッシュ』なんてどうかな?」


 刹那、カメコウの言葉によって静寂が訪れた。一様に皆思案し、その是非を吟味しているようだ。


「へへ、『ラッシュ』か。いいんじゃねぇか?」

「……悪くないな」


 動揺する俺だけを除いて、インテリメガネの黒人ゾフィ、そして金髪美女のメガミが賛成、と続く。

 数秒、熟考していた俺だったが「よし、今日からお前はラッシュだ」とメガミに肩を叩かれて、諦観した。

 どうやら決まりらしかった。

 まぁ、確かに由来を除けば案外悪くない名前かもしれない。


「ここは人生をリセットされた人間が集まる、最後の墓場だ。

 ハハハ……! 《リセッターズ》へようこそ、ラッシュ!」

「今日は解散だ! 毎朝九時に集合する事! いいな!?」


 ゾフィは楽しそうに笑うと、俺を小突いて外に出て行ってしまった。メガミが手を鳴らすと、この日は終了となった。

 毎日、か……。果たして休みは貰えるのだろうか?




 解散後、俺は地図を確認しながら宿へと赴いた。

 場所はカオサン通りといって、事務所のあるヤワラートから徒歩でニ、三十分の所だ。バスに乗っても良いのだが、道中を楽しむのも悪くないと思って、歩いて向かった。

 日本の渋谷を彷彿とさせる。道路を挟んで店がズラリと並び、非常に活気付いている。


 俺は期待していなかった。どうせ安宿だろう、と。しかし、想像以上に酷かった。

 まず、エアコンが無い。扇風機だけだ。

 シャワーも共用のモノが一つしか在らず、見知らぬオッサン達が入り乱れて終始使っていた。こうなると、俺の番など来ないに等しい。

 諦めてベッドで横になるしかない。しかし、シーツから独特の酸っぱい匂いがして、夢の世界に入る事すら許されない。

 挙句、夜になれば穴の空いた網戸から羽虫が入ってくる。まさに地獄絵図である。外からも丸見えで、プライバシーという概念が音を立てて崩壊していた。

 その晩、俺は戦々恐々としながら眠りに就いた。


 翌朝、ぐったりとしながら《リセッターズ》の事務所に出勤。メガミにあれは一泊いくらなのか、と問うと「二百バーツだ」と言っていた。日本円にして、五百円程度である。

 結局、苦情を言って寝床を変えてもらった。同じくカオサン通りにあるのだが、別の安宿だ。冷蔵庫とエアコン付きで、設備が少しマシになったのだった。

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