Report5: 微笑みの国
それから一週間が経過し、偽造されたパスポートや運転免許証なんかを渡された。
ちなみに財布の中身はメガミに全部没収された。キャッシュカードや保険証、その他諸々全てだ。
携帯電話は? と俺が問うと、「捨てろ」と一言。
身分を特定出来るようなものは、バラバラにして捨てた。借りていたアパートや会社の給料が気になったが、考えない事にした。
俺は電車に轢かれて死亡した事になっている……。
衣食住は保障されるらしく、パスポートと共に新たな携帯電話や通帳、生活に必要なものは支給された。
服装も会社のスーツではなく、オフィスカジュアルへと変わった。
ちなみにこの一週間、自宅に戻れるのかと思いきや、そうではなかった。例の粗雑な事務所で缶詰になり、ひたすらタイ語の勉強と少年ジャンプの主人公も真っ青のフィジカルトレーニングをやらされた。
後者は主に、拳銃の扱いと格闘術であった。最終日に“グロック17”を支給された。ドラマや映画でよく見る、黒い拳銃の事だ。
渡すときに、「安心しろ、万が一の為だ」とメガミは言っていた。しかし、こんな物騒な物を渡されて、正直何一つ安心できやしなかった。
……そう考えると、お笑い芸人の安村は割りと安心できる部類だったのだと、密かに感心する。
日本のテレビ番組が恋しい。
金髪美女とのツーマンレッスンで、挙げ句「おめでとう、合格だ」とまで言われた。だのに、心身の双方がズタボロで、嬉しさは感じられなかったな……。
これからどうなるのか……。
そういえば、だ。俺の知らぬ間に、俺の下半身がとんでもない事になっていた。
ある日のレッスンの後、メガミはふと思い出したかのように口を開いた。
「それから……その、なんだ。睾丸は取っておいた」
「どういう事です?」
メガミは明朗快活な女性だと思うのだが、それに似合わず何やら言い淀んでいた。視線を俺から逸らすと、腕を組んだまま外の景色を眺めてそう言った。
だから、俺はいまいち分からず、聞き返した。
「……去勢した、という事だ」
顔を背けたまま「すまない」と呟くメガミ。何の事なのか。俺はこの時よく分かっていなかった。
凄い事を言われた気はした。だが、何が? 何の? それがよく分からなかった。
この晩、風呂に入るときにアレを確認してみると、確かに手術された痕があった。驚きのあまり変な声が出た。
嘘だろ、と思った。だが俺が二つ所持していた筈のゴールデンボールが何故か一個になっていた事と、昼間の謎の謝罪、あんな美人と居るのに不思議と何も(その、やる気元気的なものが)湧いてこない事。
……そう、状況証拠は充分だった。あずかり知らぬ所で、俺はカタタマの精児になっていたのだ。諸行無常……海賊王ゴールドロジャーの財宝よろしく、この世のありとあらゆる森羅万象全ては、変化していく。それは俺のタ〇キンとて例外ではないのだという事を、この日教えられた。
俺は暫くの間、筆舌に尽くしがたい絶望感と恐怖に苛まれた。
不安を抱いていたのだが、途中からは吹っ切れた。将来は彼女に預けよう、と。そう考える事で俺は精神の安寧を図っていた。
目下、俺とメガミはタイの首都バンコクに存在する、スワンナプーム空港に無事到着している。
非常に近代的で、食事処も充実した良い空港だ。正直、俺の中でのタイに対するイメージが変わった。
『お客さん、どちらまで?』
『ヤワラートまで頼む』
そうして空港を出ると、メガミは適当なタクシーを捕まえ、運転手に目的地を告げて走らせた。
「タイのタクシーはカラフルで可愛いだろ。だが、覚えておけ。日本人には吹っ掛けてくるぞ」
「そういう時はどうしたら?」
メガミの言うとおり黄色や緑、ピンクといったカラフルな車両が走っているのだが、これはタイのタクシーである。
吹っ掛けて来るって事は、つまり相場よりも高額の料金を要求してくるという事だ。場合によるが、メーターを倒さない運転手や十倍の値段を吹っ掛けてくる運転手も少なくない。チップをねだる事もある。メガミが日本語でこっそりと俺に教えてくれた。
「そういう時は暴れるんだ」
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