Report4: 女神

「あなたは一体」

「私は『メガミ』と呼ばれている。今からお前が入る傭兵チームのリーダーだ。よろしくな」


 メガミ……通り名って事か。

 事務所のベッドに座して、俺は金髪女の話を聞いていた。

 先ほどよりもずっと気分は良くなった。しかし自分の悪事が全て露呈していたというのだから、未だに絶望や不安といった感情に駆られている。

 犯罪者が何を、と思われるかもしれないが、所詮人間なんてものは感情を剥離させる事が出来ないのだ。

 小さな事で悩んだり、自分から背負った気苦労で精神を病んだりする。誰だってきっとそうだ。


 さておき、メガミというニックネームは、容姿端麗なその姿が、一見“女神”のように見えることから付いたあだ名らしい。

 黙っていればパーフェクトの金髪美女だ。デッドオ〇アライブかバイオハ〇ードに出てきそうな外見である。ここで敢えて往年の名作「ファイ〇ルファンタジー」の名を挙げなかったのは、前述の二つの方がより戦闘的、暴力的だからだ。

 後は俺の趣味でもある。

 うん……少し落ち着いてきたかな?


 ともかく、だ。ここがラノベの世界で「彼女は吸血鬼なんだ」と言われたら、軽く信じられる程の美人。そう思った。

 このメガミと名乗る金髪女によれば、人を集めている最中なのだという。


「これから行くのは《タイ》だ。タイ語は話せるか?」


 メガミが問う。どうやら新たな職場はタイにあるらしい。


「英語は話せますけど、タイ語は……」


 こいつで勉強しろ――、とメガミが教科書を渡してきた。現地に着くまでにマスターできると思っているのだろうか。

 以前、というか昨日まで勤めていた商社では、単身アメリカに渡って現地で取引を行っていた。だから英語であれば通訳要らずなのだが、タイ語はからっきしだ。

 メガミと何かを話すような雰囲気でも無いので、俺はひたすら本のページを捲った。


 だって、従うしかないじゃないか。既に俺の存在は社会的に抹消され、この人に命を握られているようなものなんだから。

 会社には戻れない。自宅にも恐らく戻れない。だとしたら前進あるのみ、だ。今まで犯した愚行のツケだと思えば、どうという事はない。


 それと、話していて幾つか分かった事がある。今から俺が入る部隊について、メガミに聞いた。

 肩書きは傭兵集団のようで、少数精鋭の部隊のようだ。チーム名は《リセッターズ》。事件解決の為、時には戦闘もこなさなくてはならないらしく、俺が何故引き抜かれたのか甚だ疑問ではあった。

 そのメンバーだが、犯罪者も居るけど、全員が俺のような前科者という訳ではないらしい。戦闘のエキスパートは既に居るのだが、今は有望な人材を片っ端から選別している段階なのだとか。


 日本は戦後、軍隊保有という選択肢を選ばなかった。そして現代、国は、警察や自衛隊の力だけで今後起こり得る未曾有のアクシデントに対応できるのか、一縷の不安を抱えていた。

 大震災、台風、それから流行病。それら以外の事件、事故……。怨敵は、なにも自然災害だけではない。人々の欲望、それに付随する犯罪、そういった思想が消えてなくなる事は決してなく、一旦鎮火したとしても別の所で燃え上がる。それらを全て解決しようとするのは、余程のバカか、理想論者のする事だ。


 また、解決する為には多くの力が必要となる。日本国外では、民間の軍事会社の活躍もよく耳にする。だが俺が入隊するそのチームは軍事会社ではなくフリーの雇われ集団であるらしく、俗に言う“何でも屋”っぽい側面を持っているが、根本的には荒事を請け負う事が多いそうだ。


 曰く――舞台であるタイは次のビジネスチャンスの場として、日本の国内外を問わず、色んな奴等が集まって来ているらしい。その結果、かつての発展途上国の面影は無く、驚嘆に値する隆盛ぶりを見せている。

 中でも首都バンコクは随一で、昼は活気に溢れ、夜は怪しげな店が光を放ち、四六時中、町が眠ることはない。一年中引っ切り無しに訪れる観光客の姿が、その盛り場を際立てている――との事だ。


「尤も、今のタイは英語でも殆ど通じるがな。一週間後には出発する。準備しておけ」


 彼女、“女神”はフフン、と鼻を鳴らして笑うのだった。

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