Report3: 真実
しかし、この女は何者だろうか。外国人だと思うが、何をしている人なのかという疑問が湧いてくる。
ここはどこなのか、と俺が問うと「事務所だな」という当たり前の答えが返ってきた。
俺が聞きたかったのは、そうではない。だが、何を話したら良いのか見当がつかない。
どうやら間一髪で救われたらしい。夢ではなく、やはり現実だったのだ。
……だがそうと分かれば、仕事だ。出勤する途中だった筈。今は何時なのか。そして何と言ってこの女と別れようか。そんな事をぼんやりと考えている所に、撃鉄は起こされた。
「また痴漢していたようだが……」
ゾクリとした。俺の思考がブレーキを踏む。
……今、この女は何と言ったのか? 予期せぬ言葉に、目を見開いたまま一瞬固まってしまった。
「……俺はやってない!!」
金髪女の問いに対し、俺は首を横に振って答える。動揺して少々大きな声が出てしまったが、痴漢冤罪を吹っ掛けられれば、そりゃあ驚くものだし、憤慨もするだろう。
大丈夫だと自分に言い聞かせつつ、俺は相手を見た。金髪女は相変わらず無表情であった。
「……本名
××年六月、埼京線電車内で痴漢の前科あり。翌年も同様の事件を起こしているな。他にも犯罪歴あり……まだ、説明が足りないか?」
俺は言葉を失った。淡々と述べ続ける金髪女に対し、恐怖すら感じていた。息が詰まり、金縛りにでもあったかのように、身動きが出来なくなる。
そう、俺はやった。やってしまった。白を切ったのだ。
「ああ、人生終わった」とか、「これからどうしよう」とか。自然とそんな事が脳を過ぎり始め、遂には「私が……やりました」という文言が口から零れた。
観念したのもあるが、弁明ではなく、まず罪を認めようと思った。それ故の台詞だった。
素直だとか誠実だとか、罪を犯した分際でそんな物は意味を成さないと、心のどこかで悟ったのだろうか。謝罪ではなく、そんな言葉が口を衝いて出た。
「大人しそうな子ばかりを狙って、捕まったら冤罪だと暴れる。付いたアダ名が……暴走痴漢者」
金髪女は躊躇なく続けた。何処となく愉快そうな表情をしている気がした。
どうやらタブレットを操作して、動画投稿サイトにアップロードされた映像を見ていたようだ。それをこちらに見えるよう、反転させて見せた。
俺が拘束された時の様子を一般人がケータイで撮影したものだろうか。複数の人間が一人の男を取り囲み、地面に押さえ付けている。
当人が「冤罪だ!」と叫ぶ様子が映し出されていた。
「見事な演技だな。逃げ足の早さも大したものだ」
「ハハハ……よして下さいよ。で、どうなるんです、俺?」
「私の部隊に来ないか?」
「……は? えっと、どういう――」
愕然としていた俺は呆気に取られた。警察に突き出されるとばかり考えていたので、意外な展開である。
「今、貴様は社会的に死んだことになっている。……お前のプロファイルは見たぞ。彼女も居なければ友達も居ない。
幸か不幸か、親からも勘当されて身を案じる者も居ない。お前の足の速さ、肝の太さ、それから……獲物となる女性を見分ける観察眼を、今度は社会の役に立てるんだ。私と共に来い!」
この女は何を言っているのか。本気なのかと問いたくなった。だが、目を見て冗談ではないのだと感じた。
悄悄とする気分、頭を支配する絶望感は消えないが、幾ばくか気が紛れて、思考する時間が得られた。そこで、改めて差し出された要求を吟味してみるのだが、全くと言って良い程ワケが分からなかった。
「さぁ、選べ。人生をリセットするのか、それともしないのか」
戸惑っていた俺に、金髪女が再び尋ねる。
ガーネットの瞳が俺を見据えている。女の言葉に呼応するかのように、俺を威圧する。
断ったらどうなるのかを軽く夢想した。
これは取引でもあり、脅迫でもあるのだろう。実質的な選択肢は……恐らく無い。会話を重ねて、そう思った。
どの道、もう終わった人生だ。
入隊を決意し、俺は金髪女と握手を交わすのだった。
痴漢常習犯だった男。突如表れた美女。これから始まるのは――数奇な運命。
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