お別れを言う為に
「アイビー……さん」
胸の前に手を置きながら、フレアさんが確認するようにおびえるように私の名前を呼びますが、それ以上は何を言おうか迷っているように目を右往左往しています。その様子はもじもじと何を言おうか悩んでいるように感じます。先日までの友人が今は敵として立っているのが予想外だったようで、どう声をかけていいのか分からないみたいです。私もどう声をかければいいのか分かりませんが、取り合えず挨拶はしましょう。
「はい…こんにちは、フレアさん。そしてイサナさんもまた会いましたね」
「ええ、このような再会は嫌だったんですけどね」
イサナさんは警戒するように私と隊長を交互に見ています。手はズボンのポッケに半分入れた状態のままでいつでも引き抜けられるようにしています。
「私もこうして再会するのは嫌でした。でもこれも仕事なので」
そう言って諦めたように笑って肩をすくめます。実際イサナさんを見逃すなんてことは出来ません。
「…と言うことはやはりあなた達も?」
確かめるように私達を見比べてイサナさんは問いかけます。
「ああ、私達はお前たちも先ほどの会ったであろう異世界転移・転生対策課だ」
隊長頷きながら肯定をしました。…そういえば隊長、いつもなら不意打ち目的で転移者が話している途中で切りかかったり銃を売ったりグレネードを投げ込んだりするのに今回は何もしませんね。少し私を気遣っているということでしょうか?どちらにしてもありがたいです。
「そうですか、では戦うしかないと言うことですかね?」
ポッケからなにかを取り出してフレアさんの前に立って構えます。一見すると取り出して手はただの握りこぶしですが、指の隙間からポロポロと何か細かい物が零れ落ちています。イサナさんの能力からして何かの植物の種なのでしょう。私はそこまで植物に詳しくないので何の植物かはちょっとわかりませんが、木とか大きなものが無い事を祈ります。
「…あの!」
突然今まで黙っていたフレアさんが意を決したように顔を上げて声を出しました。私達の目線は一斉にフレアさんの方を見ます。その視線に物おじせずに話始めました。
「やっぱりどうしても理解できません!アイビーさん、どうしてイサナさんを殺そうとするのですか?イサナさんはこの世界に悪いことはしていません!むしろ良い事をしています!それをどうして!」
フレアさんの目には涙が溜まっています。
「ああ、確かに彼のしていることは君たちにとってはいい事だ。彼が死ぬのは君たちにとってむしろ損だろう、むしろ簡単に転移者や転生者をホイホイ差し出す世界の方が珍しい方だ」
隊長曰く転移した人達の内交渉に応じる人は1割弱だそうで中々に厳しい話です。交渉課に行った人たちは大変そうです。同情します。
「だが世界にとっては悪だ。世界にとって神の加護は過剰すぎる力だ。そのままにしておくと世界が滅ぶ。君の世界にも心当たりはあるのだろう?そうでなければ商会との関係を今になって強化しようとは思わないだろう?それも転移者のいる新参者の商会と手を結ぼうなんて考えない。君たちの家系はそれなりに歴史がある名家といっても過言ではない、やるとしても昔からあり、お互いにつながりがあるであろう商会の方を優先すると私は考えるのだが?」
そう隊長が確かめるようにフレアさんに聞き返すと何か思い当たることがあるのか、肩をびくりと震わせました。それを見た隊長はさらに追撃するように言葉を紡ぎます。
「たしか…この辺りで砂漠化が進んでいるのではないか?ここもあの町がすぐに見える程度には荒野だし」
そう言えばそうです。この川を挟んで反対側には森が生い茂っているのに対して私達の立っている側には草が一切生えていません。
「私達はここを攻めるのに際して多少調べ物をしてみたのだが、ここも数年前は緑が生い茂り美しい自然が我々を歓迎していたのかもしれないな。だが、それも今ではこの通り草木一本生えない荒野になってしまっている。そう、丁度その転移者が現れたあたりからだ」
隊長は真っ直ぐにイサナさんを指差して決めました。
「ぼ、僕が現れた時から…?」
多分…と言うかイサナさんはそんなことになっているなんて露にも思っていないでしょう。少なくともそう言う被害が出ているのは知ってはいましたが、その原因が自分にあるなんて思ってもみなかったことなのでしょう。
「そしてその被害は農作物を育てる畑を直撃し、農家はそれなりの被害を一斉に受けた。君の家でなじみの商会で仕入れようにも対応が出来なくなり、君の家は他の取引先を探した。そして一つ見つけた異常な生産性と規模を持ち、この状況の中むしろ出荷量を増やしている新参者の商会、転移者の商会に目を付けた。仕入れをして質を確認し他の場所が食いつく前に関係を強化する為にアイビーの友人と政略結婚といった所か」
隊長の言っていることは多分本当なのではないでしょうか?記録課の情報は正確です。探すのと一つの事柄に関する情報量がトンデモナイことを除けばとても便利な場所です。多分隊長は作戦立案をするのをナギさんに任せて手持無沙汰になった時に調べたのでしょう。私も机で何かを読んでいる隊長を見かけたことがあります。
「…でも、それとイサナ様が関係あるとは言えないはずです!」
フレアさんの言う通りこの二つが関係しているとは言い切れそうにありません。
「ああ、その通りだ。彼がこの以上に関係ある人物であるかの確証は取れていない。記録には事象については書かれているが、それが何が原因で起きているのかは書かれていない。あなたの言う通り無関係かもしれない」
「でしたら」
「だが、転移者であるのは事実だ。記録にもあったし彼も言っていただろう?『僕は神様から力を貰った』…と、裏付けも取れた、確信も持てた、なら殺すだけだ」
刀を転移者の方に向け隊長は再び問いかけます。
「転移者、貴様はどうする?このまま首を差し出すか?それとも…」
そこまで言って隊長は話すのを止めて黙ります。転移者の答えを待っているようです。
「決まってるよ。抵抗して俺はフレアと結婚する」
イサナさんは原因が自分にある可能性を指摘されて動揺はしていましたが、それでも隊長への問いは目を見て返しています。既に答えは決めたまま変える気はないようです。
「だから邪魔者は誰であれ排除する。それが俺が心に決めたことだ!」
「そうかなら死ね」
地面を蹴りイサナさんに接近して隊長が刀を振り下ろします。戦いが始まってしまいました。
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