笑顔でお別れを

 隊長の一刀が振り下ろされる前にイサナさんが横に飛んで拳を開きます。その手からこぼれている種から無数のツタが生えて隊長に襲い掛かろうとツタを伸ばします。


 無数にあるツタの内の一本が隊長の足を絡まると隊長がすぐに切り払い後ろに下がりながら背負っているXM29を構えて回り込もうと走っていますが、イサナさんもそれに対応しようとポッケから種を取り出して回り込まれないように隊長と同じ方向に駆け出して方向に種を撒いてそこから芽が出た植物が隊長の行く手を妨害しています。


 種類もツタ系から種を飛ばしてくるタイプ等種類が豊富すぎます。でもあの種の速度絶対普通の種を飛ばす速度じゃありません。ピッチングマシーンもビックリの速度です。そしてそれを難なく切り伏せる隊長の度量もすごいです。一回余裕があるのか種を撃ち返そうと刀を片手に持ったままフルスイングで刀を種に当てていました。刀に当たった瞬間に種は木っ端みじんに爆散していましたが…


 というか私も仕事をしないといけないのですよね。私が手に持っているのはス ナイパーライフルですし、今ならイサナさんの背中を狙うことが出来ます。私は少し迷った後うつ伏せになり一呼吸おいてスコープ越しにイサナさんの後ろ姿を見ます。最初の時に少しブレてしまい時間がかかりましたが、がら空きの背中が十字の中心に入ります。後は引き金を引くだけで、そう思った時にスコープ越しの視界が真っ暗になり何も見えなくなります。


 スコープから目を離して顔を上にあげてみればフレアさんが立って銃口とスコープを塞いでいます。


「フレアさん」


「アイビーさん私にはアイビーさんが何をしようとしているのかは、よく分かりませんが様子を見れば何となく分かります」


 フレアさんの話を聞きながら立ち上がりズボンをパンパンとはたいた後にフレアさんの顔を見ます。


「でしたら、そこをどいてくださいませんか?私もイサナさんを撃つのは大変心苦しいのですが、それでも私が撃たなくちゃいけないんです」


 これから仕事をこなすために、そして私がこの仕事をやるために必要な事なんです。


「いえ、いえ!私はどきません!私の好きな人を貴方に殺させません!」


 頑として動かない意思を見せます。私とフレアさんの距離はライフル一個分大体一メートルですね腕を伸ばせば届く距離ではありますがどちらかが一歩踏み出せば届く距離ではあります。そして私の持っている装備の中にはスタンガンがあります。素早くスタンガンを取り出しフレアさんに当てて無力化、それだけで済むだけですが私はそれをまだやりたくありません。出来るならまたあの日みたいに友達として会って話をしてあんな別れ方じゃなくてまた今度と次に会う約束を取り付けてお別れをしたかったです。


 でもそれはもう叶わないのも私は知っています。知ってしまいました、お互いに知らなければ良かったことを。そうだからフレアさんは、私の、だから私はフレアさんを無力化しなければなりません。


「そう…ですか」


 大丈夫フレアさんを殺すのではないのです。ただ無力化するだけ、スタンガンを取り出してスイッチを押しながら押し当てればそれで終わり、後は転移者に向かって再び撃って殺せば仕事は終わりです。


「でも、私も引けません。先ほど隊長も言っていたようにイサナさんはこの世界を害する可能性があります。ですのでここは」


「嫌です!それにアイビーさんも嫌そうな顔をしています。何で嫌な事を率先してやろうとしているんですか?」


 それは、私がケジメのためにケリをつける為であって


「嫌なら嫌だとハッキリ言えばいいのです!嫌なら逃げてもいいんです!」


 逃げてもいい?私が?


 逃げるなんて考えたことはありません。隊長達はみんな良い人達ですし部屋に不満はありません。訓練は厳しいですが生き残るためだと考えれば納得できますし、無理な訓練はせずに適度に休憩を入れてくれます。休暇もそれなりに、お金も十分に支給されます。


 …でも、他の世界で暮らしている人たちを見ていると羨ましく感じます。冒険者のようにワイワイしながら仕事に行ったり、食堂のおばちゃんのように食事を作ってそれを生計をたてて過ごしてみたいです。


「アイビーさん今からでも遅くはありません、またあの時みたいに一緒に食事をしましょう。今度はイサナさんも一緒にみんなで仲良く、です」


 フレアさんは近づいて私の手を取ります。


 ああ、それは素晴らしい事だと思います。でもそれをするには私はイサナさんの味方をしないといけません。


「でも、アイビーさんは殺したくないんですよね?でしたら殺さなくてもいいのではないでしょうか?」


 そう…ですか?確かに逃げても何もないかもしれません。


「そうでしょう?逃げていいんです楽になってもいいんです」


 逃げてもいいのでしょか?楽になってもいいのでしょうか?私はフレアさんを悲しませなくて済むのでしょうか。…そうです。私は友達を悲しませたくない。それが私がスコープを覗くのをためらった理由、照準がすぐに合わなかった理由。もう切り替えていたつもりでいましたが、まだ心の奥底でくすぶっていました。ああ、今すぐにでもフレアさんの提案に頷いてあげたい。でも…


『秋斗を返しなさい!!』


 そう叫ぶ声が聞こえる。あの日フレアさんからイサナさんの事を聞いた日から夢に出てくる声だ。涙声になりかけながらそれでも強い意志を感じる声です。それは私が無視した声です。今になってハッキリ聞こえます。気が付きます私がそちらへ行けないことを。


「でも、私は楽な方には行けません」


 そう言って諦めるように笑いながらフレアさんの手から離れる。フレアさんは驚いたように私の目を見て話します。


「どうしてですか、アイビーさん」


「私はもう戻れません。私だけ幸せになることなんてできません。私の手は既に汚れています。沢山の人を不幸にしました。泣かせてしまいました。私が逃げて幸せを手にしたら今まで不幸にした人たちと殺した人たちに顔向けできません」


 私は今まで殺していないつもりでした。でも、私も関係しているんです。助けようと転移者や転生者に近づく人たちを妨害した。彼女たちの懇願を無視した。共犯です、つまりも彼らを隊長と一緒に殺しています。私は殺人者です。それを一時でも駄目なのに未来永劫忘れて幸せに生きるなんて虫が良すぎます。私は忘れちゃダメなんです。殺したことを他人云々ではなく私自身が絶対に忘れちゃダメなんです。他人の幸せを理不尽に奪い去って過ごしていることを、例え他に原因があったとしても私が最終的に殺したんです。


 やっとスッキリしました。私は逃げない理由が欲しかったんです。逃げる理由、逃避して楽になっていい理由ではなく、この仕事を逃げてはいけない理由カルセさんに言われていましたが今しがた理解しました。私は踏みにじった幸せの分だけ幸せになるのではなく、その分幸せをさらに奪わなくてはいけないと言うことを!


「私は逃げてはいけない。私は殺した人たちの分を使って新しい人を殺さないといけない。それが私の贖罪であり、罪です」


「でも、それじゃいつまでたってもアイビーさんは許されません」


 罪を償う為に罪を犯す。でも、仕事で殺したのに私情で見逃すなんて今まで殺した人たちに大変失礼だと思います。


「ですので、私は死ぬまで人を、いえ間違えました。私は転移者と転生者を殺し続けます」


「そんな…」


 フレアさんはかける言葉が思いつかないのか目線を揺らしながら、目じりに涙を浮かばせながらゆっくりと首を振っています。


「…でも、ありがとうございました。言い方は違いますが、私の身まで案じてくださって嬉しかったです」


 私の欲していた答えではありませんが私を心配してくれました。それが私には嬉しかったのも事実です。フレアさんは何も言わずに顔を伏せています。


「ですが、これでお別れです。お元気で、恨むなら私を恨んでください。恨まれるだけの事をこれから私はするので」


私がそういうとフレアさんが顔を上げて何か言おうとしますが、その声が出る前に首にスタンガンを当てて電流を流します。一瞬大きく目が見開かれ、その目から一筋の涙が零れた後に意識を失い体のバランスが崩れて膝から崩れ落ちます。そのフレアさんの体が倒れ切る前に抱きかかえて、少し離れた河川敷に少し生えている草むらにそっと寝かせます。


「……」


 もう言うことはありません。感謝は伝えましたし、お別れもしました。私は振り返り隊長達を追いかける為に走り出します。

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