現実

 ナギさんは私達が戻って来てすぐに隊長に報告しました。隊長はナギさんからの報告を聞いてから少し後に調査部に出向いて同じ話をして転移者の調査をお願いしました。


 そして数日後に仕事が始まる日となりました。ゆっくりと目を開けて頭に響く頭痛に呻きながら体を起こします。あの日からあまり満足に寝れていません。目を閉じても怖くてすぐに目が覚めてしまいます。かといって隊長達に相談することも、彼がどうなるのかも聞くことが出来ずにズルズルと部屋に閉じこもって過ごしていました。その間セラさんやバロックさんが心配して部屋を訪れてくれましたが、今の状態で離すとなおさら心配しそうだったので応対せずに引きこもっていました。一度だけナギさんが部屋に入って安眠剤を置いて行きました。


 頭を抑えながらドアを開けてフラフラと廊下を進み、階段の手すりに縋りつくようもたれて階段を降りると椅子に座っている皆さんとホワイトボードの前に立っている隊長がいました。


「おはよう、アイビー大丈夫か?」


 隊長が不安そうな顔をしながら私を見ます。そして、隊長の声で気が付いた他の皆さんが振り返って私を見ます。その顔は暗く何が起きるのか分かりませんが、何となく察しがついてしまいます。想像通りにならないで欲しいと思いながら階段を降りて行きます。


「おはようございます隊長、すみません最近、眠れてなくて」


 力なく笑いながらそう言って空いている椅子に座り、隊長の方を向きます。


「…そうか」


 そう短く言って隊長は一度私を見た後に資料に目線を落とします。そして一度何かを言おうとして躊躇ったように見えた後に口を結んで、その後改めて口を開きました。


「それではブリーフィングを始める。今回の仕事の対象は天野 勇魚。先日新たに判明した転移者だ」


 そう言って隊長は一枚の写真をホワイトボードに貼りつけます。その顔は間違いなく、先日会ったフレアさんの婚約者のであるイサナさんです。当たってしまった…。私は俯いてスカートの裾を強く握りしめます。夢であって欲しい、彼が転移者だったなんて目を覚ましてフレアさんにお祝いのプレゼントを渡してあげたい。その思いとは裏腹にブリーフィングは無情にも進んでいきます。


「神から貰った能力は『植物操作』植物を栄養を必要とせずに成長させる。他にも植物の操作、受粉、品種改良も意のままに進めることが出来る能力だ」


 隊長は私の方を見ずに話を進めています。このままだと、ブリーフィングが進んでしまうので、今言わないといけない思い、私は席を立って俯いたまま言葉を発します。


「あの、隊長にお願いがあるんですけど!」


「何だ?」


 急に立ち上がったので立ち眩みが起きて、今にも倒れそうですが顔を上げて隊長の目を見ながら考えを口にします。


「イサナさんを助けることは出来ませんか?」


 何となく予想していたのでしょう、隊長は動揺することも驚くこともなく私の目を真っ直ぐ見ます。まるで答えは決まっているかのように。


「助けたいとはどういうことだ?」


「か、彼は私の友達の婚約者です!それもつい先日プロポーズをして、これからあの人たちの幸せが始まったばかりなんです。そんな彼を殺したくはありません。何か方法が」


「ないっスね」


 話している途中にユッカさんが割り込んで言い切りました。その顔は先ほどとは打って変わってつまらなそうな顔をしています。まるでこの話し合いは無駄と言いたげです。


「どうしてそう言い切れるんですか!」


 その顔にイラつきを覚えながら、ユッカさんに聞き返します。


「それは私達が既に試しているからだ」


 ユッカさんに変わって隊長はため息をついて話始めます。その目には先ほどとは違い哀れみや同情と言った感情が見えます。


「私達だって本当に悪いのは神だと知っている。彼らはむしろ被害者であり殺してはいけないと、だから私達の最初の人、製造番号1『アイン』は殺す前に神の力と彼らを分離できないか研究をした。結果は今を見れば分かるようにできなかったんだ」


「そんな…」


「彼ら転移者や転生者の状態は、いわばミックスジュース、異なる果物を掛け合わせた物だ。誰もがミックスジュースを作れても作る前の状態に戻せないのと同じように転移者や転移者に混ざっている神の力のみを分離することは出来ないと結論が出た」


「でも…でも…」


 首を振りながら何かに縋りつくように呟いて必死に何かないか考えます。


何か、何かイサナさんを助けることは、彼らを悲しませずに済ませる方法はないのでしょうか…


「アイビー、無いんだ。殺すしか手はない。それが彼らのひいては世界のためなんだ」


 隊長が近づいて肩に手を置いて優しく語りかけます。


「嫌です!」


 しかし私は隊長の手を振り払って後ろに下がります。


「私は彼を殺すことは出来ません!フレアさんは私の友達です!友達の幸せを踏みにじるなんてことは」


「現実を見るっスよ」


 ユッカさんが口をはさんで話始めます。


「アイビーちゃんは一人の友人である前に、この部隊の隊員っス。それを忘れないで欲しいっス。それともたった数人の幸せの為に世界を滅ぶのをただ見てろって事っスか?」


「いえ…そういうことでは…」


「違うなら何すか?今アイビーちゃんが言っているのはそう言うことっス。対象を殺す、それ以外の解決策はないってことはハッキリしているっス。なのに、たった数人のために世界なんて滅んでしまえと言っているっス。例えアイビーちゃんが意図していなくてもそう言うことを言ってるっスよ。で、世界が滅んでほしいっスか?たった二人の幸せのために世界中の人達に死んでくれって説得出来るっスか?」


「いえ…それは…」


 そんな事言えるわけありません。そんな無責任な事私は言えません。


「ユッカ言い過ぎだ」


 隊長が諫めますが、ユッカさんは無視して話を続けます。


「できないなら、諦めるっス。もとより諦めるしかないっスけどね」


「…ッ!」


 挑発するように、脅すようにしゃべるユッカさんに黒い感情がお腹の底にたまるのを感じて、それでも何も言い返せずにいる私自身に苛立ちを憶えて、たまらず席を立ち部屋から出てきます。そして長い廊下を涙を流しながら走って行きます。


 嫌だ、私は殺したくありません。何か方法は!

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