今更すぎる後悔と苦悩
息を切らせて廊下を走って行く。私はどうすればいいのでしょうか、あんなに親しげに接してくれているフレアさんを悲しませたくありません。でも殺さないといけない。隊長達は言っていてそれがどうしようもなく正しい事であると知っています。でも、でも、でも!
頬を伝う何かを拭うと視界が歪むので目を拭っていると何かとぶつかってしまいます。
「痛ったぁ…前をよく見なさいよ!…ってアイビーさんじゃないですか」
「カルセさん…」
私がぶつかった相手はカルセさんでした。
「大丈夫でしたか?…な、何で泣いているんですか?どこか変な所をぶつけましたか?」
私に近づいて心配そうに私の頭に触ってくるカルセさんを見て、私は今まで抑えていた感情があふれてきて見た目に似合わない位に泣き出してしまいました。
「え、え、何で泣くんですか、そんなに痛かったですか?何かごめんなさい」
前でアワアワしているカルセさんに、私は答えることが出来ずに泣いていました。
「落ち着きましたか?」
私の目の前に持ってきたお茶を置いてカルセさんが向かい側に座ります。突然泣き出した私をカルセさんが心配して今は創造課88182室の休憩室に連れられて、椅子に座らしてもらっています。
「…はい、先ほどは、お見苦しいところを見せてしまいました」
そう言って頭を下げて謝罪します。
「いえ、気にしてませんから。それよりも、一体何があったんですか?」
「それは…」
一瞬話そうとして思いとどまります。
「話してください。私が気になるんで」
そう言われて、私は今までの事を説明します。私の友人の婚約者が転移者であること、その仕事が私達の部隊に回ってきたこと、そして私がその転移者を殺したくないこと
「…なるほど、今度のお仕事の相手がアイビーさんのお知り合いの方と言うことですか」
私の話を一通り聞いてカルセさんが納得した表情をしました。
「はい…自分でも駄目な事なのはわかっているんです。でも、それでも私はイサナさんを殺したくないんです。そうするとフレアさんが不幸になるので、それを見たくないんです。嫌なんです」
「そうですか…」
カルセさんは持っている湯飲みを一口飲んで一息ついた後に口を開きます。
「アイビーさんは失いたくないんですね。その人との友人関係を」
「そうなんでしょうか…」
「そうですね」
「友達は大切な存在です。そして、その人が悲しむなら助けてあげたいと考えるのは自然な事です。そのことに関してはアイビーさんは間違っていません」
「でも、駄目でした。私の考えはとっくの昔に否定されていました。そして仕事が私達の部隊に来たということは私がフレアさんと会ってしまう可能性が高いということです」
考えてみればわかった事です。相手を殺すよりも神様の力を分離すれば無害な人に戻るなんて事は誰でも考えつくことです。しかもよく考えてみれば転移者や転生者が殺される原因になっているのは神様が別の世界に送り出す行為そのものも含まれています。神様の力を分離したとしても結局殺すことになるので意味がありませんでした
「ええ、既に神と人の分離の研究は終了しています。そして手段がない以上取れる手は一つ」
言わずとも分かります。生きる選択肢がないなら殺すしかないと!もともとそれが私達の仕事だと、でも!
「それは出来ません!だってそんなことをしたらフレアさんは…。嫌なんです!私の友達が悲しんで涙を流すのを見たくないんです。そんなことをしてしまえば私はフレアさんの友達でいられなくなります」
先ほどカルセさんが言っていたように私があの世界にイサナさんを殺しに行けばフレアさんに会ってしまう可能性が高いです。そんなことになってしまえば、私は…
「一つ勘違いをしていますね」
「何も相手を喜ばせるだけが友情では無いのです。無論悲しませないに越したことがありませんが、友達のためにあえて汚名を被ることも、友達が間違っていることをしたのなら、例え上司であってもぶん殴って止める。恨まれようと憎まれようと嫌われようと友達を正しい道に進ませるのが本当の友達と言う物です。例え偽善と言われても、例え最低とののしられても、その人にとって正しい事をするのが友情です。それが例え相手を殺すことになってでも…」
「フレアさんの選択は間違っていると?」
「ええ、彼女のしている行為はとある世界で例えるのなら、違法行為をしている男を彼氏に持った女性です。彼女は彼がしている行為は犯罪とは分かっていない。しかしこのままではいずれ共倒れになってしまいます。気づいているのはあなただけ。別れるように言っても彼女はとっくに知っていてそのことも承知の上だった。その時アイビーさんあなたならどうしますか?」
「私は…」
そんなただ一人の中で私は…
「無論相手が幸せなら十分だと言う人もいます。しかし、違法行為で作られた幸せなどいずれ崩れ去る物です。それなら、崩れ去って不幸になる前に男を警察に突き出せば彼女は哀れな被害者として処理されます。何も知らない人として世間から忘れて行きます。世間は被害者よりも加害者を叩くことに集中しますからね」
「でも、そんなことをすれば」
「彼女は悲しみますし、あなたは恨まれるでしょうね。あんたなんか友達じゃないと言われるかもしれません。二度と口を利かなくなるかもしれません。でもたとえ恨まれてもこの仕事は行わなければならないんです。」
少なくともあなたと一緒にいたナギさんが仕事に参加する以上、向こうの人達にナギさんの姿を見れば彼女は自然とあなたとの関係を疑うことになるでしょう。そうなれば、もう二度と話す機会が無くなります。
「何もせずここでウジウジしているよりは、仕事に参加して自分の口から話をした方が良いと思いますよ」
カルセさんは立ち上がりお茶を汲みなおしています。
「でも、」
「でもじゃないですよ」
カルセさんが近づいて胸倉を掴んで持ち上げました。その目には苛立ちと憎悪が見えます。
「ここで逃げたら卑怯者、逃げるくらいなら立ち向かってぶつかってみなさいよ。ぶつかって良い結果じゃなかったとしてもぶつからないよりは何万倍もマシです。それとも、めそめそ泣いて全部が終わるまで泣いていますか?
最初の仕事で人を撃ってその婚約者9人を悲しませ、三度目の仕事で国の未来を背負っていた人を殺して国を滅ぼしておいて、今更自分の親しい人が転移者だったと言って躊躇うんですか?なんておこがましい、そんな言い訳が言える時なんてとっくに過ぎてるんですよ。あなたの手は既に汚れているんです。もし、それでもやりたくないのなら、今まで戦ってきた転移者・転生者の遺族、関係者全員に土下座でもしてきなさい『私は大した覚悟もなく、貴方達の好きな人を殺しましたが、私の友達の婚約者が転移者だと分かると殺せませんでした』とか言ってきなさい」
静かな口調でそれでいて脅迫するようにカルセさんは言葉を発します。その言葉にはまぎれもない事実とどうしようもない現実しかありません。
「アイビーさん、貴方は既に数人の命を持っています。あなたが直接殺したとか関係なしに、この仕事で今まで処理した転移者や転生者の命を持っているんです。今更逃げることは出来ません。もう終わった事なので、やり直すことは出来ません。立ち上がりなさい。あなた達が今まで殺した命に恥じないように戦い抜きなさい。あなた達が殺した命を無駄にしないでください」
カルセさんはそれだけ言うと手を放して席に座ってお茶を一口飲みました。そして私の方をじっと見て私の答えを待っています。
「私は…」
そうです。私が今まで撃って戦った人達も同じように愛していた人がいました。最初の仕事の時に死体だけでも返してくれと訴える女性を見ました。私はそれに返事をせずに転移をして逃げました。転生者も婚約者がいて、国を引っ張る発明をしていることは記録課にあった資料で見ています。
でも、私は当事者であったのに気が付かないふりをしていました。でも、私が悲しませたのは事実です。私が殺して、幸せな未来を奪っているのに、それに気が付かずに過ごしていました。それなのに私は私の友達が不幸になると知った時にだけ、何とか助けてもらえないかお願いして苦悩して泣いて…なんて自己中で酷い女なんでしょうか。本来ならもっと前に気づくべきことなのに、自分に関係ないからと自分でも気が付かない内に目を逸らしていました。
「私は殺さないといけないんですね。今まで殺した人たちと同じように」
「その通りです」
「…わかりました」
「でも、その前に私はもう一度フレアさんと話がしたいです。フレアさんに会ってお別れと謝罪の気持ち、そして感謝を伝えたいです。フレアさんの信頼を裏切ってしまったことに対する謝罪と、もう会えなくなることへのお別れを面と向かって言いたいです」
例え自己中でも、これが私なりのケジメです。もう迷わないために、もう立ち止まらないためにしなくてはいけない気がするんです。だから、イサナさんを殺す前に一度フレアさんに伝えます。
「…そうですか」
カルセさんは何処が満足気にお茶を飲みました。
「仕事をするのなら何も言いません。好きなようにしてください」
「はい、そうさせてもらいます」
そう言って歩いていきドアノブに手をかけた所で一つ思い出して振り返ります。
「カルセさん、相談に持ってくださりありがとうございました」
扉の前でぺこりとお辞儀をした後に扉を開けて外に出て行きます。
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