彼は

 楽しい食事はあっという間に過ぎていき、料理が乗っていたお皿もほとんどが空になってします。ここの料理は美味しいのですが、一品一品の量が多いのが玉に瑕ですね。私としては一品の量よりも沢山の料理を食べたいのですが、美味しいのでつい食べちゃうのですぐにお腹いっぱいになっちゃうんですよね。


 それとフレアさん達と話している時間が長かったので、料理が冷めてしまったのも残念です。ここの料理は作りたて熱々な時が一番おいしいので、冷めてしまうと美味しさも半減してしまいます。その分フレアさん達と沢山喋れたのでむしろプラスです。


 そして最期の一口を口に運んで咀嚼して飲み込みます。…やっぱり美味しい、本当に美味しい。そのうち隊長達も誘って食べに行きたいですね。


「ふう、ごちそうさまでした」


 空になったお皿を前にしてから手を合わせて感謝します。


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」


 ナギさんも食事を終えて口をナプキンで拭っています。


「大変美味しかったです。また来たいですね」


 ナギさんの言葉に頷きながらフレアさんが口にお弁当を付けて話しています。


「来れるよ。これから何度でも、時間はこれからたくさんあるんだから」


 フレアさんの顔を自分の方に向けて、フレアさんの口についているお弁当を取りながらイサナさんが答えました。


「そう言えばもう一つ気になったのですが、イサナさんの名前って結構珍しいですよね。どこのご出身なんですか?」


 食べなている最中の会話で何度か故郷の話をしていたんですが、私の事は言えないとしてもイサナさんも笑って誤魔化したり、フレアさんが間に入って話題を変えたりしていたので何か事情でもあるのかと思いましたが、顔を見たり表情を見ると言えないと言うよりも言っていいのか迷っている感じがしました。なので改めて堂々と聞こうと思ったのですが、私の問いかけにイサナさんが気まずい顔をして頬を掻いています。その顔を見てフレアさんも苦笑いをしました。やっぱり言えない話なんですかね?


「え、な、何か悪い事でも聞きましたか?」


 もしかしてデリケートな部分なのでしょうか?

孤児とかそう言う話なのでしょうか?


「…いえ…そうではなくて…これ言っていいのかな?」


「どうでしょう?フレアさんなら話してもいいと思いますが…」


 フレアさんが顔を伺うようにフレアさんのお父さんの方を見ます。フレアさんのお父さんは食後のお茶を飲みながら静かに答えました。


「お前の好きにしなさい。これからはお前が決めることも増える、これから伴侶として夫を支えるのもお前の仕事になる。お前がいいと決めて動いて見るといい」


「はい、ではアイビーさん話しますね」


 そう言ってフレアさんがこちらを向いて真面目な顔をして一言


「イサナさんは別の世界から来たのです!」


「え…」


 一瞬余りに予想外だった言葉に私は言葉が詰まり全身の血の気が引いていっています。別の世界、つまり、それは…


「す、すみません。もう一度行言っていただけますか?」


もしかしたら聞き間違えたのかもしれない。そう思ってもう一度フレアさんに言ってもらうようにお願いします。


「?はい、わかりました。イサナさんは別の世界からこの世界に来た人なんです」


 聞き間違えじゃなかった。フレアさんが彼が転移者であると言っています。とりあえず、何か言った方がいいかと口を動かそうとしますが、言葉が出てきません。何も思いつかない。フレアさんの言った言葉があまりにも衝撃的過ぎて思考がまともに動かなくて、何も考えられない状態です。


「アイビーさんがそんな顔もするのも分かります。いきなり何を言っているんだと、私もそう思いました。でも本当なんです。イサナさんは別の世界から来そうなんですよ!」


 フレアさんはそう言って拳を握って言い切ります。その目は嘘を言っているようには見えません。


 違う!違うんですフレアさん…私はそんなことを思っているわけでは無いんです。ただフレアさんが言っていることが真実でないと思いたいだけです。むしろ嘘で合って欲しいです。


 フレアさんが言っていることが本当なら、つまり、それはイサナさんが転移者だということ、私達が殺さなくてはならない対象と言うことです。イサナさんを殺さなくてはいけない。幸せを壊さなくてはいけないということです。


そう思いながら信じられないような目でイサナさんを見ると、私は私の中の違和感の正体に今、気が付きました。転移者です。見た目、雰囲気、名前、全部私が仕事で戦った転移者によく似ています。つまり彼は…


 いえ、まだ早計です。仮に転移者だったとしても、転移者の全てが殺されるわけではありません、転移者が私達の対象になるのは神様から力を貰っている場合のみ、あの時の三人の勇者もその内の一人でした。きっとイサナさんもその一人だと!


「いやはや、三人には申し訳ありませんが、簡単には信じられないですね。新手の詐欺か何かだと勘ぐってしまいますな」


 ナギさんが笑いながら首を振ります。一見冷静に見えますが、いつものナギさんと違って口調が乱れているのでかなり動揺していると思います。


 そうです。確かにナギさんの言う通り今の状態では信憑性に欠けます。そして、彼が本当に転移者だったとしても神様から力を貰っていなければただの一般人のはずで、特別な力を持っていないはずです。しかし、私は気が付いてしまいます。フレアさんとお父さんが信じているということは、少なからずそう言った力を持っていることになるのでは?と。


「まぁ、そうだよね。簡単に信じられないよね。だから証拠に僕の力を見せるよ」


 イサナさんは胸ポケットから一粒の種を取り出して意味ありげにテーブルの上に置きました。そして種の上に手を翳して集中するように目を閉じます。すると、種から芽が出てあっという間に成長して花が咲いて、実がなり、枯れてしまいます。


「…とこれが私の力です。植物を成長させて、実がなった状態にすることも、先ほど行ったように駆らせることも可能です」


 イサナさんはやり切ったと自慢げな顔をしながら自分の能力を教えてくれる中で、私だけが暗い顔をしています。多分顔も真っ青になってしまっているかもしれません。


「このような力、魔法では実現不可能だ。出来るとしたら神の領域の技だ。もし、この力が一般的に普及していれば、この世界から争いが大きく減ることになっていただろう」


「イサナさんはこの力を使って枯れた土地を植物を枯らして肥料にしてから土地に撒いて再生を行ったりしているんですよ。あとはこの力を使って美味しい植物を量産して卸しているんですよ。この力があれば災害や蝗害、季節を気にせず植物の栽培と収穫を行えます!」


 熱を込めて説明してくれているフレアさんの表情と目には感謝と愛を感じます。多分イサナさんの力で助かったことが合ったりしたんでしょう。それに対して私の表情は暗くなる一方です。気分も悪くなっていきました。フレアさんのお父さんとフレアさんの説明でイサナさんが神様から力を貰った転移者である可能性が高くなってしまいました。全身が震えて意識がもうろうとします。違って欲しかった。


「アイビーさん、大丈夫ですか?顔色が悪いようですが」


フレアさんが私の顔を覗き込みました。多分私は酷い顔をしているようでしょう。もう首を振るのも億劫ですが、何とか笑って誤魔化します。


「だい…じょうぶ…です。少し、外にいますね」


 そう断ってよろよろと立ち上がってフラフラと歩き出します。


「え、ええ分かりました。…あの」


「大丈夫ですか?アイビーさん」


何か言おうとしたフレアさんを遮ってナギさんが話しかけました。


「ナギさん…」


ナギさんは黙ってうなづいた後に熱を測るふりをした後に私を抱えて振り返りました。


「すみません皆さん、少しアイビーさんの具合が悪いようなのでお先に失礼します。私達の分のお代はここに置いておきますね」


 そう言って机の上から適当にお金を置いて、私に肩を貸しながらナギさんが歩き出します。


「あの、大丈夫ですか?お辛いのでしたら私達の馬車で送ることが出来ますが…」


「いえ、大丈夫です。宿はここから近いので」


 そう言ってフレアさん達を置いてナギさんと私は店の外に歩いていきます。


「ナギさん…ごめんなさい」


 店を出て路地を歩きながら私はナギさんに謝ります。本当はフレアさんにも謝りたかった。せっかく一緒に食事が出来て、楽しい雰囲気だったのを思いっきりぶち壊してしまったことを申し訳なく思います。


「いえ、私も聞かなければ良かったです。私はあの人たちとは今日あったばかりなのですが、アイビーさんの気持ちは分かります。」


「‥‥」


「しかし、どちらにしても、これは一度報告しなければなりません」


「そう…ですよね」


 そして、調査が終わったら次は説得、駄目だったら次は…。嫌だと思ってもその考えにたどり着いてしまいます。そんな私の考えを否定するかのようにナギさんが明るい声で話してくれます。


「とは言っても、もしかしたら彼は転移者でもなんでもなくて、ただの一般人であれは手品の類の可能性があるかもしれません。そうだったら私達の出番はなくなりますよ」


「そう…だといいですね」


 ええ、そうです、もしかしたら彼は転移者ではないのかもしれません。そうであって欲しいです。


私とナギさんはそれがほとんど有り得ないと知りながらもそう考えながら、ナギさんが帰る為に詠唱を唱え始めました。


そうであってください。


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