忘れていた事

 転移二日前、いつものように隊長達と模擬戦をして片づけをしていると隊長が近づいてきました。


「アイビー、この後何か予定があったりするか?」


「いえ、何もありません」


 休みでなければ神様が管理している世界に仕事以外で転移することは駄目ですし、ここに娯楽施設なんてものはほとんど存在していません。私も部屋に戻ったら休暇の時に買ってきたお菓子とジュースで一人お疲れ様会をするだけだったので、特に予定らしいものはありません。


「そうか、実は一つ案内し忘れていた場所があってな、この後案内したいのだが大丈夫か?」


「大丈夫ですけど…こんな時間にですか?」


 いつも通りなら部屋に戻ってなんか食べて寝るぐらいの時間なので、少し憂鬱です。


「ああ、そんなに時間もかからないし、仕事中に案内するような場所でもない。かといって案内しなくてもいい場所という訳でもない」


「わかりました。それで、その場所は?」


「それは行ってからのお楽しみということにしよう。とりあえず、部屋に戻って準備を終えたら私の部屋に来てくれ。そうだな…休日に着ている服を着てから来てくれ」


 仕事用の服装じゃなくて私服でいいなんて、どういうことでしょうか?


「仕事着ではなくていいのでしょうか?」


「ああ、大丈夫だ。今回行く場所は仕事関係ではなくて…そうだな、どちらかというと娯楽施設と言った方が合っている気がする」


「ここに娯楽施設があるんですか?」


 ここには娯楽関係の施設はない。そう教えられています。理由は仕事に必要ない物だからです。部屋に備え付けられているお風呂や、冷蔵庫など個人で楽しむ物はありますが、銭湯やプールなどの大勢が楽しむ施設などは存在していません。作ろうとしても資材は『ソ』からいくらでも作り出すことができますが、プールや銭湯には管理人が必須でそれを管理する為の人を『ソ』は作らないそうです。

もしプールに行きたい場合は時期を見てプールに入れる世界に転移する必要があります。


「ああ、詳しい話は後で、まずはお互い部屋に戻って風呂で汗を流してからにしよう」


「わかりました」


 私の返事を聞いて隊長は頷いた後にナギさん達の方に歩いて行きました。




 コンコン


「隊長、アイビーです」


 部屋に戻ってすぐにシャワーを浴びて汗を流しドライヤーで髪を乾かして、服を着て再び部屋を出て隊長の部屋をノックしました。


「ああ、少し待ってくれ」


 少しくぐもった声で返事が来た後に何かゴソゴソと取り出すような音がした後に扉が開きました。


「早いな、もう少しゆっくりしても良かったのだぞ」


 部屋から蒼い浴衣を着て長い髪をお団子状にまとめた隊長が出てきました。


「すみません隊長を待たすのもいけないと思って急いできてしまいました」


「いや、何も責めているわけではないから気にしないでくれ、さて行こうか付いて来てくれ」


 手に持っている袋を腕に通して隊長は歩き出しました。浴衣なので下駄を履いているのかと思ったらまさかのブーツです。でも似合っています。


「それで隊長どこまで行くんですか」


「すぐにつく」


 隊長は下に降りていつものドアではなく朝の準備の時に入っている奥のドアの方に向かいました。


「こっちだ」


 隊長は奥のドアを開けて入って行ったので、そのままついていくと奥にはキッチンでした。

ただし、私達の部屋にあるキッチンは魔法を組み込まれたハイテク機材が使用されているのに対して、ここは薪や釜が置かれていています


「ここは共同のキッチンだ。私が朝の紅茶を作る以外だと少し凝ったものを作るときとかに使われているな。最近だとセラがお菓子を作ったり、バロックがナンを作っていたな」


「そうなんですね。ここが隊長の言っていたまだ案内していない場所ってことですか?」


「いや、違うぞ。こっちだ」


 そう言って隊長はさらに奥にある扉を開けて進んでいきました。


「え?そうなんですか?他に何があるんですか?」


 隊長の後を追ってさらに扉をくぐると、そこは一面の雑木林でした。そして私はこの景色を知っています。私の部屋のベランダから見える森だからです。そう言えばあの部屋のベランダから見えている森に行ったことがありませんでした。


「ここに繋がっていたんですね」


「ああ、ここは私が完全に趣味で作ったんだ。生物を持ち込むことは出来ないから土から少しずつ作ってもらって長い間時間をかけて少しずつ作った物だ」


 そう言って隊長は森の中へ歩き始める。


「ここは大量伐採などをしなければ隙に使ってもらって構わない、ナギ達も使っているからな」


 隊長は木と木の間を指差す。暗くて見えにくいがよく見るとハンモックが掛けられている。


「あれはユッカが使用しているハンモックだ。あと今は見えないが、その木の上にバロックが作ったツリーハウスもある」


 森の中を進んでいきながら隊長が教えてくれている。しかし、随分奥まで行ったような気がする後ろを見ればもうドアが見えない。一体何処まで行くんでしょうか?


「さて、ここからがメインだ」


 隊長がそう言うと奥が明るくなってきて、何かが焼ける音がするのと同時に美味しそうな匂いがしてきた。明りに近づくと段々ハッキリとしてきて少し進むと開けた場所に出ました。


「やっと来ましたね、待っていました」


 薪を持ったナギさんがそう言って歩いてきました。奥にはユッカさんとバロックさんが何かを切って串に刺しています。少し手前にはセラさんがいて一生懸命火を焚いています。


「あの…これは?」


「歓迎会です」


「ああ、アイビーの歓迎会をまだしていなかったからな、お店で食べるのは別として、いつまでもやらないのはグダグダしてしまうから仮歓迎会としてバーベキューをすることにしたんだ」


 確かに私の歓迎会は少し前にやる予定でしたが色々あって延期になりました。隊長曰く、これはその代わりだそうです。後日ちゃんとお店で予約して食べに行こうと言ってくれました。あと近いうちに全員で食卓を囲んでみたいという隊長の我が儘も入っているそうです。


「室内で食べるのもいいが、こうして外で食べる食事も結構おいしいからな。せっかくの機会だからバーベキューにしてみたんだ」


「最高です。ありがとうございます」


 隊長はその言葉に満足げにうなずいた。


「二人ともそろそろ焼き始めるから、こっちに来るッスよ~」


 向こうでバーベキューの串を振りながらユッカさんが呼んでいます。


「む、そうかではアイビー行くとしよう」


 隊長は手提げの袋から瓶を取り出して歩いて行きました。


「はい、隊長」


 私も皆さんの中に加わってお手伝いをしながら、バーベキューを楽しみました。

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