向こうの話 知る

 俺はノズルさんから何日後集まれるのかを聞いた後に一旦分かれて家に戻ることにした。俺が行くことはセッカさんとケンナさんには言わずに行くことにした。ここで俺の正体を話すのは嫌だし、誤魔化すとしてもいい嘘が浮かばない。それに今はノアの事で一杯一杯だろうから、これ以上俺が余計な事を教えたり言ったりしたら倒れてしまうかもしれない。だから何も言わずに行くことにする。


「やっと、ついたか」


 ノズルさんと別れて真っ先に行くのはノア達の家だ。ここから町までそこそこ距離があるが。本気を出せばそんなにかからない。ここに戻った目的は勇者時代の装備を取りに来たからだ。

ノズルさんは装備も整えてくれると言っていたがそれよりも使いなれている装備の方がいい。

誰もいない家に入って自分の部屋に入ってクローゼットの奥、戸棚の底板の下、ベットのシーツの中とか部屋中に隠した装備を取り出していく。

取り出すたびに一つ一つ錆びたりしていないかチェックしたが、あまり目立っていないから大丈夫だろう。最後に枕元に置いてある剣を持ち上げる。この剣に関しては旅の護身用に使っていたと説明しているから堂々と枕元に置いていて、偶に研ぐために持ち出したりしているからチェックの必要はない


「よし、戻ろう」


 勇者を辞めてノア達の所に戻った時に使った袋に全部入れて、それを背負って立ち上がる


「待ってください」


 その声と共に後ろに何かが着陸した音がした。


「…誰だ!」


 俺は振り返るのと同時に剣を抜いて構える。

…?


 正体は女性だった。元の世界のスーツのような服を着て片膝を立てて頭を下げている


「警戒する気持ちは、とても良くわかります。ですが私の話を聞いてからにしてください」


 そう言って女性は頭を上げる。長い前髪が片目を隠していて、首にはチョーカーのような物があって時折緑色に光っている。俺は剣を降ろさずにいると女性は話をつづけた。


「私は異世界転移・転生対策課 交渉部のカズラと言います。今回はあなたの転移についての説明と処遇についてと、お願いを伝えにきました」


 そう言って女性は話すのを辞めて俺の方を見た。多分返答を待っていると思うがそれどころではない。

どうしてこの人は転移の事を知っているんだ?この世界に来てから一度も転移の事は話していない。

とりあえず、話を続けることにしよう


「続けて」


「はい、では、今回の三日月 井塚様の転移についてですが‥‥」




「つまり、俺の転移は神様の違法行為で俺は共犯みたいなものってことか?」


 この人…カズラの言うことは俺以外の人が聞けば妄想よりも酷い話に聞こえるだろう、しかし俺はこの話が嘘でないことが分かる、分かってしまう。明らかに俺の事情を知っているような口調元の世界についても知っているようだ。こんな事あの神様の関係者じゃないと知らないような話ばかりだ。適当に言っていると疑う方が難しい


「その解釈で合っています。そして井塚様は元の世界では高所からの落下で死んでいるのでこの後に亡くなっていただくことになりますが、ご理解をお願いします」


 何となく言いたいことは分かった。つまり俺達は違法入国者ということだ。本来の入国方法とは違う違法な方法で入ったから駄目ということだ。それは分かった。しかし…


「…それは、少し待ってもらうことは出来ないのか?俺はまだやらないといけないことがあるんだ」


 ノアの治す可能性がある所まで往復で約一か月急げばギリギリノアが助かる。それを取りに行ってくるまで待ってくれれば、喜んで差し出そう。そのまま戦ってノア達に被害が出るよりはマシだ。


「申し訳ありませんが、ここでハッキリとした返事を貰えなかった場合は拒否とみなされてしまします」


 時間はくれないのか…だったら


「…でもそれはお前が生きていたら、だろう?ここで死ねば多少連絡は遅れる」


「すみませんが、このチョーカーで会話内容と私の身体情報が向こうに送られ続けています。もし、殺せばその情報はすぐに向こうに行くことになります」


「なら人質にすれば多少は」


「残念ながら、私達はある事情で仲間から虐げられています。例え私を人質にしても重くて使いまわしの悪い盾にしかなりません」


 本当は彼女を人質にしても危険な荷物が増えるだけでメリットはあまりないが、可能性としてとりあえず言ってみたが無理なようだ。


「なぁ!本当に駄目なのか?!頼むよ!助けたい人がいるんだ!」


 女性の前で土下座して懇願するが彼女は変わらずに話す。


「私の要求は変わりません。今すぐ私と一緒に行くか、無残にも殺されて死ぬか、です」


「…本当に駄目なのか?」


「ええ」


「…そうか、なら答えはノーだ。俺は命よりも助けることを優先する」


 俺は立ち上がって部屋を出ようとドアノブに手をかける。


「どこに行かれるので?」


 後ろから聞こえた震えるような声で言った問いに俺は振り返らずに答える。


「教えるか」


 わざわざ目的地を敵に教えるほど俺は馬鹿じゃない。ドアを開けて階段を降りて家を出て、町に向かって走り出す。途中で振り返るが彼女は追ってこなかった。


「俺にも時間制限が出来たか…」


 だが俺のやることは変わらないノアを助ける。


 俺が届けることが出来れば最善、出来なくてもブツを入手することさえできればいい。どちらにせよ目的の物を手に入れられたらこれ以上迷惑をかけないように命を差し出すことにしよう。俺はさらに力を込めて走り闇夜を駆けていく。





 カズラはしばらく座り込んだ状態から動かなかったが、やがて力なく立ち上がって顔を上にあげる。


「交渉終了しました。説得は失敗、実行部隊に任せます」


『了解、転移を開始する。その場で待機されたし』


 向こうからの返答を受け取って女性は通信を終了し身を乗り出し窓の外を見る。先ほどまでここにいたのにもう土煙がはるか彼方に見える。流石神様から分けてもらった力、私達とは比べ物にならない程に強大なのに、その心は子供のように純粋だが、その純粋さも神の力の副作用で酷く歪んでしまっている。そんなものに私は必死に説得しなければならない。


「ああ、もう」


 転移が開始して体が透けていく中その煙を見ながら女性は涙を流しながら言う


「こんな仕事、嫌だ」


 そう言った直後に女性の姿は完全に消えて無くなった。後に残されたのは女性の頬を伝って落ちた涙の後だけだ。

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