向こうの話 分かれて…

勇者の乗っている神輿は市場のエリアの中心に向かってゆっくりと動いている。現在狙われている真っ最中である勇者が近づくのは非常に不味い状況だ。俺は急いで離れようとした。


「勇者様よ!!」「勇者様だぁ!!」


 しかし、勇者を一目見ようと集まってくる人、勇者を見続ける為に追いかけている人が合わさって市場は身動きが出来ない程に混雑していた。


 嘘だろ!?俺が活動している間はこんなに人が集まってくることなんてなかったぞ!あれか?勇者のマジなファンが勇者の周りを取り囲んで、特に知りもしない有名人だけど会えたり握手したら自慢になるからって思ってとりあえず会いに行ってみようみたいな軽いノリで来ているファンが、さらに周りから取り囲んで蓋をしている感じか。


 勇者と話せなくても手を振られたり微笑まれたりするだけでも自慢できるから勇者が見える距離まで近づこうとしているのだろう。だからこの密集具合になっているのだろう。おかげで俺は全く動くことは出来ないしノア達とはぐれてしまった。この状況で俺だけが出ることが出来たとしてもノアの弟達を連れた状態でこの人の密度から出ることは難しい。


 神様から貰った力を使えば俺が動けるスペースを作ることが出来るが、今ノア達が何処にいるか分からないから巻き込まれてしまうかもしれない。もしノア達を俺が吹き飛ばしてしまったら後悔しても後悔しきれない。それに吹き飛ばしてしまっては周りの人たちに被害が出て元凶が俺だということになり、ノア達が白い目で見られるかもしれない。それだけは駄目だ。


 なら今できるのはなるべく人の波にのまれないように逆らいながら少しづつ進んでノア達と合流一緒に人ごみから出るのがいいだろう。俺は波をかき分けてノア達のいた場所目掛けて進む。まだ人が集まっているようで少しづつ進むペースが落ちている。なるほど、これが原因で広場のエリアや通りに人がいなかったのか、町の入口に出来ていた行列の割に広場とかに人がいないなと思っていたが、勇者を追いかけて移動している人達が多かったから広場にいる人が少なかったのか。


 納得できたが動きにくいのには変わりない。面倒くさくなって辺りをぶっ飛ばしたくなる衝動を必死に抑えながら進んでいると奥にセッカさんの姿が見えた。見失うわけにはいかないと思い少し力を入れて、人ごみをかき分けながら進んでいく。俺が神様から貰った力は文字通り『怪力』だ。ただし普段から片手で首を簡単に握りつぶせるほどの馬鹿力を持っていたら日常生活にも支障が出てしまうから、力を意識することによって切り替えが出来るようにしてもらった。この機能が無かったら俺は何もできなかっただろう。切り替え機能を入れてくれた神様に感謝しながら進んでいく。しばらくしてセッカさんに合流することが出来た。


「セッカさん!」


 人に流されて、また離れ離れにならないように人ごみが来ている方向に立って壁になる。


「イツカ!良かった無事だったか」


 そう言ってセッカさんは振り返って安堵した顔をした。


「はい…あの、ノアとライは?」


 今この場にいるのはセッカさんとセッカさんが人に流れて行かないように守っていたケンナさんとノアの弟の片方しかいない。


「それが、お前が離れたすぐ後に、大勢の人が来たから離れないように俺が壁になりながら広場から離れようとしていたのだが、ライが少し離れた時に人の波に攫われてしまって、ノアがライを連れてくるって言って、追いかけるように離れて行ったんだ」


 その後ケンナさんも追いかけようとしたが、これ以上バラバラになるのは危険だから止めてくれたそうだ。


「そうですか…」


「済まねえな。お前が危険だと言って離れようとしたのにな…」


「いえ、セッカさんは悪くないです」


「とりあえず、俺はノアとライを探して連れてきます。セッカさんはこのまま二人を連れて市場から離れてください」


「いや、連れてくるなら俺が行くぞ」


 そう言うセッカさんを止めて説得する。


「二人を助けに行きたい気持ちは分かります。だけど、セッカさんは二人をお願いします」


「しかし…」


「もし助けたいのならお二人を安全な場所に連れて行ってからにしてください」


 セッカさんは少し目を瞑って思いつめたように唸った後に目を開いて俺の目を見ました。


「わかった…ノアとライをよろしく頼む」


「はい、無事に二人を見つけて連れて行きます」


 そう言って胸を叩いた後に移動を開始する。一度後ろを見てセッカさんが付いて来てないか心配になったが、セッカさんは二人を連れて外に向かい始めた。


良かった。


 そう思った後に前を向いて進んでいく。ライはまだ小さいから人の流れに逆らえるような力も体力もないから多分勇者の神輿付近にいる可能性が高くノアもそれを追っている可能性があるから、今回は流れに逆らわずに勇者の方に進んでいく。正直俺を知っている関係者がいる恐れもあるが背に腹は代えられない。しかし、勇者の所に行ってもライは小さいから見つけることが難しい。ノアと合流していたらいいが、合流できなかったら不味い。俺は勇者の方に向かいながらノアとライの名前を大声で呼ぶ。しかし、俺の声は勇者コールと勇者が手を振るたびに上がる黄色い声にほとんどかき消されている。


「ノアー!ライー!どこだー!」


 無駄かもしれないが声を上げないよりはマシだろう。周囲の人には白い目で見られるが知ったこっちゃない。お前らよりもノア達の方が大事なんだ、思いながら叫び続ける。しかし全く反応が無い。もしかして、すでに合流して離れている?それだといいがもう少し探してみよう。そう決めて大きく息を吸い込んだ時


「ィ…カ…」


 微かにノアの声が聞こえた。今度は叫びながら俺は手を振って現在位置を教えながら探す。すると勇者の神輿付近でノアの手を見つけた。


「ノア!」


 俺は手を振るのは続けながら叫ぶのだけを止めて近づいていく


「イツカ!」


 近づくとやはりノアだったノアの腕にはライがいた。良かった。


「とりあえず、ここから離れよう。話はその後で」


 そう言った直後に神輿の付近で悲鳴が上がった。振り返ってみると奥から煙が上がっているのが見えた。

嘘だろ!?

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