主の目的のために

「…で?下準備はうまくいったの?」


 はるか上空で騒ぎの様子を見ながら一組の男女が話している。下の騒ぎには目を向けながらも助けようともせずにただ傍観している。


「ええ少し強引に進めましたがこれで彼は動こうとするはずです。後は情報を流せば彼が結界を解いてくれます」


 眼鏡の縁をクイッと持ち上げて男が不敵に微笑む。その格好は白衣に身を包んだ研究者のようである。


「それは助かるわ。私達が解くと向こうに察知される可能性が高いから彼が解いてくれるのはありがたいわね。でも、どうやって解くのかしら?彼魔法に精通しているようには見えないのだけど?」


 女性がそう言って胸の下で腕を組んで支えている。その姿はぴっちりしたライダースーツ現代日本の人が見たら映画に出てくる女スパイを想像しそうな恰好をしている。思春期の男の子が見たら目をそらしてしまいそうだ。


「そこは神様の加護でこじ開けるんですよ。ただの脳筋なら無理ですが、彼は神から力の一端を受け取っています。その力を振るえばどんな物でも突破できるのですよ。それに強引に突破した方が向こうの注意も引いてくれるでしょう」


「そうね。それで?私達は結界が解けるまで待機でいいのかしら?」


「そうです。彼らの仲間もバレないようにここに移動させたので向かうのは早いでしょう、なにせ人の命がかかっていますから。少し苦労したのはその情報をいかに不自然に感じさせずに伝えるかでしたよ。幸い彼の友人に商人がいるので、それを利用させてもらいました」


「ひどいひどい、あの毒煙はあなたが作ったもので、全部私達のせいなのにね」


 今回の騒動で使用されている毒煙はこの男が独自に調合して、勇者を恨んでいるとある組織のトップ、ラスター・エリオットに渡したものだ。さらに勇者が町に来ると言う情報が町に行かないように止めて、急いで準備をさせて隙だらけのイベントを作った。おかげで作戦は大成功見事毒煙が民衆を包んでいる。あとは彼らを助ける為に彼が行動を始めれば目的はほぼ達成されたと言っていいだろう。いやはや、ここまで結構大変だった。近くの村という村に勇者の事を宣伝しまくって人が多く来るようにしたりして予想以上に人が来るようにもした。


「ええ、そしてその毒薬はこの世界の技術で解毒するのはほぼ不可能。唯一の可能性は特定の火山にのみ自生している万病に効くといわれている花です。しかし、その花が咲いているとされる洞窟には何故か強力な結界が張られていて実物を見た人はいません」


「信じてくれるのかしらね?その情報って結構胡散臭くて出来過ぎてるように感じるんだけど」


 実際に効力があるのかは知らないが、その花が咲いているのを確認することは出来たのだ。しかし先ほども言ったように結界が張られていて突破できずにいる。もし突破して向こうにバレでもしたらまた襲われる恐れがあるからだ。だから彼らはその世界に住んでいる転移者か転生者を身代わりにして目的を達成している。


「ええ、まぁその通りなんですけど、ただ彼は今冷静じゃなくなっています。沢山の人間が被害に遭っているので助けたい!そう思うことでしょう。そこに運よく助けられる方法があるのなら例え罠だと分かっていていても行くでしょうね」


「あら、随分と自信があるのね。何か確証でもあるのかしら?」


「ええ、だって彼は私達と同じ転移者ですから!困っている人がいるのなら助けたくなってしまいますからねぇ!」


 男はいかにも悪そうな笑顔を浮かべる。まさにマッドサイエンティストと呼んでも違和感はないだろう。


「そうね。実際安い正義感に駆られて飛び出したりして動く転移者は多いですものねぇ」


 それに彼らは良く感情で動いてくれる。気を付けようと思っても数日たてば忘れてしまう。大切な人が傷つけられようとしたら動いてしまう。そんな単純な存在だから良く動いてくれる。彼らの存在はとても助かっている。実際彼らの犠牲のお陰で目的に大きく近づいているのだから


「ええ!ええ!何せ夢物語のような出来事に今まで妄想の産物だった力を手に入れたのです!自分の力に酔って万能感に浸って動くのは彼らの転移時の年齢からして仕方ないでしょう。それに彼らがそう言う性格だからこそ、私達が動きやすいんですよ?この前の…ほら…アスラ聖国でしたっけ?転生者が聖獣を殺した国の名前は…まぁ、とにかく転移者が聖獣を殺してくれたおかげで私達は聖獣の亡骸の一部を安全に持ち帰ることが出来たんですよ」


 あの時は少し大変だった研究の都合上何かしらの格の高い生き物の一部を取らなくてはいけなかったのだが、何処の世界の生き物も回収させてくれなかったから殺そうとした。だがあのクラスの生き物と戦えば派手に目立ってしまう。だからコッソリ根回しをして転移者が殺すように仕向けた。その後に対策課がすぐに来たのは肝を冷やしたが無事に目的の物は手に入ったからよかった。


「そうね。確かにそれはその通りだわ。ある意味感謝しなくてはいけないわね。本人たちにとっては知らないことでしょうけど」


「そうですよ。大体殺されちゃってますけど、感謝はしてもいいと思いますよ」


「そうね。…で今回は大丈夫なの?向こうに私達見つかってないわよね?」


 思い出すのははるか昔に突然攻められた事、あまりに突然の事で私達は抵抗らしい事を出来ずに殺されていった。わずかに残ったメンバーが時間をかけて再結成して元の規模にまで戻ってきた『ユグドラシル』改め『ネオ・ユグドラシル』の目的は世界に真の平和をもたらす事。そのために私達は研究と実験を続けているが、まだ途中のためここで見つかるのは非常にまずい。まだ彼らに対抗できる算段がないのだ。


「多分大丈夫です」


「多分…ってのが心配ね。ここは絶対大丈夫って言った方がいいんじゃないの?」


「絶対ほど油断を誘う言葉はありません。それは嫌というほど知っているでしょう?」


「…そうね。そうだったわ」


「では気を引き締めていきましょう。全ては主の思いにこたえる為に」


 そう言って男は懐からスイッチのような物を取り出してボタンを押した。すると二人の姿が次第に大きくブレ始め、一瞬大きく揺れた後に二人の姿は消え失せた。

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