向こうの話 避難させる

 二人を殺した後に、手についていた血を近くの井戸で落としてからノア達の所に向かう。出来れば状況説明をして避難させたいところだけど、人を殺したなんて言ったら誰でも間違いなく動揺してそれどころじゃなくなるから出来るだけ言葉を濁して町から出ることにしよう。


 勇者を殺す手が他にもあると考えていいだろう。手っ取り早く解決する方法はラスターとか言う奴を捕まえるのがいいのだが、この町でそんな名前は聞いたことが無い。勇者を殺そうとするヤバイ組織なら少なからず噂とかを聞いていてもおかしくないはずだ。あの男達も知らなかったし、他の町から来た可能性が高い。


 とにかく有名人を殺害しようとする時は周囲の人の事なんて考えない。最悪の事も考えてノア達は避難させた方がいいと思う。勇者に知らせることなど不可能だし仮に勇者が知ることになったら必然的に町の人にも伝わることになる。そうなればパニックになるのは火を見るよりも明らかだ。パニックになれば好機とみて動くだろうからノア達が巻き込まれる危険が上がってしまう。それだけは絶対に回避しないといけない。あの家族が不幸な目に遭うのは絶対に避けなくてはならない。俺は地面を蹴ってさらに加速する。




 しばらくして、ノア達と別れたあたりに到着した。広場はお祭り騒ぎで魔法の道具による明りが昼間と見間違えるくらい広場を照らしている。広場の周りには出店が出ていて色々な物を売っているのが見える。ノアは何処にいるだろうかと周りを見渡していると少し奥の方からノアが手を振りながら近づいてきた。


「遅かったね、止める場所が無かったの?」


 買ってくれていた飲み物を差し出しながら俺に聞いてきた。しかし、今はそれどころじゃない、俺はノアに顔を近づけてここに来る途中で必死に考えたシナリオを耳打ちする。止めた場所からここに来るまでに明らかに怪しい人達を見かけたこと、少しして怪しい人達の方から明らかに穏やかではない物騒な音と悲鳴が聞こえたことを話す。


「…だから怖いからさ少し早めに家に帰らない?今日は少し危険だと思うんだ」


「ちょっと待って、お父さんとお母さんにも話してからにしよう」


 賛成だ。ここで即決するよりも二人に話してからの方が動きも早いだろう。だけど


「それはいいけど…セッカさんとケンナさんは何処にいるの?」


 この場所にいるのはノアだけで二人とノアの弟たちも見当たらない


「それは…」


 ノアが理由を教えてくれた。最初は全員で待って交代交代に買い物を行く感じで待っていたが、俺が遅かったのでノアが残ることになって他の4人はお祭りを楽しむために別れたそうだ。ただし、全員がバラバラになっているわけではなく、ひとまとまりで動いているから探すのには苦労しなさそうだ。


「わかったけど、どこにいるんだろうね?」


 今開催しているお祭りの規模はこの広場を中心として住宅街を除いたほぼ全てのエリアで開催されている。田舎だけど商会の支店を置くほどには大きいこの町から目的なく人を探すのは流石に骨が折れる。


「そういえば、お母さんと別れる前にライ達がお腹空いたって駄々をこねてたっけ」


 ライはノアの弟の内の一人だ。つまり、今ケンナさん達がいそうな場所は食べ物を取り扱っているエリアの可能性が高いということだな。


「なら、市場の近くが、一番可能性が高いと思う」


 あそこは元から食材を取り扱っている場所だから食べ物を取り扱っている出店が多いと聞いていた。


「じゃあ、行こう」


 ノアの言葉に頷いて手を引いてはぐれないようにして駆け出す。ここで、先走ってノアがはぐれてしまったら元も子もない。できれば、お姫様抱っこをしていきたいところだったが流石に恥ずかしいから出来ない。


 さて、市場に向かって駆けているが今まで見てきた中で一番人がいるから、あまり早く進むことが出来ない。神様から貰った力を使えば簡単に突破することは出来るが流石にここでは人が多すぎるし、ノアに見られてしまう。なるべくバレないように過ごしているのに目立つマネをするなんて言語道断、一番やってはいけない行為だ。ここは急ぐ気持ちを抑えてゆっくり確実に前に進んでいく、はぐれない為にもう一度手を握りなおして進む。




 我慢してゆっくり進むこと数十分、ようやく市場エリアにたどり着いたが、予想以上に人ごみにノアとはぐれそうになる。何でこんなに人が多いの!?


「不味い」


 俺はノアの手を引いて手繰り寄せて肩をガッチリつかんで離さないようにする。


「な、なに?!」


 突然手を引っ張られて困惑してノアが驚いた声を上げた。


「いや、人ごみ凄いから手をつないでいるだけじゃはぐれそうだからこうした」


「え、あ、そう。確かに人ごみ凄いからね」


 ノアは正面を向いて歩き出した。理解が早くて助かったそうして新しいフォーメーションでケンナさん達を探して再び数十分経って、ケンナさん達を無事に見つけることが出来た。合流した後に俺はセッカさんとケンナさんに、ノアに話した内容をもう一度話した。


「なるほどねぇ…もし本当なら少し危険だが、そこに近づかなければいいだけじゃないのかい?」


 話を聞いていたケンナさんが帰ることに否定的な意見を言う


「いえ、男たちは武器を持っていました。空き巣目的だとは考えられません。明らかに人を襲うつもりでした」


「でもねぇ…」


 そう言ってケンナさんが言葉を濁す。気持ちは少しだけど分かる。この人たちにとっては一生に一度あるかどうか分からないビックイベントなわけだから、今帰るのは惜しいのだろう。でもパニックになるから言えないけど命が危ないから逃げるためにも帰ってほしい


「いいじゃねぇか、一回帰ろう」


 俺が話始めてからずっと無言だったセッカさんが口を開いた。


「でもあんた…」


「明日もやるって聞いたぞ。だったら、明日来て、もう一回全員で楽しめばいいじゃねぇか」


 そう言ってセッカさんがニカッと笑った。普段は俺に対して厳しく、子煩悩で奥さんに頭が上がらないセッカさんだけど、こういう締める時はキチンと締めてくれるから信用できる。

セッカさんの言葉を聞いてケンナさんは少し考えた後に頷いた。


「そうだね。また明日早いうちに町に行って楽しむことにしよう」


「よし決まった。じゃあイツカ、お前は先に馬車の所に行ってすぐに出せるように準備してくれ」


「わかりました」


 俺は敬礼して駆けだそうとした


「見ろ!勇者様だ!!」


 その声を聞いて驚いて振り返る。奥の方に神輿に担がれながら全身金属の鎧で身を固めた人が入ってきた。ヤバイ、火薬庫が近づいてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る