向こうの話 死んでから善意に出会うまで

 どうしようもなく救いようがない親、友達、社会、そういうのが嫌になった俺は学校の屋上から飛び降りた。そして、死んだまずだった。しかし目が開けた時には、信じられない光景が広がっていた。地球儀のような物が飾られている不思議な部屋の椅子に座っていたのだ。そして机をはさんで反対側にいる人はなんと神様だというのだ。


『少し見ていたんだが、君の人生が可哀想すぎると思ってね。本当は駄目なんだけど、生き返らせてあげるよ。ほら、君の世界で言うところの異世界転移になるのかな?』


 そう言って神様は力を分け与えて、俺を新しい世界に送り出してくれた。当時はどうでもいいから寝かせてくれと思ったが、今となっては感謝してもしきれない。いつかお礼を言いたいと思っている。


 そうしてこの世界に来た俺だったが早速遭難した。多分転移している所を見つからないようにと神様の配慮何だろうけど、どこに行けばいいのかを教えて欲しかった。木が鬱蒼と生い茂る森の只中に出て、どこに向かえばいいのかなんてわかるはずないのに…


 とりあえず、腹ごしらえをしようとそこらにいたイノシシを殺そうとしたが、武器何て持っていなかったし、殴ろうとすると躊躇ってしまって殺すことが出来ずにただ体力を減らしただけだった。


 そしてお腹を鳴らしながら森を彷徨って日が暮れた頃にようやく森から出れた。しかし、そのころには俺は満身創痍で、森から出て数歩歩いたら倒れて気を失ってしまった。ああ、結局こっちの世界でもこんな終わり方か、何もしなかったなぁ…


 そう思いながら意識を手放した。次に目覚める事なんてない、そう思っていた。


 しかし目が覚めた。そのことに驚きながら、もう一つのことに驚く。ベットで寝ていることだ。俺が倒れたのは確かに硬い地面だった。それが屋根と壁がある部屋で起きることが信じられなかった。俺は思わず体を起こした。


 ボロい屋根に隙間風が入り込む壁、そして固いベット、屋根と風に関してはあの世界でも良くあることだったから特に気にしない。ここは何処だろうと見回しているとガチャリとドアが開いた。


『おや?目が覚めたのかい?』


 そう言ってあの時は知らないおばさんだったケンナさんが入ってきた。そしてケンナさんは俺が家の前の道で倒れていたこと、娘のノアが見つけたこと、丸二日寝こんでいた事を話してくれた。とりあえず、体調が良くなるまで休んでいきな、と言ってくれた。しかし当時の俺は不信感MAXだったから、この善意には絶対裏があると思っていた。善意には裏があって何か見返りのために動いているのだろと、実際の所善意何てそんなもんだと今でも思っている。当時の俺とってはその見返りに嫌な思い出ばかりだったからネガティブに考えていただけなんだけどね。


 めんどくさい。そう言うことになる前に抜け出してしまおう。そう思っていた。今思うと中々屑だったなと思ってしまう。でも、少しして家の中を歩き回れるようになると、この家の現状が分かってきた。この家は思っていたよりも貧乏だった。俺が毎日食べていた食べ物は全員の食事を減らしていた。しかも量も俺の方が多かった。それを悟られぬように隠しながら過ごしていたのだ。

毛布も家に一枚しかない物を俺のために我慢していたのだ。


そのことを知った俺は思わず、近くにいたノアに詰め寄った。


 どうして、そこまでしてくれる?俺に何を求めている?


 何か裏があると思った。今までだってそうだった。俺が高校を諦めて就職すると、飯を奢ると言って金をせびる親、友達という言葉を盾にして面倒ごとを押し付ける奴ら、教育と言って新入社員だった俺に自分の仕事を押し付ける上司、出来なかったら殴ってきた上司、勤怠管理システムが無いことをいいことに残業時間を減らしていた会社。そいつらと同じだと思った。どうせ俺に何か期待しているのだろうと。何か頼ろうとしているのだろうと。


『どうして?簡単だよ。君が私達よりも困っているからだよ?困っている人は助け合わないと』


 屈託のない笑顔でノアはそう言った。


 嘘だ!!…そうは言えなかった。


 何故なら、その笑顔には何かを隠そうとする言葉も、見返りを求めようとしているようにも見えなかった。本当にただ善意だけで俺を助けようとしてくれたのだと分かった。そして、今まで見返りとかのそう言った話を一切聞いていないし、話しているのも聞いていないことに気が付く。この家族は本当に俺を助けようとしているだけなのだ。見返りやお返しについて考えずにただ助けようとしてくれていただけだったのだ。


 それに対して俺は何も言えなかった。何もできなかった。何も出てこなかった。


 ただ、そこにある善意に涙流してうずくまった。


そして、その時俺がこの世界に生きる理由を見つけた。この家族を助けること、幸せにすることが、俺がこの世界に生きる理由だと決めた。


 泣いて、泣いて、泣きはらした次の日俺は何が出来るのかを考えた。最初はお手伝いをと思ったが、却下する。俺がお手伝いから一人前になるまで、どのくらいかかるか分からない。それにお手伝いはあくまで一人の仕事の負担を減らすためであって、直接利益につながるわけでは無い。


 やはりお金、お金は全てを解決する。


 まずはこの家を出てお金を稼ぐことにしよう。幸い俺の体には神様から貰った力があるから何とかなるだろう。そう決意して俺はこの家を出ることを皆に伝えた。全員驚いた顔をしたが、全員が頷いて俺の行ったことに消極的にだけど賛成してくれた。


『少し不安だけど、貴方が決めたことなら私達が口を出すことはしないわ。ただし、出て行くのは体調が完全に治ってからだからね』


 俺も下手な心配を増やさないためにケンナさんの言うことに従った。それから俺は、無理をしない範囲で放牧のお手伝いをして体を鍛えた。


 そうして、半年が過ぎた。


 体もこの世界に来た時以上に鍛えられた。この世界の一般常識も憶えることが出来た。そう思って旅立つことを伝えて、当日旅立つ前の最後の仕事の荷物の輸送をして到着した町で分かれることになった。


 ノアが積み荷を見て俺がロバを操縦する。そのまま何事もなく見送られて町に着いた。


 馬車から降りて、ノアに別れを告げて歩き出す。


『…待って』


その言葉に振り返ると彼女は大きな荷物を持っていた。それは少ない貯蓄から分けた食料と少しお金が入ったものだった。ノアの家に貯蓄など全くないのは知っているから、俺は目頭を押さえた。また俺は彼らに無理をさせてしまったのだと、ただでさえ俺が仕事のお手伝いをして


『君が何を考えているのか何となくわかるよ。自分を責めているんでしょ?でも違うよ?』


 彼女は俺の手を取ってポンとお金の入った袋を渡した。


『これは君がお手伝いしてくれた分。君が手伝ってくれたことで、別の方に仕事が回って出た利益だよ。ならこれは君のお給料だよ。少ないかもしれないけどね』


 給料ならもらったことがある。何徹して手に入れた安月給だ。『お前が役に立たないから少ないんだ』と言われながら手に入れたお金だった。この世界の事を知ってお金を元の世界に換算して考える事が出来るようになっている。このお金は、あの時の給料の半分もいかない金額だ。でも俺にとって、これは億にも見える大金だ。俺の働きに見合っていない、もっと少なくしてくれと突き返そうかと思った。でもここで返せばそれは皆の思いを踏みにじるのと一緒だ。それは出来ない。そう思いなおし俺は大事に袋を仕舞って


『お礼はする!絶対するから待ってて』


そう言ってノアに背を向けて走り出した。あそこからが俺の始まりだった

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