向こうの話 町に入るまでに聞く勇者の話
物思いにふけって空をボーっと眺めていると、ガタンと少し大きく揺れて荷台が止まった。
「おっと、どうした?」
振り返って前を見ると馬車の列が出来ていて、その最後尾に俺達がいるみたいだ。
「珍しいね」
体を乗り出してノアに話しかける。
「そうだね。何かあったのかな?」
そう言ってノアは体を揺らして先を見ようと頑張っている。かわいい
「ちょっと聞いてくるから、留守番よろしく」
俺は馬車を降りて先頭に向かって歩き出す。ノアが行くと話が長くなって中々帰ってこないから俺が行く。
「早く帰って来てねー」
「こんにちはー」
列の中でも前の方にいる御者のおじいさんに話しかける。
「こんにちは、どうかされましたか?」
爺さんは俺の事を少し訝しみながら見てきた。まぁ、いきなり話しかけられたら警戒するのは当然だから仕方ない。
「いやー、少し話をと思いましてね。あ、これをどうぞ」
そう言って列を行ったり来たりして飲み物を売っていた商人の人から買った飲み物を手渡す。
「おや、これは、ありがとうございます」
そう言ってお爺さんは飲み物を受け取ってくれたので、まずは俺が一口飲む。
「いやー結構待ちますね。おじいさんはこの町に何の用なんですか?」
「いえ、少しあの町に野暮用がありましてな。しかし我ながらタイミングの悪い時に来てしまった」
「あの町で何があるんですか?」
「急に勇者様がこの町に来訪することになったそうで、そのため町の審査が厳しくなって時間がかかっているそうですよ」
「あぁ…なるほど、勇者が」
納得した。国のヒーローで超超有名人の勇者が来るなら一目見ようと人が押し寄せるのも、町に入るのを厳しくしてこの長さになるのも納得だ。
しかし、勇者ね…俺の替え玉はバレずにうまくいっているようだ。まぁ素顔がバレたくなかったからフルフェイスの兜を被ってほとんど無口キャラで通していたから、そう簡単にバレるわけないんだけどね。
「勇者様は基本的に王都かその周辺の警備で忙しいから、こんな辺境に来るのは珍しいからね。皆こぞってこの町を目指していると思うよ」
「でしょうね」
勇者は別にそう言う役職があるわけでも称号があるわけでもない、ただ単純に俺が悪を潰して、そこから出てきたお金の内の一部をその町にばらまいたり、伝説の植物とか動物を捕まえて知り合った商人に売ってみたりとしている内に周りが勝手俺の事を勇者と呼び始めた。それだけだ。実際呼ばれ始めると、怨みを買いまくった貴族やらに殺されかけたり、俺の事を囲い込もうとする面倒くさい輩が出てきて嫌になっていた。俺を殺そうとした貴族は資金源をとことん潰して首を絞めた所にクーデター起こして滅ぼして、その帰属が持っていた財産全部分捕ったりした。
囲ってこようとした商人には、他の昔から仲の良かった商人の所に入って誘われないようにした。
まぁそうして逃げながら悪だけを潰しても国からしたら義賊であり、当然のように追いかけられた。
そこで俺は追手を全力で薙ぎ払って王城に乗り込んで謁見の間みたいな所にいた王様に交渉を持ちかけた。
『今、したように俺はこの国と戦って勝つことが出来る。だから追いかけても意味がない。そこで提案だけど俺を本当の勇者として奉る気はない?ここで俺、勇者を国の物にすれば国民の人気うなぎのぼりで悪人も潰せるし、勇者の力を持っていることにすれば軍事力の面でも周辺国家を脅せるよ?あと王様とかのお願いもある程度は聞くよ。どう、俺を雇わない?…え?断ったら?今までの事を勝手に続けるだけだよ?どうする?』
正直今思い返すと自分でも引くような事をしたなと思う。でも、追いかけられてから5日間一切寝ない状態からのイライラと深夜テンションであんなことしただけだから、本当は二度とやりたくない。
まぁ、一通りの悪人潰してお金をちょろまかしたら、とんずらしたんだけどね。王様にはキチンと断ってから辞めたけど多分清々してるんじゃないかな?けど偽物の勇者を立てるあたり、まだ勇者ってまだ人気なんだなぁ。
「町に入ったとしても人で溢れかえっているだろうから、面倒な事この上ないですね」
「そうですね…ん、やっと列が動き始めましたよ」
キリもいいし聞きたいことは聞けたからそろそろ戻るとしよう。
「おや、やっとかい」
「じゃあ俺も戻るから爺さん元気でね」
「ああ、そっちも飲み物ありがとうね」
爺さんに手を振って馬車から離れてノアの所に戻る。
「遅かったね」
ノアは不満そうに足をバタバタさせながら言ってきた。
「ごめん、でも情報はキチンと持ってきたぜ」
そう言って、もう一度商人の人から買った飲み物をノアに渡す。
「へぇ、勇者が来てるんだ」
俺が爺さんから聞いた話をノアに話す。ノアは少し興味を持ったようで顔をこちらに向けた。
「ノアは好きなの?勇者」
「…微妙かな?イツカは?」
「俺は興味ないな。勇者のやった事って俺達に関係ないし」
実際に俺がやった貴族つぶしは、貴族の持っていた領土やズブズブの関係だった組織にダメージを与える位でノア達の田舎にまで影響があることではない。しかも、伝達手段が人から人の話な所から、勇者の話がノア達の耳に届くころには尾ひれがつきすぎて、おとぎ話のような内容になっていることが多い。それ故に勇者に対して不信感を持っている人も少なくない。それに勇者が王国に使えることになってから、王国に恩を売るために行動していただけだと言っている人もいる。
実際、正解な所もある。
「確かに私達には関係のないことだね。でも、悪い人をやっつけていることは素直に凄いことだよね」
「…そうだね。普通の人には出来ないことだ」
実際神様からの力をもらっていても厳しいと気があった。そのことについては神様に文句を言いたくなる時もあるが、力をもらった時に
『本当は一杯分けてあげたいんだけど、それすると力を処理するのに思考が奪われて簡単に言うと馬鹿になるから少しだけだよ』
と言われたから文句も言えない。余り勉強も出来なくて元々馬鹿な俺がさらに馬鹿になるなんて迷惑以外の何物でもないからよかったと思っている。
「…あ、そろそろ私達の番みたいだね」
そのあと、飲み物の感想とかこれに合いそうな食べ物について話していたら俺達の番になった。
「次の人…って、セッカさんの所のお嬢さんじゃないか」
「お疲れ様です」
「一応、俺もいますよ」
この荷台にある物を降ろす場所はこの町以外だと遠くなってしまうからこの町以外の所にはノア達は行ったことが無い、だけどその分町の人とは顔見知りになる。おかげで、俺達のチェックについては少し早く終わらせてくれた。
「ありがとうございます」
「ありがとう」
検査が終わった後にノアがぺこりと頭を下げた。
「いいえ、ごゆっくりしてください」
俺はノアと比べたらまだ新参者だろうけど、仲良くなっているとは思う。…たまに嫉妬に近い目を向けられることがあるけど、しゃあなし!ノア可愛いからな!
「よし、じゃあ行こう」
ノアが手綱を操って前に進んで町に入る。
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