第8話 お父さんお母さんの会話

「これ、どう思う?」

ダイニングからお母さんの声がした。

お父さんが帰ってきてるみたい。

 お父さんは、お仕事で帰りが遅くなる時がある。今日もそんな日。

 先生が封筒を持ってきたり、その中の校長先生の言葉にへんだなと思ったり、久美ちゃんが動揺して電話をしてきたり…私はベッドに入ったけれど、今日おこった出来事が頭の中をグルグルまわってなかなか寝られなかった。だから蜂蜜湯でも飲もうかと思って廊下に出た。虫歯は心配だけど、蜂蜜をあったか〜いお湯に入れて飲めば、直ぐに眠れちゃう。


 時刻はもうすぐ午前0時。

お母さんは少し怒っているような声だし、真面目な話しをしている2人の様子に私はキッチンに入るのを躊躇った。

「困ったひとだね〜、この校長先生って人は」

お父さんは呆れたように言った。

「そうでしょ。こんな事を書いて…児童が感染したらどうするの?って思うわよ。」

「世の中にも、感染者をまるで罪人かのように思う人がでてきているが…。『感染者を絶対に出さない』なんて書いたら、感染した時に言い出せなくなってしまうなぁ」

 どうやら今日の校長先生の手紙の事らしい。お父さんはお母さんみたいに怒ってはいないけれど、やっぱり校長先生の事を良くは思っていないみたい。

「そうでしょ!子ども達のプレッシャーがハンパないものになるわよ。ただでさえ出かけられなくてストレスたまってるでしょうに。

久美ちゃんなんか、可哀想に、半ベソで電話してきたわよ。」

「そういう子も出てくるね。これだと。それに…」

ゆっくりと喋るお父さん。

「それに…?」

お母さんは少しせっかちだ。

「校長先生以外の先生達は、どうなんだろね。こんな事を書く校長先生のもとで働いていては…感染しても…発熱しても、言い出せないのではないかなぁ。感染や発熱を隠して他の教師や子ども達に接するような事になったら…」

 私はインターホンごしに少しの会話だけをして慌てて去っていった先生の姿を思い出した。

「ホントだ!大変じゃない!今日この通信を持ってきた担任の先生は、子どもと直接対面するなと学校から言われてるって言ってたけど…他の先生に感染を広げてしまう可能性はあるわよね。」

 お母さんは、お父さんの言葉に初めて気がついた事に驚いているようだ。

「子どもと直接対面しないねぇ…まあ、感染予防の点からは否定はしないけれどね…」

お父さんは、やっぱり賛成ではないらしい。

「おかしいでしょ。笑っちゃうわよね。せめて玄関の外でいいから、お互いにマスクをした状態で顔を見て喋るぐらいしたらいいのにね。それさえも感染するかもって怖がってるのかしら」

「自粛生活のストレスから家庭内の虐待が増えてるって話しも聞くからなぁ。子どもの様子ぐらい直接目で見て確認した方が僕はいいと思うねぇ。玄関の外でマスクをつけて2分ほどの会話をした時のコロナに感染する確率…それよりも家庭内の虐待で子どもの心身が傷つけられる問題の方が遥かに大きいと思うのだが…学校というのは自身を守るのに必死なのかね。」

守る…?学校って自分を守ってるの?

「まあ、仕方ないか…モンスターと言われる保護者もいるしね。学校の家庭訪問で感染させられた、とか言う保護者も出てくるかもしれない。」

「そうね…モンスター…もいるわね」

お母さんはちょっと言葉を濁した。

「君は、大丈夫かい?2年前だっけ?モンスターとは言われなかったにしても、PTA役員だった時…なんだかモメたでしょう。」

お母さん、モメたの⁈ 私が4年生の時、なんかPTA役員で頑張ってだけど…

「あれは〜…私もまだ人間ができてなかったのよ。今ならもう少し落ち着いた言動ができるわよ」

お母さんは気が強いようで、たまに大人しい感じのお父さんに弱くなる。

「ほぉ…それで今回はどんな落ち着いた言動をするのかな?」

そういえば昼間、アニキっぽく何か企んでる顔をしていたお母さん。あの後パソコンに向かって何か打ち込んでだけど…

「うん。これ…読んでみてくれる?」

なんだろう?

私はそおーっとドアを開けて覗こうとした。

…と、

「どしたー?」

当たり前だが、こちらを向いていたお父さんに見つかってしまった。

「あ、なんだか眠れなくて…蜂蜜…」

幸いにも2人とも立ち聞きしてたとは思ってないらしい。

「この時間に蜂蜜〜?…仕方ない。作ってあげるから飲んだら口すすいで寝るのよ。」

お母さんはマグカップに蜂蜜と水を入れると電子レンジで温めてくれた。

 その間、お父さんは久美ちゃんの話しとか聞いてきたけれど、私はお父さんの肘の下に伏せて置いてあるA4の用紙が気になって仕方なかった。


 結局お母さんがお父さんに見せた紙の内容は分からなかったけれど、翌日のお母さんはやたら上機嫌で、珍しくFAXなんて物を操作しているのだった。

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