第72話 因縁の対決

 ついにプラハ軍への戦いの日になった。算段はこうだ、研究所もろとも魔剣を使い破壊する。そうすればプラハ軍の計画も白紙になるだろう。


 辺りは薄暗くなっていた。決行は真夜中に行う。軍の警戒が少しでも解かれている隙きを狙って恐縮する。それは俺たちが最終的に導き出した結論だ。


 俺、アスティ、僧侶妹の三人パーティだ。仮に魔力切れを起こしても僧侶妹が回復してくれる。だがアスティと僧侶妹は敵と出逢えばやられる可能性が高い。少なくとも俺がすべての戦闘をこなす必要があるだろう。


 そして出発の時刻になった。空には月が煌々と輝いて見える。


「モルダー殿、もう出発するのか」


 見送りに来たフィルが俺の目をみて言った。


「ああ、色々ありがとうな。これでプラハ軍に勝てる準備が整った」


 俺がそう言うとフィルは静かに笑ってみせた。


「例を言いたいのは私の方だ。エルフでもないのにエルフを救おうとしてくれたのは君がが初めてだ。本当に感謝している」


「礼はまだ早いな、敵に勝ってから言ってくれ」


「ははっ、確かにそうだな」


 そう言うと、フィルは俺の背中をぽんと叩いた。


「生きて帰ってこいよ」


「ああ」


 こうして俺たちは月明かりで照らされた夜道を駆け出した。


▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲



 一時間後、俺達は森の中にいた。一キロメートル先に軍の研究所が見える。俺が想像していたより馬鹿でかい研究施設は、エルフの村の三十倍はあろうかという大きさだった。


「モルさん、僧侶さんの居場所は分かりますか?」


 俺はクリスタルを目に嵌めて、研究所を改めて見渡した。そこら中に魔力の塊が散らばっている。多すぎる、少なくとも三百を超えている魔力の塊。その中から僧侶をどうやって探せばいい?


「魔力の塊が多すぎて見つけられない」


 これでは作戦が失敗する。何としてでも強襲しなければいけない。あの人数に勝てるほどこちらに戦力はない。アスティと俺による斬撃が不可欠だ。


 再び俺は集中して、隅々まで見渡した。だが一向に見つかる気配はない。ただ時間だけが過ぎていく。


「モルさん、まだですか!?」


「だめだ、数が多すぎる。せめて目印があれば……」


 ふと俺は僧侶妹とフィルを見た時を思い出した。あいつらの魔力は緑色に染まっていた。ならばエルフの魔力は緑色なのではないか?


 俺は改めて研究所に目を向けた。遠すぎて淡い光だったが、かすかに緑の光が研究所の真ん中の塔に見えた。


「僧侶の居場所が分かった。中央の塔だ。アスティ、剣になってくれ。ぶち壊すぞ、すべてを」


「はい! これですべてが解決しま――


 気づいたのは本能からか、それとも直感からか。剣をとっさに構え俺は防御の姿勢をとった。瞬間、重い衝撃が走り、体が吹き飛びそうなのをなんとか防いだ。


「アスティ! フィニー!」


 気づくと二人がその場で倒れていた。幸い出血はなさそうだ。こんなことできるやつは一人しかいねえ。


「ギルバード……てめえの仕業か!」


 俺が叫ぶと遥か後ろ側から姿を表した。


「よう、久しぶりだな」


 男はタバコを煙を吸い込み、上を見上げて煙を吐き出した。


「なんで、てめえがここにいる」


「まだ研究段階だが、クリスタルには色々効果があるらしい。目にクリスタルを嵌めているのさ、それで魔力を感じ取れる。まさかお前が生きているとは思わなかったがな」


 こいつもクリスタルを装備してやがるのか。素の状態でさえ俺は勝てなかった。俺はこいつに勝てるのか? いや、やるしかねえんだ。


 俺はエクスカリバーを構え迎撃の構えを取った。魔力の操作が重要だ。失敗すれば殺される。タイミングを間違えるな。勝機はそこにしかない。


 だが、男は俺の構えを見て吸い終わったタバコを地面捨て、もう一本取り出して火をつけた。


「戦うんじゃなかったのか?」


「これが吸い終わったらな」


 男は一見隙だらけに見える。これなら低級魔法で殺れる。


 俺が一瞬の内に低級魔法を相手に打ち込んだ。だが、魔法によりバリアで防がれた。詠唱もなしのバリアでこれを防ぐか。


「おっと、危ないな。死ぬところだったよ」


 男はタバコの煙をゆっくりと吸い、煙を吐き出している。嫌でも痛感させられる、こいつと俺の実力差を。


「それで、聞きたいことがあるんだが、いいか?」


「なんだ」


「なぜお前は生きている? 心臓を確かに貫いた。エルフの術でも生き返るはずがない」


「ああ、俺は一回死んだ。俺が生きかえったのはグラン・クリスタルがあったからだ」


「なるほどな、どおりで魔力が漲っていると思ったよ」


 そう言いながら男はゆっくりとタバコを吸っている。空を見上げて何かを考えているようだった。


 そして男はタバコを地面に捨て足で火を消すと剣を構えた。


 俺は全神経を右目に集中させた。魔力の発動のタイミングをミスればたちまち殺されるだろう。いつ来る? あいつはいつ攻撃をしてくる?


 右目越しに男の魔力が見える。タイミングは分からない。魔力がある程度溜まれば超速度の攻撃ができるのだろう。だが男のある程度溜まれば、攻撃するタイミングは奴が決められる。


 ここからはすべてが賭けだった。最初から最大級の攻撃はしてこないはずだ。やつは戦いを楽しんでる節がある。余りにも強すぎるため、まともに戦える相手がいなかったのだろう。ならばやつは一回目に見せた魔力量で攻撃をしてくるはずだ。


 間違えれば死ぬ。あくまで推論に過ぎない。だがそれでも俺がやつに勝つには賭けに出るしかない。


 俺は一瞬の内に心臓に魔力を込めた。世界がスローに変わっていく。瞬間男の体がこちらに向かってくるのが見えた。衝撃で地面が吹き飛んでいる。


 こちらの手の内がバレたら終わりだ。やつは攻撃するタイミングを変えてくるだろう。ならばこの一撃に賭けるしかない。狙うは首。クリスタルで武装したエクスカリバーならやつは切れる。


 男の体が五メートル先までやってきた。俺は剣を横に構え、迎撃の体制を取った。

 だが瞬間、男は剣を右手に持ち、左手で俺の体目掛けて詠唱なしの魔法を打った。スローの世界でも躱すのはギリギリだった。俺は間一髪でレーザーのような魔法の直撃を避けた。余りにもギリギリだった、頬を擦ったようだ、だが血が流れる時間もなく、やつは両手に剣を構え、俺の首を狙い剣を振り切った。


 このスローの世界なら相手の攻撃は防げる。だが攻撃ができない。この一撃で殺さなければ俺は殺られるだろう。


 考えろ、まだできることはあるはずだ。相手の攻撃を防ぎ、殺す方法を。


 俺はやつの剣に向かい低級魔法を打ち込んだ。だが威力が足りていない。わずかに奴の剣の軌道が逸れただけだ。だがそれでもやるしかない。攻撃を食らってでも、相手を殺せればそれでいい。


 俺は剣を両手に持ち、奴の首を狙い剣を振り抜く。わずかに軌道が逸れたとはいえ、相手の攻撃も剣も俺の体目掛けて振り抜かれる。


 俺と相手が交差するコンマ三秒前。俺の心臓は悲鳴を上げていた。魔力を解くか? だが魔力を解いたら後は運任せになる。ならいっそこの一撃にすべてを賭けてやる。


 心臓が爆発しそうなほど心拍数が上がっている。痛みをこらえ、俺は奴の首目掛けて剣を最大級の速度で振り切っていた。奴の剣の軌道とそして俺の剣の軌道。明らかに俺の方がやつに到達するのが早い。これならいける。


 だが男は突然剣の軌道を変えた。下から剣を振り抜き、俺の剣の軌道を変えようとしている。反応できるはずがない、コンマ一秒以下の世界だぞ? まさかお前は――


 そしてスローの世界が解かれ、辺りに轟音が響いていた。心臓が悲鳴を上げている。今にも倒れそうだ。だが手応えはあった。奴は――


「まさか奥の手を使うことになるとは思いもよらなかったな」


 遥か後ろにいる男が再び俺の前に戻ってきた。生きている。いや傷一つない。普通の人間なら対応できるはずがねえ、人間の反射速度を超えている。


「お前も、魔力を心臓に込められるのか」


 敵はニヤリと笑い、タバコに火をつけた。


「まさかお前もできるとは思わなかった。気づかなければ殺られる所だったよ」


 そして男は煙を深く吸い込み、空に向けて煙を吐き出した。


 やつに俺の秘策がばれた。二度と通用しないだろう。そして俺の心臓もほとんど限界だ。使用できてもう一回だけだろう。だが奴に勝てる方法が見つからない。


「はっ、もう少しで殺れそうだったんだがな。次で殺してやるよ」


 せめてもの強がりを俺は言った。


 だが奴に勝てる算段は俺の中にはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る