第73話 死闘

 俺は深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。冷静になれ。奴にもまだ見せてない攻撃はある。奴は俺の剣から斬撃が出ることをしっていない。それを活かせば勝てるはずだ。


 だが、どうする? 闇雲に打っても奴は避けるだろう。俺と同じくスローの世界にいけるのだ、いくら斬撃が速くても奴なら避ける。


 ならどうするか? そんなもん決まっている。奴の避けれない距離で斬撃を飛ばせばいい。あと一度だけなら世界を止められる。タイミングさえあれば殺せる。


「死ぬ覚悟はできたか?」


 奴はタバコを吸い終わり、地面に吸い殻を捨てながら言った。


「ああ、お前を殺す算段はついたよ」


「ほう、それは楽しみだ」


 そして男は剣を構え、魔力を四肢に送り出した。


 選択肢は三つだ。通常通りの魔力量か、俺を殺した時の魔力量か、それ以外か。奴は俺が魔力を殆ど操れないことは知ってはいない。仮にばれていればタイミングをずらされ、俺は殺されるだろう。どうせ博打だ、バレてない前提で考えるしか今は方法がない。


 仮にバレていれば通常よりも少ない魔力量でスタートを切る可能性もある。だがこれはおそらくないだろう。奴にとってもリスクが高い。トップスピードが下がるためリスクも上がる。


 すべてはロジックだ、奴の考えを論理的に導き出せばいい。


 奴は俺がスローの世界に入れることを知っている。ならば先程と同じ魔力量はありえない。万が一にも殺されないようにそれ以上の魔力を込めるだろう。


 ならば少なくとも俺を殺した時と同じ魔力量か、それ以上になる。俺を殺した時の魔力量が奴の限界であればあの時と同じ通常の魔力の百五十%の量で来るだろう。


 だがそれ以上の可能性もある。奴の限界を俺は知らない。すべては賭けだ。百五十%の時点で俺は心臓に魔力を込める。それ以上の魔力で来るかもしれない。そこは心臓の限界との勝負だ。動けなくなってもいい、この一瞬にすべてを込める。


 奴の魔力量が七十%を超えた。そして百%まで急激に上がっていく。このタイミングで来たら俺は殺される。当たってくれ。


 そして奴の魔力量は百%を超えた。まだ来ない。俺は死んでいない。ここまでの予想は当たった。だが肝心なのはこれからだ。タイミングをミスれば俺は死ぬ。


 百二十%、百三十%、百四十%――


 今だ! 俺は奴の魔力量が百五十%に達する瞬間に心臓に魔力を込めた。世界がスローに変わっていく。そして奴の魔力が百五十%に達しようとしていた。俺は剣を構え、迎撃の体制を取る。そして奴の魔力が百五十%に達した。


 だが、奴は動かない。奴の魔力がスローの世界でも上がっていくのが分かる。魔力量は百六十%を超え始めていた。心臓が悲鳴を上げ始めた。一旦魔力を解除するか? だがどのタイミングで来るか分からない。一度解いたら本当の賭けになる。


 いやこのままやってもジリ貧になるだけだ。最初から賭けだった。ならばもう一度賭けるしかない。俺は一旦魔力を解除した。世界が元に戻り、奴の魔力が急激に上がっていく。


 ロジックは捨てた。五感を研ぎ覚ませ。光より速い攻撃はない。ならば奴が大地を蹴った瞬間に心臓に魔力を込めればいい。


 俺は奴の一挙手一投足に全神経を集中させた。考えるな、感じろ。俺ならできる。自分を信じろ。


 瞬きすらできない攻防。一瞬だった。奴の姿が消えた瞬間俺は魔力を心臓に込めた。脳で考えた訳ではない、目の神経からの命令だった。


 世界がスローになった瞬間、奴を視認すると五十メートル先にいた相手がもう俺の十メートル間近まで来ていた。


 間に合うか? いや、やるしかねえ。俺は剣を横に振り抜いた。斬撃が剣から生み出される様子がスローで見える。奴の体は五メートル手前まで来ていた。これなら避けられねえだろ!


 その一瞬奴と目があった。そして奴は確かに笑った。奴は何も話してはいないだろう。言葉なんて聞こえるはずがない。だが俺には「やるな、お前」という言葉が確かに聞こえた。


 そして奴は大地を再び蹴り、横に回避を試みていた。だが斬撃が横に広がるスピードのほうが速い。


斬撃が奴に当たるコンマ一秒前。奴は心臓から再び魔力生み出し、両手に流していた。今さら何ができる? 今更奴にできることは――


 一瞬の出来事だった。俺は呆気に取られ、反応することすらできなかった。奴の魔力が剣に移り、剣が魔力を帯びていく。そして奴は剣で斬撃を切り裂いた。


 考えている余裕なんてなかった。首だけ振り向くと奴は遥か後方で地面を滑りながら足に魔力を貯めている。追撃がくる。それは分かっていた。だがスローの世界でも対応できないほど、奴の行動は速かった。


 大地が爆発したような音がする。奴が再び俺目掛けて攻撃してきている。だが体が反応できない。速すぎる。


 気づいた時には俺の体に奴の剣が刺さり始めていた。剣を構える余裕すらなかった。奴の剣が内蔵を切り裂く感触だけがする。


 俺はまた殺されるのか? 約束も守れないで俺は死ぬのか?


 いや、死ぬわけにはいけない。誓ったはずだ。僧侶にもエルフの村の人にも――


【必ず勝つと】


 俺は自身の体にエクスカリバーを突き刺した。死ぬためじゃない、奴を殺すためだ。奴の体は俺と接触している。そして死角からの攻撃だ。躱せるわけがない。


 体を貫通したエクスカリバーは奴の奴の体に突き刺さり始めた。鈍い感触がする。このままいけば奴を切り裂け――


 突然爆発音がした。奴を突き刺していたはずだが感触がない。躱された? 男の体は後方に空中にあり、俺から遠ざかっていた。


このタイミングでも無理なのか。だがここで諦めるわけにはいかねえんだ。なら俺の体をくれてやる。唸れ、エクスカリバー。


 俺は自分に突き刺したエクスカリバーを自身の体を切り裂きながら振るった。斬撃が後方に打ち出される。奴は空中で動きは取れない。そして俺の斬撃の方は速い。奴に防ぐ術は――


 だが男は魔力を剣に込め始めた。スローの世界では奴に斬撃は効かないのか? そうだ、単体の攻撃なら効かないだろう。ならばこれなら――


 俺は低級魔法を男の体目掛けて打ち込み、そして剣を奴の体目掛けて突き刺すように、振るった。通常の斬撃、それに低級魔法、そしてレーザーのような斬撃。この三連攻撃を躱せるはずがねえ!


 スローの世界の中で、男が笑ったのが見えた。そして一撃目の斬撃が到達する。だがそれは魔力を帯びた剣によって相殺される。


 そして息をつく暇もなく二撃目の低級魔法が奴の体に直撃し、爆炎を上げた。だが奴はバリアによってそれを防いでいた。


 それとほぼ同時にレーザーのような斬撃が奴の体に到達した。バリアの光が見える。防がれた? いや、俺の斬撃はバリアを貫通し、奴の体を貫いていた。だが致命傷にはなっていない。奴は着地の構えを取っている。


 どうする? 考えろ。俺の方がダメージがでかい。クリスタルの効果で多少は回復しているが、胴体の右半分は千切れる寸前だ。なら四肢を捨てるしかない。いらないのはどれだ。足を切るか? だがもし奴が回復魔法を持っていれば回復の機会を与えてしまう。


 ならば左腕を切るしかない。左腕を切り回復し、奴に追撃する。それしか手段は残っていない。


 だが男を見ると両足に魔力が送られていた。回復することがバレている? なぜだ? 目撃者は全員消したはずだ。だが考えてもしょうがねえ。


 これが最後の邂逅になるだろう。心臓はまだ動く。限界は超えている。だが解いたら殺される。このままやるしかねえ。


 男の体が地面についた瞬間、地面がめくれ上がり、男は再び俺に向けて突撃してきた。スローの世界でも対応できるか分からない超スピード。一瞬で決まる、全神経を集中しろ。


 そして俺は一瞬の内に三度振り切り斬撃を三重で飛ばした。肉体の酷使に体が悲鳴を上げている。筋繊維が千切れる音がする。


 だが俺の放った斬撃は奴の進行方向の空間を支配している。避けられるはずがねえ。例え剣によって防がれても多重の斬撃だ。防ぐ手段はあいつにはねえ。


 そして俺の斬撃が奴の体に当たろうとしていた。その瞬間、男は魔力を剣に込めた。一撃なら防げるだろう。だが間髪入れない多重の斬撃だ、防げるはずがない。躱す空間もない。これで詰みだ。


 スローの世界の中で男が地面に剣を振るっているのが見えた。そして爆発音の後、地面が吹き飛んだ。土煙で何も見えない。当たったのか?


 だが次に奴を視認した瞬間、奴は土煙から空中へ再び超スピードで移動していた。地面に潜り躱された!?


 男の体が空中を駆ける。空中なら動けまい、チャンスだ。


だが迎撃の隙きもなく男の体が俺の真上、上空十メートルに来た瞬間、男の魔法が飛んできた。この位置はヤバい、頭に当たれば死ぬ。だが両腕が重い、剣が振れない。

躱すか? いや間に合わない。ならば……。


 俺は左腕を犠牲に男の攻撃を防いだ。だが左腕は吹き飛んでいる。左腕だけで剣を振れるか? 無理だ、筋繊維が殆ど切れている。奴の攻撃に剣を合わせられない。

俺はとっさに残った左腕を剣で切り落とした。回復したか確認する余裕もない。男の両足に再び魔力が送らていく。


 奴が地面に着地した瞬間に攻撃が来るだろう。ならばその攻撃に合わせて俺も攻撃するしかない。右腕のみでやれるか? いや、やるしかない。


心臓が痛い、限界を超えている。だがせめて最後まで持ってくれ。これがラストチャンスなんだ。


俺は男の着地を待っていた。だが男の足が木に当たり、再び爆発音がした。木をなぎ倒した反動で俺に向かってきている。


 そして男は剣に魔力を込めた。俺を両断するつもりだ。やつには斬撃は効かないだろう。ならば剣同士の戦いになる。俺の剣の切断力はわずかに上がっている。だがそれも僅かだ。斬撃を切り裂く奴の剣には勝てないだろう。


 ならばどうする? 自らの肉体を切って切断力を上げるか? だが奴の体はもう俺の十メートル間近にいる。そんな暇はない。なら俺にできることは……。


 考えろ、今の俺にできること。低級魔法は防がれる、仮に当たっても致命傷にはならない。斬撃も飛ばす余裕はない。斬撃を飛ばす? いや……。


 一つの考えが俺の頭の中に浮かぶ。俺は魔力を操作できないと思っていた。だが斬撃なら飛ばせる。ならば心臓から剣に魔力が送られているはず。ならばやつと同じく剣に魔力を帯びさせることも可能じゃないのか?


 相手まで残り五メートル。奴は剣を俺に振りかざそうとしていた。成功するかは分からない。だが奴に勝つにはこれしかないんだ。応えてくれ! エクスカリバー!

瞬間、エクスカリバーが緑色の魔力に包まれた。そして俺は右腕だけで握ったエクスカリバーを相手の剣の軌道に合わせ振るった。


 凄まじい衝撃が体を襲う。剣同士が衝突し、衝撃が辺りに拡散していく。


 ここまでしても奴の剣を切れないのか? ならもう死んでもいい。


【俺のすべての魔力を喰らい尽くせ、エクリカリバー】

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